第46話 4月24日 実験施設『エルズニル』低層階 真夜中 2
アルスは思わず目を見開いた。
瓦礫と血に染まった戦場のど真ん中に――純白のウエディングドレスをまとった男が立っている。
ジーノ・オルフェイ。
どう考えても場違いな格好だ。
なのに、不思議と似合っている。
その姿は、灰色の戦場へ突然舞い降りた異物のようだった。
助かった――。
安堵が胸を満たす。
だが同時に、あまりにも衝撃的な格好に言葉が出ない。
代わりに、倒れていた宵月が苦々しく呟いた。
「……趣味に口を挟む気はないが、その格好はどうかと思う」
「好きで着てるわけねぇよ」
ジーノは肩をすくめた。
「職場の連中に無理やり試着させられたんだ。脱ぐ暇もねぇまま、おまけに非番なのに飛んできてやったんだぞ?」
鼻を鳴らして笑う。
「少しくらい感謝しろよ」
アルスは苦笑しながら問いかけた。
「でも……どうして、こんなに早く来られたんですか?」
「簡単な話だ」
ジーノは親指で自分を指す。
「東郷の旦那が場所を送ってくれてた。それに俺の能力なら、携帯に登録してある相手の位置くらいすぐ分かる」
「だから一直線ってわけ」
得意げに胸を張る姿は、妙に堂々としている。
……純白のドレス姿なのに。
「でも、電話……僕が名乗る前に切れちゃいましたよね?」
「ああ」
ジーノはあっさり頷く。
「番号は登録してなかった。でも、このタイミングで俺に電話してくる奴なんて、お前くらいだろって思っただけだ」
「意外と勘なんですね」
「失礼な。俺、こう見えて結構マメなんだぜ?」
そこでジーノは宵月へ顔を向ける。
「とにかく俺が来た。お前はそのガキども守ることだけ考えろ」
宵月は睨み返した。
「……あなたも十分無茶をしています」
「お互い様だろ」
ジーノは笑う。
「あっちで暴れてるのは東郷の旦那か」
視線の先では、東郷がなおも敵を相手に剣を振るっていた。
「あの人が押されるなんて珍しいな」
「実力では東郷さんが上です」
宵月は血を吐きながら答える。
「ですが……相手の再生能力が異常です」
「なるほど」
ジーノは口角を吊り上げた。
「じゃあ雑魚は俺が引き受けるか――教祖代理様」
気絶していたソウレンがゆっくりと起き上がる。
「……あなたも、アーカイブの一員でしたね」
「ああ」
ジーノは軽く手を挙げた。
「覚えててもらえて光栄だ」
純白のスカートが風に揺れる。
その姿は滑稽なはずなのに、不思議と堂々としていた。
「飛んで火に入る夏の虫です」
ソウレンが静かに告げる。
「あなたから始末して差し上げましょう」
「そうこなくちゃ」
ジーノは一気に踏み込んだ。
ドレス姿とは思えない軽やかな動きで距離を詰める。
するとソウレンが拳を地面へ叩きつけた。
――ドゴォン!!
地面が隆起し、巨大な岩壁が立ちはだかる。
「この足場は、お気に召しましたか?」
「おう」
ジーノは瓦礫を蹴って一気に跳ぶ。
「むしろ助かる」
岩壁を足場にして、一瞬で頭上を取った。
「なっ……!」
ソウレンの表情が初めて崩れる。
「終わりだ」
ジーノはポケットから丸薬を一粒取り出し、迷いなく投げた。
「ソウレン様!」
するとアヤメとイザナが飛び込み、その身を盾にする。
パァンッ!
丸薬が弾け、白煙が広がった。
次の瞬間、二人は白目を剥き、その場へ崩れ落ちる。
「……」
戦場が一瞬だけ静まり返った。
ジーノは肩をすくめる。
「悪友特製、激臭丸薬だ」
「直撃すりゃ数時間は起きねぇ」
そう言いながらアルスを押さえつけていた瓦礫を手際よくどかし、手を差し伸べる。
「立てるか?」
「ありがとうございます……」
アルスはその手を借りながら首を傾げた。
「激臭丸薬……?」
「ああ」
ジーノはもう一粒取り出した。
「普段は無臭。でも砕けた瞬間だけ、とんでもねぇ臭いが半径三十センチにだけ充満する。嗅いだ奴は、だいたい気絶だ」
アルスは顔をしかめる。
「……何でできてるんです?」
「その時ある材料だな」
ジーノは指を折り始める。
「この前アイツが言ってたのは――腐り果てた○○の○○に、下水から掘り起こした◯◯、それからドブで拾った――」
「聞きたくないです!」
アルスは慌てて両耳を塞いだ。
背筋がぞくりと震える。
(ジーノさんの悪友だけは……絶対に敵に回したくない)
そんなアルスを見て、ジーノは愉快そうに笑う。
「でも半径三十センチ限定って発想、天才だろ?」
「俺まで巻き込まれたら意味ねぇからな。無理言って調整してもらったんだ」
そう言うと、丸薬をアルスの鼻先へ突き出した。
「ほら。試しに嗅いでみるか?」
「やめてください!!」
アルスが全力で身を引く。
ジーノは腹を抱えて笑った。
「はははっ! 冗談だって!」
その笑い声に、張り詰めていた戦場の空気が、ほんの少しだけ和らいだ。




