第8話 モルガ・カービー編 1
「お疲れ様でーす!」
アーカイブ事務所の扉が勢いよく開き、明るい声が室内へ飛び込んできた。
入ってきたのは、モルガ・カービー。肩で跳ねるサーモンピンクの髪を揺らしながら、満面の笑みでデスクに向かっている宵月と才原へ手を振る。
「お疲れ、モルガ」
宵月が声をかけると、モルガの顔がぱっと明るくなった。
「お疲れ様です、モルガさん。……あれ? 交代までは、まだ三十分くらいありますよね?」
才原は壁に掛けられた丸時計へ目を向ける。
「はい。実は……」
モルガはそこで言葉を濁し、照れくさそうに頬をかいた。
「東郷さんから連絡があって。今日、直接お願いしたいことがあるって」
「東郷さんから?」
宵月が眉を上げる。
「そうなんです!」
モルガは嬉しそうに頷いたものの、すぐにその笑顔が少しだけ引きつった。
「嬉しいんですけど……その、東郷さんから直接ってなると、やっぱり緊張しちゃって。それで、気づいたらこんなに早く来ちゃいました」
「なるほど」
才原は苦笑しながら時計を見る。
「それで三十分前、と」
「はい……」
モルガは両手の指を落ち着かなげに組み合わせた。
「もしかして、すごく重要な任務なのかなって。私、ちゃんと役に立てるかなって考えてたら、どんどん緊張してきちゃって」
いつもの快活な声とは裏腹に、指先はせわしなく動いている。
モルガがアーカイブに入ってから、まだそれほど日は経っていない。ジーノより先に所属していたとはいえ、戦闘任務には向かないと判断され、これまでは才原の指示のもと、現場の誘導や調査の補助を担当することが多かった。
そんな彼女に、リーダーである東郷から直接声がかかったのだ。
緊張するのも無理はない。
「東郷さんは、なんて言ってたんだ?」
宵月がソファから身を起こす。
「えっと……『今日、事務所で話す』って。それだけです」
「それだけ?」
「それだけなんです!」
モルガは胸に手を当て、大きく息を吐いた。
「だから余計に気になっちゃって。もしかしたら、ものすごく重要な任務だったりして」
「ふふ」
才原が小さく笑う。
「張り切るのはいいですが、空回りだけはしないようにしてくださいね」
「は、はいっ!」
モルガは背筋を伸ばし、勢いよく返事をした。
その様子を見ていた才原は、ふっと表情を緩める。
「それと、もし本当に重要な任務なら、内容はあまり詳しく話さないほうがいいですよ」
「え?」
「僕たちにも、です」
穏やかな口調だったが、その言葉にはアーカイブの人間としての慎重さが滲んでいた。
モルガは数秒固まり、それから慌てて口元を押さえた。
「……あっ」
「気をつけてくださいね」
「す、すみません」
肩をすぼめるモルガ。その姿は、叱られた子犬のようにも見えた。
才原は思わず苦笑する。
「そんなに気にしなくて大丈夫ですよ。モルガさんは、まだ慣れていないことも多いでしょうから」
「はい」
「最初から全部できる人なんていません。少しずつ覚えていけばいいんです」
才原の言葉に、モルガは顔を上げる。
その隣で、宵月もソファに背を預けながら頷いた。
「あぁ。モルガはモルガのペースでいい。焦る必要なんてないさ」
「宵月さん……」
モルガの表情が、みるみる明るくなる。
「ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げると、先ほどまで落ち着かなげに動いていた足取りも、少し軽くなった。
「じゃあ、荷物を置いてきますね。東郷さんが来るまでには戻ってきます」
モルガは小さく手を振ると、部屋の奥へ駆けていった。
やがて扉が静かに閉まる。
その瞬間、それまでモルガが運んできた明るさまで途切れたように、事務所は静けさを取り戻した。
宵月は閉じた扉をしばらく眺め、それから才原へ視線を向ける。
「れにしても、東郷さんがモルガを直接呼び出すなんて珍しいですね」
「ええ」
才原も時計へ目を向ける。
時計の秒針が、静かな事務所に小さく響いていた。




