第41話 150年前 実験施設『エルズニル』 1
軍事施設を後にした天花たちは、実験施設エルズニルへ向かっていた。
ナタルも同行している。天花の身に万一の事態が起きた際、補助要員として控えるためだ。
念願だったアンビジブルの操縦者に選ばれた――それなのに、天花の胸は晴れなかった。
本当に自分でよかったのだろうか。
皆が期待していたのはナタルだった。自分が選ばれたこと自体、何かの間違いではないか。
そんな拭いきれない迷いが、胸の奥に重く沈んでいた。
その変化を、ナタルはすぐに察した。
「どうしたんだい? せっかく操縦者に選ばれたのに、あまり嬉しそうじゃないね」
天花は一度だけ顔を上げる。しかしすぐに視線を落とし、小さく息を吐いた。
「……みんな、お前が選ばれると思ってた」
少し間を置き、苦笑する。
「情けないけど、私もそう思ってた。だから……まだ納得できないんだ」
そこまで本音を打ち明けられるほど、二人の間にはいつしか信頼が育っていた。
ナタルは目を細め、穏やかに微笑む。
「僕は、君が選ばれてよかったと思ってるよ」
その言葉には、一切の迷いがなかった。
しばらく前を見つめたまま歩いていたナタルは、静かに口を開く。
「昔の僕はね、自分の力だけを信じてクンストンを狩り続けていたんだ」
天花が顔を上げる。
「助けを求められれば、何も考えず戦った。目的なんてなかったよ。ただ命令されるまま……機械みたいにね」
淡々とした口調だった。
けれど、その静けさがかえって、積み重ねてきた年月の重さを感じさせる。
「……まさか」
天花は目を見開く。
「『橄欖色の天使』って呼ばれてたのは……お前なのか?」
ナタルは少しだけ驚いたように瞬きをしたが、すぐ寂しげに笑った。
「天使なんて、そんな綺麗なものじゃないよ」
ゆっくりと首を振る。
「僕は……ただの殺戮者だった」
その一言だけで十分だった。
自嘲も後悔も、その短い言葉にすべて滲んでいた。
「同胞を守るためだと信じて戦っていた。でも戦えば戦うほど心は削れて、感情も少しずつなくなっていった」
遠くを見るように空を仰ぐ。
「そんな時だったんだ。あの人と出会ったのは」
その瞬間だけ、ナタルの表情が柔らかくなる。
「初対面で、真顔のまま言われたよ。『俺は全宇宙を救う男だ!』って」
「……は?」
天花は思わず眉をひそめた。
あまりにも突飛な言葉だった。
ナタルは思い出し笑いを浮かべる。
「僕も最初は馬鹿な人だと思ったよ。でも、彼は本気だった」
少し笑ってから、続ける。
「それからこう言ったんだ。『誰も報われない戦いなんて、終わらせなきゃいけない。その方法を俺は探してる』って」
天花は何も言わず、その続きを待つ。
「彼のおかげで知ったんだ。この宇宙にはクンストンだけじゃない。数え切れないほど多くの種族が、それぞれの人生を生きている」
ナタルは静かに笑う。
「敵か味方か。それだけで割り切れるほど、この世界は単純じゃなかったんだ」
その言葉は、不思議と天花の胸へすっと染み込んでいく。
張り詰めていた心が、少しずつほどけていくのを感じた。
「だからね、天花」
ナタルは立ち止まり、まっすぐ彼女を見つめる。
「君は復讐のためにアンビジブルへ乗ると言っていた。でも……それが君の本当の願いだとは、僕には思えない」
天花は黙ったまま視線を受け止める。
「君は、本当は平和を望める人だ」
その声は優しく、それでいて揺るぎなかった。
「過去は変えられない。でも未来は変えられる。その力を、君は手にしたんだ」
少し照れくさそうに笑う。
「まだ数か月の付き合いだけど、それでも僕は君を見てきた」
その笑顔は、まるで太陽のように眩しかった。
真正面から受け止めることができず、天花はふいと顔を背ける。
「……たった数ヶ月で私の何がわかるんだよ」
照れ隠しのような小さな呟きに、ナタルは何も返さず、ただ優しく微笑むだけだった。
翌日。
天花は覚悟を決め、アンビジブルの待つ格納区画へと足を運ぶ。
それが、自分の人生を根底から覆す一日になるとは、まだ知る由もない。
彼女を待っていたのは――想像をはるかに超える、あまりにも残酷な現実だった。




