第22話 宵月カナト編 7
アルスとソノラを裏門まで見送り、宵月カナトは何事もなかったかのように教室へ戻った。
授業が始まれば、いつもと変わらない。
机に向かい、ノートを開く。教師の言葉に耳を傾け、必要なことだけを淡々と書き留めていく。
――けれど。
静かな教室とは裏腹に、校内では朝の騒動がまだ尾を引いていた。
「宵月が……男と一緒に登校してたって!?」
「しかも、手をつないでたって本当?」
「えっ、誰それ?」
「南町から来た子らしいよ」
噂は廊下を駆け、教室から教室へと渡っていく。
廊下の片隅でも、図書室でも、誰かが声を潜めては同じ話題を口にしていた。
その一方で、生徒会メンバーは早くも火消しに回っていた。
「いやいや、彼は恋人じゃないから。ただの知り合いよ」
「ちょっとした用事があっただけだよ。変な勘違いはしないでね?」
セレンを筆頭に、柚木やロッテたちがそれとなく訂正して回る。
その甲斐あってか、昼を過ぎる頃には、騒ぎも少しずつ収まっていった。
――少なくとも、表向きは。
放課後。
中庭の木陰では、数人の生徒が集まっていた。
「あんなナヨナヨしたやつが、宵月の恋人であるはずないだろ」
「そうよ。あんな子供より、私のほうが絶対お似合いだわ!」
「だよな。あれなら俺のほうが――」
そこまで聞いたところで。
コツ。
石畳を踏む足音が、ひとつ。
生徒たちの会話が止まった。
振り返ると、少し離れた場所に宵月が立っていた。
「……っ」
誰も何も言わない。
宵月もまた、口を開かなかった。
ただ、まっすぐに彼らを見る。
その視線を受けた瞬間、生徒たちは揃って口を閉ざした。
先ほどまで威勢よく喋っていた生徒でさえ、視線を逸らす。
中庭を吹き抜ける風が、木々の葉を揺らした。
しばらくして、宵月は何事もなかったように視線を外した。
そして、そのまま歩き出す。
足取りは変わらない。
背筋も伸びたまま。
ただ、握られた拳だけが、制服の脇でわずかに強くなっていた。
(……くだらない)
誰が何を言おうと構わない。
アルスがどんな人間なのかを、自分が知っていればそれでいい。
他人が勝手に決めつけるようなことでもない。
宵月は一度だけ、静かに息を吐いた。
それから何事もなかったように顔を上げ、教室へ向かって歩いていった。
背後では、誰も口を開かなかった。




