第47話 4月24日 実験施設『エルズニル』低層階 真夜中 3
だが、ジーノの表情はすぐに引き締まる。彼は体勢を整えながら、戦場を見渡した。
「まぁ本命は外しちまったが……これで東郷の旦那と宵月に貸しができたかな」
砂埃を巻き上げながら、東郷が現れた。
服は裂け、血に濡れ、息も荒い。
それでも、その目だけは鋭く燃えていた。
戦況は――まだ終わっていない。彼らは一瞬の迷いもなく、ソウレンへ視線を向ける。
「行くぞ!」
「はい!」
「いいぜ!」
東郷の声が、空気を一瞬で張り詰めさせた。そして、三人は同時に動いた。
ジーノは旋風のように駆け回り、わざと乱れた動きでソウレンの視界をかき乱す。
宵月は水のように滑らかな動きで斬撃をかわし、反撃すら弾き返していく。
そしてすべての動きが交錯した、その一瞬。
東郷だけが、静止していた。彼女は迷いなく銃を構え、まるで時間そのものを支配するかのように――引き金を引いた。
閃光と銃声。
弾丸は一直線に空気を裂き、運命に導かれるようにソウレンへ命中した。
「す、すごい」
アルスは呆然と呟いていた。痛みも、恐怖も、一瞬忘れていた。
完璧すぎる連携。命を賭けた戦いの中で生まれる、奇跡のような呼吸。その光景に、アルスはただ圧倒されることしかできなかった。
一方、ソウレンは東郷に撃たれた脇腹を押さえながら、暗闇の続く天井を見上げていた。
「はぁ……この状況、厳しいですね」
深いため息とともに、彼は力の抜けた手つきのまま、アルスたちから距離を取るように歩き出した。その足取りにはどこか諦めが滲んでいるのに、背中からは消えない執念――燃え残る復讐心の気配が、はっきりと感じられた。
「どこへ行こうとしている?」
東郷の冷たい声が飛ぶ。けれどソウレンは振り返らない。ただ静かに、ゆっくりと歩き続ける。
すると、アルスの視界に決定的な予感が閃いた。胸が嫌な音を立てる。
「東郷さん!! 彼を止めてください!!」
叫んだ途端、東郷は即座に反応した。迷いのない動きで銃を構え、二発の弾丸を放つ。狙いは正確で、弾丸はソウレンの両脚を捕らえる軌道を描いていた。
だが、信じられない光景が目の前で起きた。
倒れていたはずのアヤメとイザナが、まるで死人が蘇るかのように跳ね起き、ソウレンを庇うように飛び出したのだ。
銃声と共に、鮮血が宙に散る。
「アイツら、まだ動けるのか!」
ジーノの低い唸り声が響く。宵月が追撃に走る。けれどアルスたちが視線を向けたその先には、すでにソウレンの姿はなかった。
煙の向こう。そこに彼はいた。
アンビジブルの操縦席に、深く腰を沈めて。まるで最初からそこが自分の居場所だったかのように、無駄のない動きで。
「私たちの怨念をすべて、アンビジブルに捧げる!」
宣言と同時に、彼は操縦席へ伸びる管を引き寄せ、自らの首元へ押し当てた。
すると扉が激しく閉じる。機体が震え、煙を噴き上げ始めた。重低音が空間を揺らし、アンビジブルの存在感が一気に膨れ上がる。
「なぜ、アンビジブルが起動した……?」
東郷の低い呟き。硝煙の残る空気の中で、アルスはふと足元に転がる石を見つけた。
胸が重くなる。 そして、アルスは口を開いた。
「アンビジブルを起動させるのに必要なのは、この“石”じゃありません。必要なのは――選ばれた人間の負のエネルギーです」
自分の声が、ひどく遠く感じた。その言葉には、どうしようもない悲しみが滲んでいたと思う。
なぜなら、本来その条件を満たす存在ナタルか――もう、この世にいないはずの人だから。
「選ばれた人間だと……?」
東郷が問い返す。
アルスは一瞬だけ躊躇した。けれど、覚悟を決めて彼女を見た。
「はい……東郷さん、実は僕……」
言いかけた瞬間だった。胸に鋭い痛みが走る。
まるで内側から何かが突き刺さったみたいに、息が詰まった。
東郷は静かにアルスを見据え、低く言い切る。
「余計なことは考えなくていい。今必要な情報だけ話せ。続きは――生き延びてからだ」
その言葉は、戦場の喧騒の中でも不思議なくらいはっきりと胸に届いた。懐かしさと、切なさが込み上げる。
アルスは息を整え、震える声で続けた。
「アンビジブルは、ソウレンだけの負の感情では動きません。でも……一度起動すれば、自分では止められない。かつての僕がそうだったように……。そして、この事件の裏には――黒幕がいます!」
そう言い終えた瞬間、アンビジブルの制御盤が反応した。
青白い閃光が宿っている。弱いが、不気味な光。
「このままじゃ完全にやばいっすね。東郷の旦那、才原の兄貴に退避連絡を――」
振り向くと、宵月とジーノがボロボロの姿で駆け寄ってきていた。
宵月の体は傷だらけで、息も荒い。ジーノの白いドレスは裂け、灰色に汚れ、血の跡が生々しく残っている。
「あぁ。アギールにも連絡を入れるよう伝えろ」
東郷が短く命じる。
アルスは痛む足を押さえながら、ソノラを抱き寄せた。
「攻撃まで少し時間があります。皆さん、この子を連れて逃げてください!」
宵月へソノラを預けようとした瞬間、彼女は何も言わずソノラを背負い、アルスへ手を差し出してきた。
「えっ……」
「君を置いていくなんてありえない。残る理由なんてない」
迷いのない声だった。
アルスは必死に首を振る。
「でも僕は足手まといです! お願いです、早く――」
するとアンビジブルの砲身が輝いた。
空気が一瞬で凍りつく。
東郷たちが防御姿勢を取る間もなく、強烈な閃光が押し寄せた。
「だめだ!!」
アルスは叫んだ。
――その直後。
宵月の背中にいたソノラの体から、七色の光が爆発するように溢れ出した。
あまりの眩しさに、アルスは思わず目を覆う。
そして破壊の閃光は、その虹色の光に押し返され完全に消えた。
静寂が戻る。
恐る恐る目を開けると、そこには柔らかな光を纏い、静かに立つソノラの姿があった。
その姿はまるで、地に降り立った女神のようで、アルスは息を呑みながら、ソノラに問いかけた。
「君は……一体、何者なんだ?」
ソノラはしばらく沈黙したまま、深い瞳の奥で静かな光を揺らしていた。
そして、ゆっくりと口を開く。
「我が名は……」




