第15話 モルガ・カービー編 8
「モルガおねーちゃん、遅いよ~!」
公園の滑り台の下から、甲高い声が飛んできた。
振り返ると、三人の小学生がこちらへ駆けてくる。先頭を走っていた女の子が、待ちきれないとばかりに両手を振っていた。
モルガも手をひらひらと振り返し、笑顔を浮かべる。
「ごめん! みんな、もう揃ってるね?」
「うんっ!」
二人の女の子が元気よく頷く。
けれど、その隣にいた男の子だけは俯いたままだった。袖口で目元を何度もこすっている。泣いたばかりなのか、目の縁が赤く腫れていた。
それに気づいた小柄な女の子が、男の子の背中をぽんぽんと叩く。
「タロスケ、きっとすぐ見つかるよ。だから、泣かないの」
「うっ……でも……昨日からずっと帰ってこないんだよ……タロスケ……」
男の子の声が震えた。
唇をきゅっと噛んだものの、こらえきれずに目から涙がこぼれる。
子どもにとって、一日は長い。
朝になれば帰ってくると思っていた猫が帰ってこない。それだけのことが、何日も続いているように感じられるのだろう。
「まだ一日でしょ。大丈夫。なんとかなるよ」
もう一人の女の子が、男の子の頭に手を乗せた。
無表情のまま、ぽん、ぽん、と二度撫でる。
「でっ……でもぉ……」
男の子の顔が、またくしゃりと歪んだ。
「よし!」
モルガはすっとしゃがみ込み、男の子と目の高さを合わせた。
「それなら、猫探しのプロ・モルガお姉さんの出番だね!」
ぱっと顔を輝かせ、胸を張る。
「まずは、その子の写真を見せてくれる?」
「……うん」
男の子は鼻をすすりながら頷いた。
ランドセルを下ろし、奥から子ども用のスマートフォンを取り出す。小さな手で画面を操作する指が、ほんの少し震えていた。
「これ……」
差し出された画面には、男の子に抱きかかえられた一匹の猫が映っていた。
淡いブルーグレイの毛並みに、深い青色の瞳。
カメラをまっすぐ見つめるその顔は、どこか気位が高そうで、それでいて穏やかだった。
「この子が、タロスケだね」
モルガは画面を覗き込み、猫の姿をじっと目に焼きつける。
「よし。それじゃ、みんなで力を合わせて探しに行こう!」
そう言って立ち上がりかけたところで、モルガはふと思い出したように腕時計へ目を落とした。
「ただし、今日は五時までね」
「五時……?」
「うん。おうちの人たちが心配しちゃうから、それまでにはちゃんと帰ろう」
モルガが笑いかけると、男の子はしばらく黙ってその顔を見つめていた。
やがて、ためらうように口を開く。
「……でも、五時までに見つからなかったら?」
モルガは目を細めた。
そして、にっと笑うと、親指をぐっと立てる。
「そのときはね――見つかるまで、ずーっと心のアンテナを張っておくよ!」
「アンテナ?」
「そう! 雨の日も、風の日も、タロスケの気配をキャッチできるようにね!」
掲げられた親指を、男の子はきょとんと見つめた。
けれど、その表情は少しずつ緩んでいく。
強張っていた肩が下がり、やがて口元に小さな笑みが浮かんだ。
「……うん」
「私もアンテナ張る」
「わたしも!」
二人の女の子も負けじと親指を立てる。
三つの小さな拳が、青空へ向かって並んだ。
まるで、どこか遠くにいるタロスケへ届けるように。
「よしっ」
モルガも満足そうに頷くと、勢いよく立ち上がった。
「それじゃあ、まずは腹ごしらえだ」
「えっ?」
「元気が出ないと、タロスケの気配を見逃しちゃうからね」
そう言って、モルガは肩から提げたバッグをごそごそと探る。
しばらくして取り出したのは、花模様の小さな缶だった。
「じゃーん」
蓋を開けた瞬間、バターの甘い香りがふわりと広がる。
「うわぁ、すっごくいい匂い」
「おいしそう~」
「このクッキーね、仕事場の素敵なおばあさまからもらったんだ」
モルガは缶の中からクッキーを一枚つまみ上げる。
「だから、これを食べて――」
子どもたちの顔を見回し、にっこり笑った。
「タロスケを呼び寄せるパワーをチャージしよう」
「おー!」
三人の声が公園に響く。
子どもたちは笑いながら芝生の上に腰を下ろし、クッキーを手に取った。
傾き始めた陽が、木々の隙間から柔らかな光を落としている。
その光の中で、花模様の缶と三人の笑顔が、淡い金色に縁取られていた。
タロスケの行方は、まだわからない。
それでも――今は、探しに行ける。
モルガは子どもたちの笑い声を聞きながら、もう一度、青い空を見上げた。




