第18話 宵月カナト編 3
数分ほど歩くと、重厚な校門が見えてきた。
その瞬間、宵月の眉がわずかに寄る。
歩調を緩めた彼女は、後ろを振り返った。
「ここからは、私から極力離れないようにしてくれ。それと……彼女の手も、絶対に離すな」
「えっ……?」
アルスが目を瞬かせる。
宵月は校門の向こうへ一度目をやってから、淡々と続けた。
「君に直接的な被害はないと思う。ただ……とばっちりを受ける可能性はある」
「とばっちり?」
アルスの眉が寄った。
まさか、宵月さんは誰かに狙われているのか?
危険な仕事をしているとは聞いていた。もしかすると、仕事絡みの連中が学校まで追ってきているのでは――。
そんな考えが次々と浮かぶ。
アルスはごくりと喉を鳴らした。
「わかりました」
ソノラの手を握り直す。
「絶対に離れません! それに、宵月さんに何かあったら――僕も、できる限り助太刀します!」
そこで一瞬、言葉に詰まる。
「……役に立つかは、わかりませんけど」
「そんな大事な話じゃないんだが……」
宵月はわずかに目を見開いた。
だが、すぐに視線を柔らかく落とす。
「でも、ありがとう」
「い、いえ!」
アルスは照れくさそうに頷いた。
三人はそのまま校門へ向かって歩き出す。
アルスは周囲を見回しながら、いつでも動けるよう身構えていた。
右。
左。
校門の向こう。
異変はない。
その隣で、宵月はいつもと変わらない顔で歩いている。
――そのときだった。
ドンドン、ドンドンッ!
どこからともなく、威勢のいい太鼓の音が響き渡った。
「な、なんだ!?」
アルスが足を止める。
「来たか」
宵月の足も止まった。
その顔から、わずかに血の気が引いた。
「来たって……何が――」
ギィィィ……。
重い音を立て、校門が開く。
その向こうから、生徒たちがぞろぞろと姿を現した。
数人――ではない。
十人、二十人。
いや、それ以上。
誰もが妙に統率の取れた足取りで列をなし、まっすぐこちらへ向かってくる。
まるで祭りの行列。
あるいは、これから戦場へ向かう軍勢のようだった。
そして、その先頭に立っていたのは、背が高く、がっしりとした体格の男子生徒だった。
彼は宵月を指差し、腹の底から声を張り上げる。
「宵月カナトォォッ! 今日こそ君をモノにしてみせるッ!!」
「おおおおおーーーーッッ!!」
背後の生徒たちが一斉に拳を突き上げた。
「えっ……」
アルスの口がぽかんと開く。
すると今度は、先頭の男子生徒の隣にいた女子生徒が、すっと前へ出た。
長い髪をなびかせながら、優雅に手を掲げる。
「カナト様! 今日こそ、あなたの心をいただいてみせますわ!」
そして振り返る。
「皆さん、いきますわよ!」
「はいっ!」
次の瞬間。
ドドドドドドッ!
大地を揺らすような足音とともに、生徒たちが一斉に走り出した。
「な、なんなんですか、これぇぇぇっ!?」
アルスの悲鳴が響く。
「説明は後だ!」
宵月が叫ぶ。
「とにかく――私から離れるな!」
「は、はい!」
宵月は迫り来る生徒たちを、ひらりとかわした。
「カナト様ぁぁっ!」
「そこをどけぇぇっ!」
「俺の愛を受け取ってくれぇぇっ!」
「お断りだ!」
右から伸びてきた腕をかわす。
続いて、正面から飛び込んできた男子生徒のタックルを半歩横へずれて避ける。
「ぐわぁっ!」
「危なっ!」
アルスも慌ててソノラの手を引き、宵月の後を追う。
だが、次の瞬間――
ヒュッ!
「うわっ!」
アルスのもじゃもじゃした髪に何かが引っかかった。
指先でそれを取り除くと、ハートマークの描かれた小さな紙飛行機が現れる。
折り目を開いてみれば、内側には流れるような達筆で文章が綴られていた。
「『愛しの宵月様へ あなたのことを思うと夜も眠れず……』ラっラブレター!?」
「いつものことだ」
「いつものことなんですか!?」
さらに地面から、ガコンッ! と音がした。
「え?」
足元から飛び出してきたのは、巨大なハート型の看板だった。
『恋のトラップ発動!』
「なんですかこれぇぇぇっ!」
「走れ!」
宵月がアルスの腕を掴み、強引に引っ張る。
その直後、頭上を一本の矢が飛び抜けた。
「ひぃっ!」
アルスは反射的に身を屈め、ソノラを抱き寄せるようにして守った。
「ちょ、ちょっと待ってください! 学校ですよね、ここ!?」
「そうだ」
「弓矢が飛んできましたけど!?」
「そういう日もある」
「あるんですか!?」
背後から、また歓声が上がる。
「待ってくれ、カナト様ぁぁぁっ!」
「今日こそ振り向かせてみせますわぁぁっ!」
「追えぇぇぇっ!」
「追うな!」
宵月は一喝すると、校舎へ続く階段へ飛び込んだ。
アルスもソノラの手を握ったまま、必死についていく。
「はぁ……はぁ……宵月さん!」
「なんだ」
「これは……一体……何なんですか!?」
「もうすぐゴールだ」
「ゴールって何のゴールですか!?」
答えは返ってこない。
宵月はただひたすら階段を駆け上がっていく。
背後から響く足音が、少しずつ遠ざかっていく。
やがて、宵月がぴたりと足を止めた。
目の前にあるのは、一枚の静かな扉。
騒がしい校舎の中で、そこだけが嘘のように静まり返っていた。
宵月は息を整えると、何事もなかったかのように扉へ手を伸ばした。




