平和的交渉57
「――と、いうことなんですが。お願いできますか、先生」
「勿論構いませんよ。今や私は君の部下、ですからね」
そう言って、古島修はヒビの入った眼鏡を押し上げた。
「要は、できるだけ静かにここを開けられればよいのですね?」
「方法はお任せします」
「……まあ、手堅くいくとしましょう」
古島は、腰のポーチから一振りの剣を取り出した。見た目の体積的にあり得ないことだが、これは空間特化型魔術師――又は空間術士と呼ばれる加護を持つ貴女島文乃が手を加えた、摩訶不思議な運搬器具のひとつである。容量はその見た目からは信じられないほど大きい。
古島が鞘から刀身を抜き放つと、白く曇った刃が顕になった。「グロスクロウディア」と銘打たれたその剣は、たしかとある貴族の城の宝物庫で埃を被っていたものだ。作者はゲノス・ブランデルという、歴史書に名を残している刀匠であるらしい。かつての勇者の聖剣を打った男であるそうだ。
しかし、その剣の評価は全く高くない。むしろ失敗作だと言われていた。不思議なことに、斬れる場所が刃が通過した場所とは限らない剣なのである。この剣を振ると、真っ直ぐ上段から振り下ろしても右に薙ぎ払ったように剣筋が走ったり、右から横薙ぎに斬ったとしても後ろに斬撃が発生したりする。そのくせ、稀に普通の剣と同じように斬れることもあるという厄介極まりない剣なのである。この剣を振るって自らの手足や首を落としてしまったという話もある。世の剣士に言わせれば「天邪鬼」、古島に言わせれば「気まぐれ」な剣なのである。
古島は、この剣を多用こそしないが必要に応じて使用している。彼の加護は「剣聖」であり、このじゃじゃ馬を使い熟せる世界で唯一の男である。剣聖自体は唯一無二の加護ではないが、過去の剣聖はこの剣をまともに扱えなかったという逸話がある。
「―――ッ!」
一瞬、古島の姿がぶれた気がした。次の瞬間には、彼はグロスクロウディアを鞘に戻していた。
「適当な大きさに切り分けましたので、あとは手作業でどかしましょう」
古島が壁の一角に手をかけて力を込めると、ブロック状に切断された壁が驚くほど抵抗なく引き出された。どうやって外側から刃を入れたのか不可解な断面も多々あり、グロスクロウディアを知らない者が見ればこの壁は元々これらのブロックを積み上げて作られたのだと思うことだろう。
なんにせよ、我々は敵の根城と思われる場所の入口を開いた。




