第43話 4月23日 実験施設『エルズニル』低層階 夜
アルスたちが地下へ降り立つと、そこにも上層階と同じように、巨大なドーム状の空間が広がっていた。
壁一面を覆うのは鈍く光る金属。
上層よりもさらに無機質で、まるで巨大な機械の内部へ足を踏み入れたかのようだった。
生き物の気配を拒むような静寂が、空間を支配している。
その沈黙を破ったのは、ソウレンだった。
パチン――。
軽く指を鳴らす。
すると天井沿いに並ぶ照明が一斉に点灯し、白い光がドーム全体を照らし出した。
その光景に、アルスは思わず息を呑む。
視線の先に鎮座していたのは、一体の巨大な兵器だった。
漆黒の装甲。全身へ絡みつく無数の管。
微動だにしないその姿は、まるで目覚めの時を待ち続ける怪物だった。
その瞬間だった。
「――ッ!」
鋭い痛みがアルスの全身を貫く。
頭の奥へ雷が落ちたような衝撃。
神経という神経が焼き切れそうになり、筋肉が勝手に強張る。
耳鳴りが響き、視界が白く弾けた。
身体の内側から何かが暴れ回るような感覚。
「……これはなんですか」
震える声が漏れる。
ソウレンは恍惚とした笑みを浮かべ、兵器を見上げた。
「ナタル様が操縦されていた無限殺戮兵器――アンビジブルです」
その口調は説明ではなく、信仰にも似た敬意に満ちていた。
「そして今日、百五十年前の出来事が蘇るのです」
ゆっくりとアルスへ向き直る。
「さあ、石を」
静かに差し出された手には、拒まれるとは微塵も思っていない余裕があった。
アルスは動かない。
声は聞こえている。
だが意識は、目の前のアンビジブルへ吸い寄せられていた。
「……聞こえませんでしたか?」
ソウレンの笑みが少しだけ冷たくなる。
「この子がどうなっても構わない、と?」
その一言で、アルスの指先がぴくりと震えた。
やがて彼は膝をつき、掌の石を静かに床へ置く。
石が淡く輝き始めた。
ソノラが近くにいるからだ。
柔らかな光が石の奥から静かに滲み出す。
「置きました」
短く告げる。
「結構です」
ソウレンは頷くと、胸元のサファイアのブローチを外した。
「では、これが床へ落ちた瞬間に始めましょう。」
アルスは小さく頷く。
「……わかりました」
ソウレンが指先で弾く。
青いブローチは宙でゆっくり回転し、不規則な軌道を描いて落ちていく。
――カシャン。
乾いた音が響いた、その瞬間。
アルスはソノラへ。
ソウレンは石へ。
互いに同時に駆け出した。
「甘いですね」
ソウレンの指先から漆黒の爪が伸びる。
一直線にアルスの喉元を狙った。
アルスは咄嗟に右腕を差し出し、ソノラを抱き寄せる。
ガキィンッ!!
甲高い金属音。
ソウレンの爪は義手へ弾かれ、数本が砕け散った。
だが一本だけが頬を掠める。
赤い雫が頬を伝った。
折れた爪は床へ落ちると、紫色の煙となって溶けるように消えていく。
その様子を見たソウレンは、肩を震わせた。
「……なるほど」
乾いた笑みを漏らす。
「報告書には義手の件も書かれていましたね」
自嘲するように笑った。
「すっかり失念していました」
石の鎖を拾い上げ、アンビジブルへ向き直る。
「ですが、もう関係ありません」
ソウレンは両腕を大きく広げた。
「あなた方は今日――歴史の証人になるのです」
ソウレンはアンビジブルの正面へ立ち、石を高々と掲げ、声を張り上げた。
「目覚めよ、無限殺戮兵器アンビジブル!」
「今こそ、その力を現せ!」
声がドーム内へ響き渡る。
しかし――何も起こらない。
漆黒の装甲は沈黙したまま。
無数の管も、ぴくりとも動かない。
静寂だけが戻ってきた。
「……なぜだ」
ソウレンの声が揺れる。
もう一度石を掲げる。
それでも、アンビジブルは眠り続けていた。
まるで、何か決定的なものが欠けているかのように。
「動きませんよ」
アルスが静かに口を開く。
ソノラを抱え直しながら、真っ直ぐソウレンを見据えた。
「……何だと?」
「石が偽物だった、とでも言うつもりですか」
「違います」
アルスはゆっくり立ち上がる。
「その石だけでは、アンビジブルは目覚めません」
「馬鹿な!」
ソウレンが声を荒らげる。
「そんなことを、お前のような小僧が知るはずがない!」
アルスは静かに息を吸う。
そしてソウレンを真っ直ぐ見据え、静かに告げる。
「理由は一つです」
一瞬の静寂。
「僕が、ナタル・エルピディアだからです」




