平和的交渉46
何故だろう? 少し顔を動かしたら唇同士が触れ合うほどの距離にうっとりと紅潮した美女の顔があるのに全然嬉しくない。心臓は借金を取り立てに来たヤクザのような乱暴さで内側から胸板を叩いているが、このドキドキはありふれた青春の1ページに刻まれるような甘酸っぱいものでは断じてない。森の奥深くで大型の獣と鉢合わせした時のそれである。
横を見ると、加藤の額から大量の脂汗が噴き出しているのが見えた。おそらく、加藤も俺の顔を見て同じ感想を抱いていることだろう。
「いや、な……。尋問の経験の無い荒川に君の補佐が務まるかを検討していただけだ」
「あら、なら尚のこと私の意見が必要だと思うけれど?」
「そ、そうだな……。それで、君の意見は――?」
「歓迎よ? 多分あいつって荒川さんのことを『審問官』だと思っているでしょう? 彼女がいた方が捕虜に圧力をかけられるもの。それで立候補してくれたのでしょう?」
安藤が荒川の方に視線を向けると、荒川は「はいぃぃぃ!」と悲鳴のような声を上げて何度も首を縦に振った。「そもそもお前等ちゃんと同僚としてやっていけるのか?」とは言えなかった。
「ごほん、わかった。では、安藤は残り2名を選抜して事に当たれ。場所は村の施設を借りられるようこちらで話をつけておく。他に話は無いな? では解散!」
「今から名前を呼ぶ奴は補給部隊に入れるから来てくれ!」
俺と加藤は絶妙な連携で話を強制終了した。安藤が切れ長の目に不機嫌さを漂わせながらこちらを凝視しているのが視界の隅に見える気がするが絶対に気のせいだ。そう思わなければ俺のSAN値が持たない。
こうして、俺は半ば逃げるようにジャン達のところへ向かい、捕虜を尋問する用に汚れてもいい施設を借りられるよう話をつけた。ジャンは魔王軍に家畜を奪われて空になった牛舎を提供してくれた。ここなら広さも立地も申し分ないだろう。
それから半日、牛舎の中からはアークデーモンの絶叫が絶え間なく村中に響き渡った。翌朝、叫びすぎて喉が裂け、吐血したアークデーモンの骸が牛舎から運び出されたのを目撃し、村人達は更に俺達のことを畏怖するようになった。
都合がいいので黙っているが、正直安藤と同列に扱われるのは心外の限りである。こんなことは口が裂けても言えないが。




