平和的交渉29
「で、何で魔王軍があのタイミングでガジル要塞攻略に乗り出すんだ?」
杉下が訊ねてきた。暫く自分の世界に入っていたが、そういえばそんな話をしていたな。
「停戦交渉の材料にするためだと睨んでいる」
「苦しいか?」と思いながらも、俺は仮説を展開した。
「クドリャフカの居城が突破された時点で、魔王城は丸裸同然になった。ガジル要塞を落とされた場合の王国軍と同じ状況だ。勇者が向かってきている以上、この進軍を止めることはできない。遅らせるのが精一杯だ。そこで、魔王は賭けに出た。つまり、『魔王が勇者に倒されるより前にガジル要塞を落とし、それを材料に王国に停戦協定を持ちかける』という賭けに」
「とても合理的とは思えんな」
「本当にそうだろうか?」
俺は問いかけた。杉下だけにではない。ここにいる全員に、である。
「魔王軍の立場に立って考えてみろ。最終防衛ラインを突破され、残るは本丸のみ。やってくるのは勇者。これに勝つのは不可能だ。勇者は魔王城を陥落させる。それは遅かれ早かれ訪れる避けられない運命だと、魔王軍は考えただろう。その上で、魔王軍が勝つにはどうしたらよいか? 不可能だ。勝つことはもう、不可能だと断ぜざるを得なかったはず。ではどうするか? 負けないことならば、あるいは可能なのではないか? そのためには、勇者のいる戦場で戦ってはならない。勇者のいる戦場では、間違いなく勇者が勝つからだ。それがこの世界の摂理であることは、この世界の者ならば幼児でも知っている。であれば、魔王軍側の定める戦略目標は、『勇者のいる戦場以外で、魔王軍が負った損害と少なくとも同等の損害を王国側に与え、それを材料に停戦交渉をする』。そのためには、勇者の足止めをしつつどこかの重要拠点を制圧するという2正面作戦を行なう必要がある。どうだ? 魔王軍からしてみれば、好む好まざるに依らず、たとえ僅かな可能性だとしても、盤面をひっくり返す一発逆転の一手を打たざるを得なかった。そう考えれば、この魔王軍の行動を理解できるのではないか?」




