↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
橄欖色のアーカイブ  作者: 藍川 卯木子
橄欖色のアーカイブ ー日常編ー

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
81/119

第21話 宵月カナト編 6

 裏門へ続く静かな通路を歩いていると、宵月がふとアルスに目を向けた。

 ほんの少し眉を寄せる。


「くだらないことに巻き込んで、すまなかった」


 その声は、いつもの張りのある調子よりわずかに低かった。

 アルスは、すぐさま首を横に振る。


「そんな、謝らないでください。僕のほうこそ、無理を言ってついてきたんですから」


 困ったように笑いながら、アルスは宵月を見上げた。


「それに……宵月さんが学校でどれだけすごい人なのか、今日見て実感しました」

「私が?」

「はい。生徒会の皆さんも個性的で楽しい人たちでしたし。僕にとっては、面白くて貴重な経験でした」


 アルスがそう言うと、宵月は一度だけ目を伏せた。


「そうか」


 短い返事。

 けれど、その横顔からは先ほどまでの硬さが少しだけ抜けていた。

 アルスもつられて口元を緩める。

 石畳を踏む二人の足音が、一定の間隔で続いていく。

 しばらく歩いたところで、アルスは何度か口を開きかけ――結局、意を決して尋ねた。


「あの……宵月さんって、やっぱり“強い人”が好きなんですか?」


 宵月がちらりと横を見る。


「どういう意味だ?」

「い、いや、変な意味じゃなくて!」


 アルスは慌てて両手を振った。


「ただ、宵月さんみたいに強くてかっこいい人が、どんな人を好きになるのか、ちょっと気になっただけで」


 言ってから、自分の言葉を頭の中でもう一度繰り返す。


 ――どんな人を好きになるのか。


「……」


 急に恥ずかしくなり、アルスは視線を石畳へ落とした。


(なんだこれ……。まるで僕が、宵月さんに告白してるみたいじゃないか)


 隣から視線を感じる。

 いたたまれなくなったアルスがさらに俯くと、宵月は歩調をほんの少し緩めた。

 そして、顎に指を添える。


「強い人間は、好きだな」


 ぽつりと落ちた言葉。

 アルスが顔を上げる。

 宵月は前を向いたまま、静かに続けた。


「でも、腕っぷしの話じゃない」


 一拍置いて、言葉を選ぶように口を開く。


「“人間として”強い人だ。どんな時も自分を見失わず、誰かのために立ち上がれるような……そんな人間に、私はなりたいと思っている」


 その声には、迷いがなかった。

 けれど、その視線はアルスではなく、ずっと先の道を見つめている。

 アルスは黙って聞いていた。


(なるほど……)


 胸の中で、何かがすっと繋がった。


(宵月さんにとって、“好き”って、憧れなんだ)


 恋や好意というより、もっと芯にあるもの。

 自分もそうなりたいと思えるほどの、尊敬。

 だからなのだろう、宵月がいつも背筋を伸ばし、迷いなく前を向いているのは。


「僕が言うのもなんですけど……」


 アルスは照れくさそうに笑った。


「僕から見たら、宵月さんって、もう十分に“強い人”ですよ」


 宵月がわずかに目を動かす。


「この前、あのアンビジブルの事件で助けてくれた時、本当に嬉しかったです」


 アルスは前を向いたまま、言葉を続けた。


「あの時の宵月さん、まるで物語に出てくるヒーローみたいで。颯爽と現れて、迷いなく助けてくれて……」


 そこまで言ったところで、アルスは自分が思った以上に話していることに気づいた。


「って、すみません。なんか、僕ばっかり喋ってますね」


 頬が熱くなる。

 アルスが誤魔化すように前髪をいじると、宵月はしばらく彼を見つめていた。

 やがて、その口元がほんの少しだけ上がる。


「でも、最終的に君を助けたのは、私じゃない」


 アルスは足を止めかけた。


「それでも」


 顔を上げる。

 今度は逃げずに、宵月の瞳をまっすぐ見た。


「宵月さんがいたから、僕は動けたんです」

「……」


 宵月の目が、わずかに見開かれた。

 ほんの一瞬。

 それから彼女は視線を前へ戻す。


「そうか」


 それだけだった。

 けれど、その横顔は先ほどよりも柔らかく見えた。

 アルスも何も言わず、隣に並ぶ。

 いつの間にか、二人の歩幅は揃っていた。

 コツ、コツ、と。

 校舎裏の石畳に、重なった足音だけが静かに響いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。