↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
橄欖色のアーカイブ  作者: 藍川 卯木子
橄欖色のアーカイブ ー日常編ー

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
91/120

第31話 東郷武蔵編 5

 健三郎は――凡人だった。


 だが、誰よりも優しく、誰よりも真っ直ぐで、人を救おうとする意志だけは、誰よりも強かった。

 だからこそ、疑問は消えない。

 なぜ、ソノラは今、この時代に、アルスという少年の傍らにいるのか。

 偶然の一致なのか。

 それとも、運命的な巡り合わせなのか。


 あるいは――もっと巨大で、目には見えない“意志”が働いているのか。


 東郷は組んでいた腕を解いた。

 指先が袖口をなぞる。

 窓の隙間から入り込んだ風が、レースのカーテンをふわりと膨らませた。

 その白い布越しに見える横顔は、いつもの鋭さをほんの少しだけ失っていた。

 かつての少女の面影が、一瞬だけ重なる。

 東郷は目を伏せ、ゆっくりと息を吐いた。


 冷えた空気の中に、飲み残したコーヒーの香りが漂っている。

 テーブルの上では、空になったマグカップが朝の光を受けていた。底に薄く残った琥珀色の跡だけが、いつの間にか過ぎた時間を示している。

 東郷は窓辺から動かなかった。

 カーテンの向こうには、淡い朝の光が広がっている。

 街路樹の葉が風に揺れ、遠くの空では雲がゆっくりと流れていた。

 どこにでもある朝の風景。

 それなのに、東郷の目は、その向こう側にあるものを探るように細められていた。

 まだ輪郭のない何か。

 過去でも、未来でもない。


 ――“今”に潜んでいる何か。


 東郷はしばらく、その言葉にならない違和感を追っていた。

 だが、思考が一つの形を結ぶより早く――。

 けたたましい電子音が、室内の静けさを切り裂いた。

 スマートフォンの着信音だった。

 東郷の眉が、ぴくりと動く。

 テーブルの隅に置かれたスマートフォンが、細かな振動を繰り返している。硬い天板を叩く音が、やけに大きく耳に残った。


 東郷は窓から視線を外し、テーブルへ目を向ける。

 画面に表示された名前は――


 「キラ」


 その二文字を見たところで、東郷の足が止まった。

 眉間に、ほんのわずかに皺が寄る。

 手を伸ばせば済む。

 ただ、それだけのことなのに。

 東郷はすぐには手を伸ばさなかった。

 鳴り続けるスマートフォンを見つめたまま、ほんの数秒、黙っている。

 やがて小さく息を吐くと、東郷はテーブルへ歩み寄った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。