第17話 宵月カナト編 2
「そういえば、宵月さんって、どの学校に通ってるんですか?」
「この先にある――明御津羽高等学校だ」
「名門校じゃないですか!」
思わずアルスの声が跳ね上がった。
その勢いに、ソノラが無言のままちらりと彼を見上げる。
――明御津羽高等学校
田舎育ちのアルスも、その名には聞き覚えがあった。
終戦直後、創設者である明御津羽ライトによって設立された伝統校。政財界や学術分野に多くの人材を送り出してきた名門として知られている。
その一方で、変わり者や奇才と呼ばれる人物を輩出する学校としても有名だった。
そういえば――と、アルスの脳裏にひとりの人物が浮かぶ。
姉のユリアが大好きだった、少し変わった持ちネタで一世を風靡したお笑い芸人。
「……あの人も、明御津羽の出身だったっけ」
思わず呟いてから、アルスは感心したように頷いた。
「すごいなぁ」
そして、隣を歩く宵月の制服へ目を向ける。
白地のかっちりとしたYシャツに、紺色のスラックス。
改めて見ると、その制服姿が妙に様になっていた。
ふと、姉が読んでいた少女漫画を思い出した。そこに出てくる学校の王子様が、そのまま現実に現れたようだった。
「あ、そういえば……」
しばらく歩いたところで、アルスがふと口を開く。
「ずっと気になってたんですけど、宵月さんって、仕事中もずっと制服のままですよね?」
「そうだな」
「どうしてなんですか?」
宵月の足が止まった。
彼女は少しだけ目を細め、朝日に照らされた睫毛の影を地面へ落とす。
「単に、動きやすいからだ」
「動きやすい?」
「この服なら、学校が終わったらそのまま仕事に行ける。仕事が終われば、そのまま学校にも行ける」
宵月は淡々と続けた。
「着替える時間が惜しいんだ」
「…………」
アルスは口を半開きにしたまま、宵月の横顔を見つめた。
もっと別の理由があると思っていた。
制服に特別な意味があるとか、仕事に向かうための何かしらの覚悟が込められているとか。
ところが、返ってきた答えは驚くほど現実的だった。
「宵月さんらしいですね」
アルスの口元が、ふっと緩む。
宵月は一瞬だけ彼を見た。
「そうか?」
「はい」
アルスは笑いながら頷いた。
「なんていうか……すごく合理的で」
「褒めているのか?」
「もちろんです」
「なら、いい」
宵月はそれだけ言うと、再び歩き始めた。
アルスもその隣へ並ぶ。
朝の風が吹き抜け、宵月の長い髪をさらりと揺らした。
アルスはその背中を眺めながら、ほんの少しだけ笑った。
こういうところが、宵月カナトなのだろう。
余計なものを足さず、必要なものだけを選ぶ。
そんな彼女の姿が、今までより少しだけ身近に感じられた。




