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橄欖色のアーカイブ  作者: 藍川 卯木子
橄欖色のアーカイブ

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43/117

第43話 4月23日 実験施設『エルズニル』低層階 夜

 アルスたちが地下へ降り立つと、そこにも上層階と同じように、巨大なドーム状の空間が広がっていた。

 壁一面を覆うのは鈍く光る金属。

 上層よりもさらに無機質で、まるで巨大な機械の内部へ足を踏み入れたかのようだった。

 生き物の気配を拒むような静寂が、空間を支配している。

 その沈黙を破ったのは、ソウレンだった。


パチン――。


 軽く指を鳴らす。

 すると天井沿いに並ぶ照明が一斉に点灯し、白い光がドーム全体を照らし出した。

 その光景に、アルスは思わず息を呑む。


 視線の先に鎮座していたのは、一体の巨大な兵器だった。

 漆黒の装甲。全身へ絡みつく無数の管。

 微動だにしないその姿は、まるで目覚めの時を待ち続ける怪物だった。

 その瞬間だった。


「――ッ!」


 鋭い痛みがアルスの全身を貫く。

 頭の奥へ雷が落ちたような衝撃。

 神経という神経が焼き切れそうになり、筋肉が勝手に強張る。

 耳鳴りが響き、視界が白く弾けた。

 身体の内側から何かが暴れ回るような感覚。


「……これはなんですか」


 震える声が漏れる。

 ソウレンは恍惚とした笑みを浮かべ、兵器を見上げた。


「ナタル様が操縦されていた無限殺戮兵器――アンビジブルです」


 その口調は説明ではなく、信仰にも似た敬意に満ちていた。


「そして今日、百五十年前の出来事が蘇るのです」


 ゆっくりとアルスへ向き直る。


「さあ、石を」


 静かに差し出された手には、拒まれるとは微塵も思っていない余裕があった。

 アルスは動かない。

 声は聞こえている。

 だが意識は、目の前のアンビジブルへ吸い寄せられていた。


「……聞こえませんでしたか?」


 ソウレンの笑みが少しだけ冷たくなる。


「この子がどうなっても構わない、と?」


 その一言で、アルスの指先がぴくりと震えた。

 やがて彼は膝をつき、掌の石を静かに床へ置く。

 石が淡く輝き始めた。

 ソノラが近くにいるからだ。

 柔らかな光が石の奥から静かに滲み出す。


「置きました」


 短く告げる。


「結構です」


 ソウレンは頷くと、胸元のサファイアのブローチを外した。


「では、これが床へ落ちた瞬間に始めましょう。」


 アルスは小さく頷く。


「……わかりました」


 ソウレンが指先で弾く。

 青いブローチは宙でゆっくり回転し、不規則な軌道を描いて落ちていく。


 ――カシャン。


 乾いた音が響いた、その瞬間。

 アルスはソノラへ。

 ソウレンは石へ。

 互いに同時に駆け出した。


「甘いですね」


 ソウレンの指先から漆黒の爪が伸びる。

 一直線にアルスの喉元を狙った。

 アルスは咄嗟に右腕を差し出し、ソノラを抱き寄せる。


 ガキィンッ!!


 甲高い金属音。

 ソウレンの爪は義手へ弾かれ、数本が砕け散った。

 だが一本だけが頬を掠める。

 赤い雫が頬を伝った。

 折れた爪は床へ落ちると、紫色の煙となって溶けるように消えていく。

 その様子を見たソウレンは、肩を震わせた。


「……なるほど」


 乾いた笑みを漏らす。


「報告書には義手の件も書かれていましたね」


 自嘲するように笑った。


「すっかり失念していました」


 石の鎖を拾い上げ、アンビジブルへ向き直る。


「ですが、もう関係ありません」


 ソウレンは両腕を大きく広げた。


「あなた方は今日――歴史の証人になるのです」


 ソウレンはアンビジブルの正面へ立ち、石を高々と掲げ、声を張り上げた。


「目覚めよ、無限殺戮兵器アンビジブル!」

「今こそ、その力を現せ!」


 声がドーム内へ響き渡る。

 しかし――何も起こらない。

 漆黒の装甲は沈黙したまま。

 無数の管も、ぴくりとも動かない。

 静寂だけが戻ってきた。


「……なぜだ」


 ソウレンの声が揺れる。

 もう一度石を掲げる。

 それでも、アンビジブルは眠り続けていた。

 まるで、何か決定的なものが欠けているかのように。


「動きませんよ」


 アルスが静かに口を開く。

 ソノラを抱え直しながら、真っ直ぐソウレンを見据えた。


「……何だと?」

「石が偽物だった、とでも言うつもりですか」

「違います」


 アルスはゆっくり立ち上がる。


「その石だけでは、アンビジブルは目覚めません」

「馬鹿な!」


 ソウレンが声を荒らげる。


「そんなことを、お前のような小僧が知るはずがない!」


 アルスは静かに息を吸う。

 そしてソウレンを真っ直ぐ見据え、静かに告げる。


「理由は一つです」


 一瞬の静寂。


「僕が、ナタル・エルピディアだからです」 

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