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橄欖色のアーカイブ  作者: 藍川 卯木子


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第9話 150年前 灰色の死都 黄昏時

 乾いた風が廃墟を舐めるように吹き抜け、積もった砂塵を空高く巻き上げた。

 崩れ落ちた建物の隙間から、遠く悲鳴が途切れ途切れに響いてくる。

 クンストン軍が迫っている。

 姿を見るまでもなく、この大地そのものが侵略者の到来を告げていた。

 廃墟に残っている人間は、ただ一人。


 ナタル・エルピディアだけだった。


 彼は身に着けられる限りの武装を整え、ゆっくりと息を吸う。

 乾いた空気が肺を満たす。

 吐き出した息とともに、迷いも恐れも静かに切り離した。

 ここへ至るまで、幾度も選び、幾度も捨ててきた。

 もう振り返る理由はない。

 次の瞬間、ナタルは地を蹴った。

 爆ぜるような踏み込みとともに、その姿が砂塵の中へ消える。

 最初の兵が異変に気づいた時には、すでに遅かった。


 一閃。


 刃が喉元を走る。

 血飛沫が舞い上がるより早く、ナタルは次の敵へ踏み込んでいた。


 「ぐっ――!」


 銃口が向く。

 乾いた銃声。

 しかし放たれた弾丸は空を裂くだけだった。

 ナタルはわずかに身を傾けてかわし、そのまま兵士の懐へ滑り込む。

 鈍い衝撃音。

 兵士の体が地面へ崩れ落ちる。

 振り向くことすらしない。

 引き金を引き、刃を振るい、また次へ。

 その動きには一切の淀みがなかった。

 戦っているというより、決められた手順を淡々とこなしているようですらある。

 兵士たちはようやく理解した。

 目の前にいるのは、人ではない。


「退け! 退却だ!」


 誰かが叫ぶ。

 その声を合図に隊列は一気に崩れた。

 兵士たちは武器を捨て、砂煙の中へ我先にと逃げ出す。

 だが、ナタルは止まらない。

 逃げる背中へ照準を合わせる。

 引き金を引く。

 一人、また一人と倒れていく。

 建物の陰へ身を隠そうとした兵も、砂煙へ紛れようとした兵も、その背中を見逃さなかった。


 やがて、最後の銃声が静寂に吸い込まれる。

 風だけが吹いていた。

 ナタルはゆっくりと膝をつく。

 乾いた風が血の匂いを運び、舞い上がった砂が戦場を覆い隠していく。

 しばらく、その場を動かなかった。

 やがて胸元のポケットから、小さく折り畳まれた地図を取り出す。

 紙には幾つもの×印が書き込まれていた。

 一つずつ静かに目で追い、確認を終えると再び胸元へしまう。


「軍事施設エルズニルまで……あと少しだ」


 独り言のような呟きが風に溶ける。

 ナタルは静かに立ち上がった。

 東へ向かって歩き出す。

 その背中は砂塵の向こうへ少しずつ霞み、やがて完全に姿を消した。

 戦場には、再び風の音だけが残っていた。

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