第19話 宵月カナト編 4
《生徒会室》
扉に掲げられたプレートには、そう記されていた。
宵月が扉を開ける。
中には、数人の生徒がいた。
まるで、外で起きていた騒ぎなど最初から知っていたかのように、誰も慌てる様子はない。
すると――
「カナト、お疲れさま! 今日もなかなか華麗だったわね~」
眼鏡をかけた女子生徒が、ひょこっと顔を出した。
栗色のウェーブがかった髪が肩で揺れる。赤いリボンのついたカーディガンを軽やかに羽織ったその姿には、どこか気品がある。
ただし、その口元には楽しそうな笑みが浮かんでいた。
「セレン……」
宵月の目がすっと細くなる。
「おまえ、どう見ても楽しんでいただろう」
「もちろんよ」
セレンは悪びれるどころか、にっこりと笑った。
「だって、あの『登校ラッシュ・ラブアタック制度』を作ったの、私なんだもの」
「まったく、くだらん制度を」
宵月が額を押さえる。
すると、室内にいた二人の生徒が吹き出した。
「でも、そのおかげでカナト先輩に告白する人、朝以外はほとんどいなくなったんですよね」
眼鏡をかけた男子生徒が笑いながら言う。
「今じゃ、生徒たちの『愛の集中砲火』は朝だけですし」
隣にいた女子生徒も頷いた。
「結果的には、かなり平和になりましたよね。ある意味、セレン会長の慧眼です」
「でしょう?」
セレンは得意げに胸を張る。
「あたしが生徒会長である限り、この学校は『理性的な混沌』に保たれるわ!」
「調子に乗るな」
「はいはい」
宵月の低い声にも、セレンは楽しそうに笑っている。
そのやり取りを眺めながら、アルスは何とも言えない顔になった。
どうやら、さっきの騒ぎはこの学校では珍しくもないらしい。
そしてその元凶の一人が、目の前で得意げに笑っている生徒会長だった。
「あら?」
セレンがふとアルスへ視線を向ける。
その瞳が、きらりと輝いた。
「その男の子……」
セレンはアルスとソノラを交互に見る。
「もしかして、ついに恋人を連れて来たの?」
「違う」
宵月が即答した。
「それに妹さんまで連れてるじゃない。もしかして、もう家族公認の仲?」
「違う」
「ふふっ。はいはい、冗談よ」
セレンは口元を隠して笑う。
どう見ても、楽しんでいる。
「私は伊月セレン。この高校の生徒会長よ」
そう言って、胸を張る。
「ようこそ――『愛と混乱の楽園』、明御津羽高校へ!」
「あっ、えっと……」
アルスは慌てて背筋を伸ばした。
「僕は環アルスです。それと、この子はソノラ。僕の……親戚です」
「親戚?」
「はい。ちょっと訳あって、宵月さんとご縁がありまして……」
そこまで言ったところで、アルスはちらりと宵月を見る。
「で、でも、その……恋人とかじゃなくてですね!」
「ふふっ」
セレンの口元がにやりと吊り上がった。
「なんだか可愛らしい子ねぇ、カナト」
「可愛らしいは失礼だ」
宵月は即座に返した。
「それに、見た目は幼く見えるかもしれないが――彼は私たちより年上だぞ」
「はい……」
アルスの声が小さくなる。
肩まで、ほんの少し落ちた。
セレンはそんな彼を見て、目を丸くした。
「あら」
すぐに表情を改めると、アルスへ向き直る。
「それは大変失礼なことをしてしまいましたわ。申し訳ありません」
セレンは腰を深く折った。
その動きには、先ほどまでのからかうような軽さがない。
「い、いえ僕のほうこそ」
アルスは慌てて手を振った。
「子供っぽく見えるのは自覚してるので」
「そう?」
セレンが顔を上げる。
「じゃあ、あまり気にしなくてもよさそうね」
「……はい」
アルスは苦笑しながら頷いた。
ソノラの世話をするようになってから、自分でも少しは兄らしくなったつもりだった。
だが、生粋の末っ子気質に加えて、この童顔である。
どうやら、まだまだ道のりは遠いらしい。
ちらりと隣を見る。
白地に青いラインの入ったセーラー服姿の宵月は、相変わらず涼しい顔をしていた。
同じ学生のはずなのに、どうしてこうも違うのだろう。
アルスは小さく息を吐いた。
「僕、やっぱり子供っぽいのかな」
「そうでもないと思うぞ」
宵月が前を向いたまま答えた。
「え?」
「少なくとも、ソノラの面倒を見ている姿は、それなりに兄らしい」
「宵月さん……」
思わぬ言葉に、アルスの目がわずかに見開かれる。
だが、宵月はそれ以上何も言わなかった。
「さて」
セレンがぱん、と手を叩く。
「じゃあ改めて、柚木とロッテも自己紹介しておいてくれる?」
「はい」
セレンの背後から、一人の男子生徒が歩み出た。
長身で、黒髪のおかっぱ頭。
整った顔立ちに、少し物憂げな目元が印象的だった。
彼は落ち着いた動きで一礼する。
「僕は港柚木。生徒会で会計を担当しています。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
続いて、隣の少女が元気よく手を振った。
金髪のツインテールが、彼女の動きに合わせてぴょこんと跳ねる。
「ロッテ・バルトでーす! 書記やってまーす!」
ロッテはアルスとソノラを見つめると、ぱっと顔を輝かせた。
「……っていうか、さっきから思ってたんだけど!」
ずいっと身を乗り出す。
「アルスくんとソノラちゃん、めっちゃ可愛いよね!」
「か、可愛い……ですか?」
アルスが思わず一歩後ずさる。
耳が、また赤くなった。
――今日は一体、何度この言葉を聞くのだろう。
「えっと……僕は去年、南町から上京してきて、今は城下町にあるカフェ・ラートっていう喫茶店で働いてます」
緊張しながらも、アルスはどうにか自己紹介を終えた。
「へぇ~!」
ロッテが目を輝かせる。
「カフェなんだ! 今度行ってみよっかな~!」
「ぜひ来てください。コーヒーとシナモンロールがおすすめです」
こうして、アルスにとって初めての明御津羽高等学校での朝は――思っていた以上に、騒がしいものになった。




