↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
橄欖色のアーカイブ  作者: 藍川 卯木子
橄欖色のアーカイブ ー日常編ー

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
79/119

第19話 宵月カナト編 4

《生徒会室》


 扉に掲げられたプレートには、そう記されていた。

 宵月が扉を開ける。

 中には、数人の生徒がいた。

 まるで、外で起きていた騒ぎなど最初から知っていたかのように、誰も慌てる様子はない。

 すると――


「カナト、お疲れさま! 今日もなかなか華麗だったわね~」


 眼鏡をかけた女子生徒が、ひょこっと顔を出した。

 栗色のウェーブがかった髪が肩で揺れる。赤いリボンのついたカーディガンを軽やかに羽織ったその姿には、どこか気品がある。

 ただし、その口元には楽しそうな笑みが浮かんでいた。


「セレン……」


 宵月の目がすっと細くなる。


「おまえ、どう見ても楽しんでいただろう」

「もちろんよ」


 セレンは悪びれるどころか、にっこりと笑った。


「だって、あの『登校ラッシュ・ラブアタック制度』を作ったの、私なんだもの」

「まったく、くだらん制度を」


 宵月が額を押さえる。

 すると、室内にいた二人の生徒が吹き出した。


「でも、そのおかげでカナト先輩に告白する人、朝以外はほとんどいなくなったんですよね」


 眼鏡をかけた男子生徒が笑いながら言う。


「今じゃ、生徒たちの『愛の集中砲火』は朝だけですし」


 隣にいた女子生徒も頷いた。


「結果的には、かなり平和になりましたよね。ある意味、セレン会長の慧眼です」

「でしょう?」


 セレンは得意げに胸を張る。


「あたしが生徒会長である限り、この学校は『理性的な混沌』に保たれるわ!」

「調子に乗るな」

「はいはい」


 宵月の低い声にも、セレンは楽しそうに笑っている。

 そのやり取りを眺めながら、アルスは何とも言えない顔になった。

 どうやら、さっきの騒ぎはこの学校では珍しくもないらしい。

 そしてその元凶の一人が、目の前で得意げに笑っている生徒会長だった。


「あら?」


 セレンがふとアルスへ視線を向ける。

 その瞳が、きらりと輝いた。


「その男の子……」


 セレンはアルスとソノラを交互に見る。


「もしかして、ついに恋人を連れて来たの?」


「違う」


 宵月が即答した。


「それに妹さんまで連れてるじゃない。もしかして、もう家族公認の仲?」

「違う」

「ふふっ。はいはい、冗談よ」


 セレンは口元を隠して笑う。

 どう見ても、楽しんでいる。


「私は伊月セレン。この高校の生徒会長よ」


 そう言って、胸を張る。


「ようこそ――『愛と混乱の楽園』、明御津羽高校へ!」

「あっ、えっと……」


 アルスは慌てて背筋を伸ばした。


「僕は環アルスです。それと、この子はソノラ。僕の……親戚です」

「親戚?」

「はい。ちょっと訳あって、宵月さんとご縁がありまして……」


 そこまで言ったところで、アルスはちらりと宵月を見る。


「で、でも、その……恋人とかじゃなくてですね!」

「ふふっ」


 セレンの口元がにやりと吊り上がった。


「なんだか可愛らしい子ねぇ、カナト」

「可愛らしいは失礼だ」


 宵月は即座に返した。


「それに、見た目は幼く見えるかもしれないが――彼は私たちより年上だぞ」

「はい……」


 アルスの声が小さくなる。

 肩まで、ほんの少し落ちた。

 セレンはそんな彼を見て、目を丸くした。


「あら」


 すぐに表情を改めると、アルスへ向き直る。


「それは大変失礼なことをしてしまいましたわ。申し訳ありません」


 セレンは腰を深く折った。

 その動きには、先ほどまでのからかうような軽さがない。


「い、いえ僕のほうこそ」


 アルスは慌てて手を振った。


「子供っぽく見えるのは自覚してるので」

「そう?」


 セレンが顔を上げる。


「じゃあ、あまり気にしなくてもよさそうね」

「……はい」


 アルスは苦笑しながら頷いた。

 ソノラの世話をするようになってから、自分でも少しは兄らしくなったつもりだった。

 だが、生粋の末っ子気質に加えて、この童顔である。

 どうやら、まだまだ道のりは遠いらしい。

 ちらりと隣を見る。

 白地に青いラインの入ったセーラー服姿の宵月は、相変わらず涼しい顔をしていた。

 同じ学生のはずなのに、どうしてこうも違うのだろう。

 アルスは小さく息を吐いた。


「僕、やっぱり子供っぽいのかな」

「そうでもないと思うぞ」


 宵月が前を向いたまま答えた。


「え?」

「少なくとも、ソノラの面倒を見ている姿は、それなりに兄らしい」

「宵月さん……」


 思わぬ言葉に、アルスの目がわずかに見開かれる。

 だが、宵月はそれ以上何も言わなかった。


「さて」


 セレンがぱん、と手を叩く。


「じゃあ改めて、柚木とロッテも自己紹介しておいてくれる?」

「はい」


 セレンの背後から、一人の男子生徒が歩み出た。

 長身で、黒髪のおかっぱ頭。

 整った顔立ちに、少し物憂げな目元が印象的だった。

 彼は落ち着いた動きで一礼する。


「僕は港柚木。生徒会で会計を担当しています。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」


 続いて、隣の少女が元気よく手を振った。

 金髪のツインテールが、彼女の動きに合わせてぴょこんと跳ねる。


「ロッテ・バルトでーす! 書記やってまーす!」


 ロッテはアルスとソノラを見つめると、ぱっと顔を輝かせた。


「……っていうか、さっきから思ってたんだけど!」


 ずいっと身を乗り出す。


「アルスくんとソノラちゃん、めっちゃ可愛いよね!」

「か、可愛い……ですか?」


 アルスが思わず一歩後ずさる。

 耳が、また赤くなった。

 ――今日は一体、何度この言葉を聞くのだろう。


「えっと……僕は去年、南町から上京してきて、今は城下町にあるカフェ・ラートっていう喫茶店で働いてます」


 緊張しながらも、アルスはどうにか自己紹介を終えた。


「へぇ~!」


 ロッテが目を輝かせる。


「カフェなんだ! 今度行ってみよっかな~!」

「ぜひ来てください。コーヒーとシナモンロールがおすすめです」


 こうして、アルスにとって初めての明御津羽高等学校での朝は――思っていた以上に、騒がしいものになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。