第36話 150年前 とある軍事施設の講堂
十人ほどの男女が、一列に並ばされていた。
無機質な検査室には冷たい空気が満ち、誰も口を開かない。
灰色の患者衣を着た者たちの中で、一人だけ、薄汚れた深緑のつなぎ姿の少年がいた。
「この中から操縦者を選んでくれ」
上質なスーツに身を包んだ男が、白衣の男へ淡々と言う。
「全員には"世界を救う任務"だと説明してある」
「ありがとうございます」
白衣の男は一礼すると、候補者たちへ向き直った。
「皆さん、お集まりいただきありがとうございます」
穏やかな笑みを浮かべる。
「それでは適性試験を始めます。こちらへどうぞ」
候補者たちは無言のまま廊下へ出た。
長い廊下に、足音だけが響く。
「ねぇ」
深緑のつなぎを着た少年が前を歩く人物へ声を掛けた。
「君はどこから来たの?」
返事はない。
歩幅も変わらない。
「あ、ごめん」
少年は苦笑する。
「いきなり聞くのは失礼だったね」
少し照れたように頭を掻いた。
「僕はナタル。ナタル・エルピディア」
それでも返事は返ってこない。
「旅をしながら困ってる人を助けてたんだ。そしたら軍の人に声を掛けられてね」
笑顔のまま続ける。
「この任務が成功すれば、人間もクンストンも、これ以上死ななくて済むかもしれないって――」
その時だった。
前を歩いていた人物が足を止める。
鋭く振り返った。
「……クンストンを?」
幼さの残る顔立ち。
だが、その瞳だけが鋭く燃えていた。
「助けたいって言った?」
「え?」
「私は違う」
低く言い放つ。
「私はクンストンを滅ぼしたい」
拳が震えている。
「奴らは私から全部奪った」
怒りを押し殺した声だった。
ナタルは少しだけ目を伏せる。
「……僕も、昔はそうだった」
天花の表情が止まる。
「え?」
「憎くて仕方ない時期があった」
遠くを見るように笑う。
「でもね」
一呼吸置く。
「全員が同じじゃないって知ったんだ」
天花は何も言わない。
ただ、じっとナタルを見る。
「だから君の気持ちも分かる」
優しく笑う。
「無理に忘れろなんて言わないよ」
沈黙が流れた。
やがて少女は前を向く。
「……天花」
「え?」
「私の名前」
ぶっきらぼうに答える。
「天花。天の花って書く」
ナタルの顔がぱっと明るくなる。
「素敵な名前だ」
「……そう?」
「うん」
迷いなく頷く。
「君によく似合ってる」
天花は顔を背けた。
「……変なやつ」
そう呟いた耳が、ほんの少しだけ赤かった。
◯●◯
それから二か月。
体力試験や適性検査を重ねるうちに、ナタルと天花は自然と言葉を交わすようになった。
天花は無愛想なままだったが、ナタルには少しだけ表情を見せる。
周囲も二人を特別視していた。
身体能力は群を抜いている。
誰もが思っていた。
操縦者に選ばれるのは、ナタルだと。
――発表の日までは。
「最終適格者は、天花」
会議室に響いた名前に、天花は目を見開く。
「……私?」
部屋へ呼ばれた彼女は、白衣の男を見つめた。
「なぜ、私なんですか」
白衣の男は資料から目を離さない。
「君の方が優秀だった」
それだけだった。
あまりにも簡潔で、冷たい答え。
天花は思わず唇を噛む。
(違う)
心の中で否定する。
ナタルの方が向いている。
誰より強く、誰より人を思いやれる。
この世界を救えるのは、自分ではなく彼だ。
「明日から操縦訓練を始める」
白衣の男は淡々と告げる。
「以上だ」
天花は何も言い返せなかった。
会議室を出る。
静かな廊下を一人歩きながら、小さく息を吐いた。
握った拳には、知らないうちに力が入っていた。
「……本当に」
ぽつりと漏れる。
「私でよかったの……?」




