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橄欖色のアーカイブ  作者: 藍川 卯木子
橄欖色のアーカイブ

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47/118

第47話 4月24日 実験施設『エルズニル』低層階 真夜中 3

 だが、ジーノの表情はすぐに引き締まる。彼は体勢を整えながら、戦場を見渡した。


「まぁ本命は外しちまったが……これで東郷の旦那と宵月に貸しができたかな」


 砂埃を巻き上げながら、東郷が現れた。

 服は裂け、血に濡れ、息も荒い。 

 それでも、その目だけは鋭く燃えていた。

 戦況は――まだ終わっていない。彼らは一瞬の迷いもなく、ソウレンへ視線を向ける。


「行くぞ!」

「はい!」

「いいぜ!」


 東郷の声が、空気を一瞬で張り詰めさせた。そして、三人は同時に動いた。

 ジーノは旋風のように駆け回り、わざと乱れた動きでソウレンの視界をかき乱す。 

 宵月は水のように滑らかな動きで斬撃をかわし、反撃すら弾き返していく。

 そしてすべての動きが交錯した、その一瞬。

 東郷だけが、静止していた。彼女は迷いなく銃を構え、まるで時間そのものを支配するかのように――引き金を引いた。

 閃光と銃声。

 弾丸は一直線に空気を裂き、運命に導かれるようにソウレンへ命中した。


「す、すごい」


 アルスは呆然と呟いていた。痛みも、恐怖も、一瞬忘れていた。

 完璧すぎる連携。命を賭けた戦いの中で生まれる、奇跡のような呼吸。その光景に、アルスはただ圧倒されることしかできなかった。

 一方、ソウレンは東郷に撃たれた脇腹を押さえながら、暗闇の続く天井を見上げていた。


「はぁ……この状況、厳しいですね」


 深いため息とともに、彼は力の抜けた手つきのまま、アルスたちから距離を取るように歩き出した。その足取りにはどこか諦めが滲んでいるのに、背中からは消えない執念――燃え残る復讐心の気配が、はっきりと感じられた。


「どこへ行こうとしている?」


 東郷の冷たい声が飛ぶ。けれどソウレンは振り返らない。ただ静かに、ゆっくりと歩き続ける。

 すると、アルスの視界に決定的な予感が閃いた。胸が嫌な音を立てる。


「東郷さん!! 彼を止めてください!!」


 叫んだ途端、東郷は即座に反応した。迷いのない動きで銃を構え、二発の弾丸を放つ。狙いは正確で、弾丸はソウレンの両脚を捕らえる軌道を描いていた。

 だが、信じられない光景が目の前で起きた。

 倒れていたはずのアヤメとイザナが、まるで死人が蘇るかのように跳ね起き、ソウレンを庇うように飛び出したのだ。

 銃声と共に、鮮血が宙に散る。


「アイツら、まだ動けるのか!」


 ジーノの低い唸り声が響く。宵月が追撃に走る。けれどアルスたちが視線を向けたその先には、すでにソウレンの姿はなかった。

 煙の向こう。そこに彼はいた。

 アンビジブルの操縦席に、深く腰を沈めて。まるで最初からそこが自分の居場所だったかのように、無駄のない動きで。


「私たちの怨念をすべて、アンビジブルに捧げる!」


 宣言と同時に、彼は操縦席へ伸びる管を引き寄せ、自らの首元へ押し当てた。

 すると扉が激しく閉じる。機体が震え、煙を噴き上げ始めた。重低音が空間を揺らし、アンビジブルの存在感が一気に膨れ上がる。


「なぜ、アンビジブルが起動した……?」


 東郷の低い呟き。硝煙の残る空気の中で、アルスはふと足元に転がる石を見つけた。

 胸が重くなる。 そして、アルスは口を開いた。


「アンビジブルを起動させるのに必要なのは、この“石”じゃありません。必要なのは――選ばれた人間の負のエネルギーです」


 自分の声が、ひどく遠く感じた。その言葉には、どうしようもない悲しみが滲んでいたと思う。

 なぜなら、本来その条件を満たす存在ナタルか――もう、この世にいないはずの人だから。


「選ばれた人間だと……?」


 東郷が問い返す。

 アルスは一瞬だけ躊躇した。けれど、覚悟を決めて彼女を見た。


「はい……東郷さん、実は僕……」


 言いかけた瞬間だった。胸に鋭い痛みが走る。 

 まるで内側から何かが突き刺さったみたいに、息が詰まった。

 東郷は静かにアルスを見据え、低く言い切る。


「余計なことは考えなくていい。今必要な情報だけ話せ。続きは――生き延びてからだ」


 その言葉は、戦場の喧騒の中でも不思議なくらいはっきりと胸に届いた。懐かしさと、切なさが込み上げる。

 アルスは息を整え、震える声で続けた。


「アンビジブルは、ソウレンだけの負の感情では動きません。でも……一度起動すれば、自分では止められない。かつての僕がそうだったように……。そして、この事件の裏には――黒幕がいます!」


 そう言い終えた瞬間、アンビジブルの制御盤が反応した。

 青白い閃光が宿っている。弱いが、不気味な光。


「このままじゃ完全にやばいっすね。東郷の旦那、才原の兄貴に退避連絡を――」


 振り向くと、宵月とジーノがボロボロの姿で駆け寄ってきていた。

 宵月の体は傷だらけで、息も荒い。ジーノの白いドレスは裂け、灰色に汚れ、血の跡が生々しく残っている。


「あぁ。アギールにも連絡を入れるよう伝えろ」


 東郷が短く命じる。

 アルスは痛む足を押さえながら、ソノラを抱き寄せた。


「攻撃まで少し時間があります。皆さん、この子を連れて逃げてください!」


 宵月へソノラを預けようとした瞬間、彼女は何も言わずソノラを背負い、アルスへ手を差し出してきた。


「えっ……」

「君を置いていくなんてありえない。残る理由なんてない」


 迷いのない声だった。

 アルスは必死に首を振る。


「でも僕は足手まといです! お願いです、早く――」


 するとアンビジブルの砲身が輝いた。

 空気が一瞬で凍りつく。

 東郷たちが防御姿勢を取る間もなく、強烈な閃光が押し寄せた。


「だめだ!!」


 アルスは叫んだ。

 ――その直後。

 宵月の背中にいたソノラの体から、七色の光が爆発するように溢れ出した。

 あまりの眩しさに、アルスは思わず目を覆う。

 そして破壊の閃光は、その虹色の光に押し返され完全に消えた。

 静寂が戻る。

 恐る恐る目を開けると、そこには柔らかな光を纏い、静かに立つソノラの姿があった。

 その姿はまるで、地に降り立った女神のようで、アルスは息を呑みながら、ソノラに問いかけた。


「君は……一体、何者なんだ?」


 ソノラはしばらく沈黙したまま、深い瞳の奥で静かな光を揺らしていた。

 そして、ゆっくりと口を開く。


「我が名は……」

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