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橄欖色のアーカイブ  作者: 藍川 卯木子
橄欖色のアーカイブ

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60/117

第60話 150年前 とある邸宅 2

「お前は、行くのだな」


 ソノラは静かに大野木を見つめていた。

 その声に、引き止める気配はない。責めるような響きもなかった。ただ、すべてを見通すような深い静けさだけが宿っている。


「ああ」


 大野木は旅支度を整えながら、短く答えた。


「友が助けを求めているはずだ」


 その手が止まる。


「あいつは……俺の妹に少し似ていてな。何でも一人で抱え込んでしまう」


 大野木は小さく息を吐いた。


「だから、俺が行ってやらなければならない」

「死ぬかもしれぬぞ」

「……ああ」


 大野木は苦笑した。


「さすがに今回は、命を落とすかもしれんな」

「ふん。お人よしが」


 ソノラが小さく鼻を鳴らす。

 呆れたような言葉だったが、その声にはどこか柔らかな響きがあった。


「それと……一つ、頼みがある」


 大野木は傍らに置いていた一冊のノートを手に取った。

 オリーブ色の表紙をした、使い込まれたノートだった。


「これを、預かっておいてくれないか」


 ソノラがノートへ目を落とす。


「これは?」

「俺がこれまでのことを記したものだ」


 大野木はノートを見つめた。


「書き始めたのは最近だが……ようやく、一冊を書き終えることができた」

「……そうか」


 ソノラは両手でノートを受け取った。

 表紙をそっと撫でる指先が、ほんのわずかに震えている。

 それでも、彼女の表情は変わらなかった。

 しばらくして、ソノラが顔を上げる。


「お前の望みは、世界を……いや、宇宙を救うことではなかったのか?」


 大野木は一瞬、言葉を失った。

 やがて、静かに息を吐く。


「ああ。もちろん、そのつもりだ」


 そして、ソノラをまっすぐ見つめた。


「だが……友を見捨ててまで世界を救いたいとは思わない」

「……」

「そんなことをしてまで救った世界で、俺は胸を張って生きていけそうにないからな」


 その表情に迷いはなかった。


「それに……」


 少しだけ間を置いて、大野木は続けた。


「ナタルには、幸せになってほしい」


 ソノラが目を細める。


「これは俺のエゴだ」

「そうか」


 ソノラは、それ以上何も言わなかった。

 ただ、その声には不思議なほど穏やかな響きがあった。

 そして――。

 大野木から預かったノートを抱きしめたまま、ソノラの身体が淡く光り始めた。


「……?」


 大野木が振り返る。


「何をしている?」


 ソノラは答えない。

 ただ、光は少しずつ強さを増していった。

 月明かりを集めたような淡い光が、彼女の身体を包み込む。

 やがて光は螺旋を描きながら収束し、ソノラの輪郭をゆっくりと溶かしていった。


「ソノラ!」


 大野木が一歩踏み出す。

 そのとき、光の中から声が響いた。


「私を持て」


 柔らかな声だった。


「そして、お前の友のもとへ行け」

「……何を言っている?」

「お前の真の望みが叶うかは、私にも分からぬ」


 光がさらに強くなる。


「だが――できる限りのことをしよう」

「ソノラ……」


 大野木の声が震えた。

 その目の前で、ソノラの姿が少しずつ形を変えていく。

 光に包まれた身体は、やがて小さく――小さくなっていった。

 そして最後に残ったのは、拳に収まるほどの橄欖色の石だった。

 大野木は両手を差し出し、それをそっと受け止める。

 掌に伝わる温もり。

 それは、確かにそこにソノラの意志が残っていることを伝えていた。

 大野木は石を強く握りしめる。

 そして、静かに目を閉じた。

 次の瞬間――。

 掌の隙間から、淡い光が漏れ始める。

 大野木は顔を上げた。

 東の空が、わずかに白み始めている。

 彼はその空を見据え、一歩を踏み出した。

 友が待つ場所へ。

 守りたい人がいる場所へ。

 そして、自分自身の願いが待つ場所へ。

 その全身を、淡い光が包んでいく。

 まるで、長い夜の終わりを告げるように。

 やがて大野木の姿は、東の空から差し込む夜明けの光の中へ溶けていった。

 光は静かに、世界の彼方へ消えていく。

 あとにはただ、新しい朝だけが残されていた。

最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!

無事に第一章を完結することができました!


第二章は明日から更新予定です。

次回も楽しんでいただけたら嬉しいです!


こちらXアカウントになります。

→ @UkikoA4616


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