第20話 宵月カナト編 5
その様子を、宵月は黙って見守っていた。
口元がほんのわずかに緩んでいるようにも見える。けれど、その瞳は相変わらず静かだった。
「はいはい。おしゃべりはこのへんにして、そろそろ朝の会議を始めるよ。今日こそ十分で終わらせたいから、協力よろしくね」
セレンがパンパンと二度手を叩く。
それを合図に、緩んでいた空気が少しだけ引き締まった。
「そんなこと言って、いつも五分くらいで終わるじゃん」
ロッテが椅子の背にもたれ、口を尖らせる。
セレンは苦笑しながら肩をすくめた。
「だから言ってるでしょ? 『十分かかると思ってたのに五分で終わったら、お得な気分になる』って」
そう言って、得意げに片目をつぶる。
「それ、ただの言い訳じゃん」
ロッテが呆れたようにため息をつく。
けれど、その目元には笑みが浮かんでいた。
「あの……僕たち、外に出ても大丈夫なんでしょうか?」
アルスは恐る恐る口を挟んだ。
脳裏に浮かぶのは、今朝の校門前で繰り広げられた光景だ。
あれだけの生徒に追いかけ回されたのだ。授業に参加するわけにもいかない以上、このまま外へ出れば、また何かに巻き込まれるのではないか。
アルスが宵月を見ると、セレンが先に答えた。
「心配しなくても大丈夫よ。帰りは裏門から出ればいいわ。ルール上、登校時間以外の襲撃は禁止だから」
「ほっ……」
アルスの口から、思わず息が漏れる。
これでようやく安心できる――そう思った直後だった。
セレンが人差し指を立てる。
「ただし、それはあくまで《カナトに》対するルール。あなたには適用されないから、そこは注意してね」
「えっ……?」
アルスの顔が引きつる。
セレンは楽しそうに笑った。
「今朝も何人かが、『あの馬の骨は誰だ』って騒いでたし。妙なやきもちを妬く人も多いから、油断は禁物よ」
(馬の骨って、僕のことか!?)
アルスの頬がぴくりと引きつった。
そんな彼をよそに、セレンは指先で髪をくるくる弄びながら話を続ける。
「カナトって、この学校じゃ男女問わず大人気なのよ。告白があとを絶たなくてね。本人はずっと迷惑してたんだけど……それで私が相談に乗ってあげたってわけ」
アルスの眉が寄る。
「相談?」
「そう。だから私は『月に一度、登校時にカナトが校門から生徒会室へ辿り着くまでの間に、彼女を倒せば告白する権利が得られる』ってルールを作ったの」
セレンは両手を広げ、にっこり笑う。
「勝ち取った人だけが告白できる。ロマンチックでしょう? まぁカナトを倒したら付き合えるって勘違いしている人が殆どだけどね」
(……ロマンチックっていうか、単に物騒だ……)
アルスは思わず遠い目をした。
「おまえのせいで、私は毎月命がけだ」
宵月が冷ややかに言う。
セレンは悪びれる様子もなく、肩をすくめた。
「でもさ、カナト。『自分より強い相手じゃないと相手にしない』って、あんたが言ったんだよ?」
「……言ったが」
「それに、前よりストーカー行為は減ったでしょ? ルール外で手を出したら、生徒会から『お仕置き』があるから、みんな慎重になってる」
アルスは思わず身を乗り出した。
「『お仕置き』って、具体的には……?」
セレンは涼しい顔で答える。
「簡単よ。ルールを破った人の『黒歴史』を、全校放送で読み上げるの」
「……」
「中には中学時代のポエムやら、ラブレターやら……泣いて謝る子もいたわねぇ」
にこやかに語るセレン。
その笑顔を見つめながら、アルスの背中を冷たい汗が伝った。
(こ、この人……絶対に敵に回しちゃいけないタイプだ……)
アルスが固まっていると、宵月がすっと立ち上がった。
「では、私は彼を送ってくる」
「はいはーい。お気をつけて~」
「今朝も華麗なディフェンスでしたよ、カナト先輩!」
「良い一日を~!」
生徒会メンバーの明るい声に見送られながら、アルスと宵月、そして無言のまま手を繋いでいるソノラは、生徒会室を後にした。




