第4話 4月20日 東の森 早朝 2
「……なんで、こんなところに女の子が?」
思わず声が漏れた。
泉に横たわる少女は、あまりにも静かだった。
まるで最初からそこにいたように眠っている姿が、この森の奥深さとひどく不釣り合いで、アルスは息を呑む。
恐る恐る膝をつき、そっと口元へ手をかざした。
――温かい。
かすかな吐息が手のひらをくすぐる。
「……よかった」
知らず知らずのうちに詰めていた息を、大きく吐き出した。
生きている。
その事実だけで、胸を締め付けていた不安が少しだけほどける。
けれど、すぐに別の疑問が頭をもたげた。
「いや……なんでこんな場所に?」
街道から外れた森の奥だ。
子どもが一人で来られる場所じゃない。
誰かとはぐれたのか――。
「……考えてても仕方ないか」
このまま放ってはおけない。
アルスは少女の身体へそっと腕を差し入れ、慎重に抱き起こした。
「軽っ……」
思わず声が漏れる。
濡れた服のせいでもっと重いと思っていたのに、驚くほど軽い。
まるで羽根でも抱えているようだった。
不思議な感覚に一瞬だけ眉をひそめたが、すぐに意識を切り替える。
今は理由を考えるより先に、この子を助けることだ。
少女を柔らかな草の上へ寝かせると、リュックからタオルを取り出す。
髪を拭き、肩を拭き、冷えないよう濡れた腕を優しく包む。
その手が首元に差しかかったときだった。
淡い緑色に透き通る宝石が、朝日に照らされて小さく輝いた。
「きれいだ……」
思わず見入る。
さらに視線を落とすと、左手首には銀色の細いブレスレットが巻かれていた。
タグのような小さな金属板に、細かな文字が刻まれている。
「……ソノラ?」
読み上げると、少女は静かな寝息を返すだけだった。
「ソノラ……それが君の名前?」
答えは返ってこない。
風が木々を揺らし、葉擦れだけが森に響く。
アルスは少女の穏やかな寝顔を見つめ、小さく頷いた。
「ひとまず家へ帰ろう」
それから少し考え直し、言い直す。
「……いや、病院が先だ」
泉の水を汲んだポリタンクをリュックへしまい直し、背負う。
続いて少女を背負うと、その身体はやはり信じられないほど軽かった。
「落ちないでね」
そう小さく声を掛け、アルスは歩き出す。
木々の隙間から差し込む朝の光が、森の出口へ続く一本の道を描いていた。
その光を道しるべに、アルスは少女を背負ったまま静かな森をあとにした。




