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橄欖色のアーカイブ  作者: 藍川 卯木子
橄欖色のアーカイブ

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42/119

第42話 150年前 実験施設『エルズニル』 2

 アンビジブル――。

 それは、操縦者の脳を直接侵し、制作者の命令だけに従うよう造られた、生きた兵器だった。

 何も知らされないまま操縦席へ座った、その瞬間。

 ギチリ、と機体内部が軋む。

 眠っていた無数の管が、生き物のように蠢き始めた。


「……っ?」


 異変に気づいた時には遅かった。

 管は一斉に天花へ絡みつき、腕を、脚を、胴を拘束する。

 逃げようにも、身体はびくとも動かない。


「な……何だ、これ!」


 ブシュッ――。


 鋭い音とともに、無数の針が天花の肉体へ突き刺さった。


「――あああああああぁぁぁぁっ!!」


 脳を直接かき回されるような激痛。

 意識を引き裂かれるような恐怖。

 悲鳴とも嗚咽ともつかない叫びが、格納室いっぱいに響き渡った。

 その頃、ナタルは訓練を終えた天花へ差し入れを持って行こうと、軽い足取りで格納区画を歩いていた。


「そろそろ終わる頃かな。差し入れぐらい許してくれるだろう」


 そう呟いた、その時だった。


「――ああああぁぁぁっ!!」


 耳を裂くような悲鳴。

 ナタルの足が止まる。

 聞き間違えるはずがない。


「……天花?」


 次の瞬間には走り出していた。

 扉の前へ飛び込み、力任せに押す。

 開かない。


「どけぇぇッ!!」


 轟音。

 蹴り飛ばされた扉が内側へ吹き飛ぶ。

 そして、目に飛び込んできた光景に、ナタルの瞳が凍りついた。

 無数の管に身体を貫かれ、泣き叫ぶ天花。

 その横で、高らかに笑う白衣の男。

 少し離れた場所では、スーツ姿の男が怯えながら様子を窺っている。

 全身の血が、一気に沸騰した。


「……何をしている」


 ナタルの声は低く震えていた。

 一方、白衣の男は笑みを崩さず、高らかにナタルに声をかけた。


「ほう。落第者か」


 そう言って鼻で笑う。


「君に説明する義理は――」

「質問してるんだ」


 ナタルの声が重なる。

 白衣の男は肩をすくめる。


「まあいい。歴史的瞬間くらい、見届けさせてやろう」


 男は芝居がかった仕草でアンビジブルを指差す。


「彼女は今、アンビジブルへ捧げられている」


 男は迷いなくスイッチを押した。


 ズズズズズ……


 アンビジブルの両眼へ莫大なエネルギーが集束する。

 一瞬後。

 閃光。

 轟音。

 そして再び、天花の絶叫。


「見たまえ」


 男がモニターを示す。

 すると、そこには紫炎に呑まれた大地が映っていた。

 クンストンの拠点。

 敵兵も。

 味方の兵士も。

 等しく紫の炎に包まれ、苦しみながら倒れていく。


「これは……」


 ナタルが息を呑む。

 白衣の男は恍惚と笑った。


「半径百キロを誤差なく焼き払う。」

「これこそ究極兵器だ!」


 横でスーツの男も歓喜に震える。


「素晴らしい……! これさえあれば宇宙は我々のものだ!」


 その一言だった。

 ナタルの中で、何かが切れた。

 右腕が音もなく刃へ変わる。

 次の刹那、白衣の男とスーツの男の腹部から鮮血が噴き上がった。


「……え?」

「ひゃゃゃゃゃゃゃっ!!!!」


 何が起きたのか理解できないまま、二人は膝をつく。

 スーツの男は絶叫しながら息絶えた。

 一方で白衣の男はまた息があるようだ。

 ナタルは倒れた白衣の男の胸ぐらを掴み、そのまま持ち上げた。


「止めろ」


 低く告げる。


「アンビジブルを止めろ。」

「ぐ……っ」

「止める方法と壊す方法を話せ」


 刃先が喉元へ触れる。


「言わなければ、お前を殺す」


 白衣の男は血を吐きながら笑った。


「止め……られん……」

「何?」

「止める方法も……壊す方法も……存在しない……」

「ふざけるな!」


 刃がさらに食い込む。

 それでも男は笑う。


「嘘では……ない……」


 背後で天花の悲鳴が響く。

 ナタルは振り返り、叫んだ。


「天花を助ける方法は!」


 白衣の男は途切れ途切れに答える。


「新しい……健常者を……代わりに……捧げる……それだけだ……」


 ナタルは言葉を失う。

 男は血を吐きながら嗤った。


「できるか……? 誰か……連れてくるか……?」


 返事はなかった。

 ナタルは男を放り捨て、一直線に天花の元へ駆け寄る。


「天花!」


 涙で濡れた瞳が、彼を見つめた。

 その姿を見た瞬間、ナタルの迷いは消えた。


「……もう大丈夫。」


 穏やかに笑う。

 そしてナタルは天花へ繋がる管を力任せに引きちぎった。

 代わりに、その管がナタルの身体へ食い込んでいく。

 すると全身に激痛が走ったが、それでもナタルは表情は変えない。

 やがてナタルの意識がアンビジブルと一つになる。


 ――アンビジブル。


 ナタルは心の奥で命じる。


 ――出力を最小限に。

 ――彼女だけは逃がせ。


 すると細い一筋の閃光が放たれ、施設の壁が一直線に消し飛び、外まで続く道が開いた。

 差し込む光。

 ナタルは残る力を振り絞る。


「天花!」


 叫ぶ。


「逃げろ!!」


 天花は動けない。

 涙だけが溢れる。


「行けッ!!」


 その声だけが彼女の背中を押した。

 天花は唇を噛み切るほど強く噛みしめる。

 そして光だけを目指して走り出した。

 一度も振り返ることなく。

 一方、床に倒れた白衣の男は、血を吐きながらなお笑っていた。


「く……くく……」


 白衣の男はナタルを見上げる。


「まさか……アンビジブルを……従わせるとは……」


 笑みが歪む。


「だが……必死に助けた娘は……お前を置いて……逃げたぞ……?」


 ナタルは静かに目を閉じた。

 そして、小さく笑う。


「……そうか。」


 安堵したように息を吐く。


「それなら、よかった。」


 ナタルの右手へ光が集まる。

 圧縮されたエネルギーが震えた。

 そして白衣の男の姿は、一片の悲鳴すら残さず光に呑まれて消滅した。

 誰にも悼まれることなく。

 名を残すこともなく。

 狂気だけをこの世に遺して。

 そして――。

 アンビジブルは完全に暴走を始める。

 都市が消えた。

 艦隊が砕け散る。

 惑星が一撃で塵となる。

 宇宙は悲鳴に満ち、終焉の炎が果てなく広がっていく。

 それはまるで、ナタル・エルピディアという魂を薪に燃え続ける災厄だった。

 彼という存在が完全に消滅する、その瞬間まで――。

 破壊の狂宴は、終わることはなかった。

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