第21話 宵月カナト編 6
裏門へ続く静かな通路を歩いていると、宵月がふとアルスに目を向けた。
ほんの少し眉を寄せる。
「くだらないことに巻き込んで、すまなかった」
その声は、いつもの張りのある調子よりわずかに低かった。
アルスは、すぐさま首を横に振る。
「そんな、謝らないでください。僕のほうこそ、無理を言ってついてきたんですから」
困ったように笑いながら、アルスは宵月を見上げた。
「それに……宵月さんが学校でどれだけすごい人なのか、今日見て実感しました」
「私が?」
「はい。生徒会の皆さんも個性的で楽しい人たちでしたし。僕にとっては、面白くて貴重な経験でした」
アルスがそう言うと、宵月は一度だけ目を伏せた。
「そうか」
短い返事。
けれど、その横顔からは先ほどまでの硬さが少しだけ抜けていた。
アルスもつられて口元を緩める。
石畳を踏む二人の足音が、一定の間隔で続いていく。
しばらく歩いたところで、アルスは何度か口を開きかけ――結局、意を決して尋ねた。
「あの……宵月さんって、やっぱり“強い人”が好きなんですか?」
宵月がちらりと横を見る。
「どういう意味だ?」
「い、いや、変な意味じゃなくて!」
アルスは慌てて両手を振った。
「ただ、宵月さんみたいに強くてかっこいい人が、どんな人を好きになるのか、ちょっと気になっただけで」
言ってから、自分の言葉を頭の中でもう一度繰り返す。
――どんな人を好きになるのか。
「……」
急に恥ずかしくなり、アルスは視線を石畳へ落とした。
(なんだこれ……。まるで僕が、宵月さんに告白してるみたいじゃないか)
隣から視線を感じる。
いたたまれなくなったアルスがさらに俯くと、宵月は歩調をほんの少し緩めた。
そして、顎に指を添える。
「強い人間は、好きだな」
ぽつりと落ちた言葉。
アルスが顔を上げる。
宵月は前を向いたまま、静かに続けた。
「でも、腕っぷしの話じゃない」
一拍置いて、言葉を選ぶように口を開く。
「“人間として”強い人だ。どんな時も自分を見失わず、誰かのために立ち上がれるような……そんな人間に、私はなりたいと思っている」
その声には、迷いがなかった。
けれど、その視線はアルスではなく、ずっと先の道を見つめている。
アルスは黙って聞いていた。
(なるほど……)
胸の中で、何かがすっと繋がった。
(宵月さんにとって、“好き”って、憧れなんだ)
恋や好意というより、もっと芯にあるもの。
自分もそうなりたいと思えるほどの、尊敬。
だからなのだろう、宵月がいつも背筋を伸ばし、迷いなく前を向いているのは。
「僕が言うのもなんですけど……」
アルスは照れくさそうに笑った。
「僕から見たら、宵月さんって、もう十分に“強い人”ですよ」
宵月がわずかに目を動かす。
「この前、あのアンビジブルの事件で助けてくれた時、本当に嬉しかったです」
アルスは前を向いたまま、言葉を続けた。
「あの時の宵月さん、まるで物語に出てくるヒーローみたいで。颯爽と現れて、迷いなく助けてくれて……」
そこまで言ったところで、アルスは自分が思った以上に話していることに気づいた。
「って、すみません。なんか、僕ばっかり喋ってますね」
頬が熱くなる。
アルスが誤魔化すように前髪をいじると、宵月はしばらく彼を見つめていた。
やがて、その口元がほんの少しだけ上がる。
「でも、最終的に君を助けたのは、私じゃない」
アルスは足を止めかけた。
「それでも」
顔を上げる。
今度は逃げずに、宵月の瞳をまっすぐ見た。
「宵月さんがいたから、僕は動けたんです」
「……」
宵月の目が、わずかに見開かれた。
ほんの一瞬。
それから彼女は視線を前へ戻す。
「そうか」
それだけだった。
けれど、その横顔は先ほどよりも柔らかく見えた。
アルスも何も言わず、隣に並ぶ。
いつの間にか、二人の歩幅は揃っていた。
コツ、コツ、と。
校舎裏の石畳に、重なった足音だけが静かに響いていた。




