第3話 4月20日 東の森 夜明け前
漆黒の鳥は、夜明け前の空をひとひらの影のように翔けていた。
そのくちばしには、銀の鎖で繋がれた一つの石。
薄青い月光を浴びながら、鳥は音もなく翼を打ち、宝物庫から遠く離れた森へと一直線に飛んでいく。
やがて視界いっぱいに深い森が広がると、鳥は翼を緩やかに傾け、高度を落とした。
夜の森はまだ眠っていた。
木々は夜明けを待つように静まり返り、草花は朝露を抱いたまま身じろぎひとつしない。獣の気配さえなく、世界は夜と朝の狭間で、ただ静かに息を潜めていた。
鳥は森の真上で羽ばたきを止める。
燃えるような赤い瞳が、森の奥深くを静かに見下ろした。
そして、くちばしがわずかに開く。
石は何のためらいもなく、虚空へと落ちた。
銀の鎖が月明かりをかすめ、小さな軌跡を描きながら、闇を真っ直ぐに貫いていく。
鳥はその行方を最後まで見届けると、大きく翼を広げた。
東の空がゆっくりと白み始める。
羽ばたくたび、黒い羽は朝焼けの淡い朱に染まり、その輪郭は光の中へ少しずつ溶けていく。
やがて鳥は空へ還る影のように、夜明けの彼方へと姿を消した。
一方、落ち続ける石は森の奥深くに眠る泉へ辿り着く。
鏡のように澄み切った水面へ吸い込まれるように近づき――
ぽちゃん。
小さな音が、世界で最初の朝を告げる鐘のように響いた。
透明な波紋は幾重にも広がり、眠り続けていた泉を静かに揺り起こす。
その波紋は、これから始まる運命を誰よりも先に知っているかのように、夜明けの水面へどこまでも広がっていった。




