第28話 4月22日 アーカイブ事務所 正午
アーカイブ事務所へ戻ると、応接スペースのソファにはすでに先客がいた。
エルザとジーノ。そして、見慣れない軟体動物のような人物が、ゆったりと腰掛けている。
「カナトちゃん、アルスちゃん、ソノラちゃん、おかえり~」
「よう」
二人に迎えられ、アルスはほっとしたように頭を下げた。
「こんにちは、エルザさん、ジーノさん。それと……」
どうしても、その隣にいる人物へ目が向く。
人型ではあるものの、身体は半透明で柔らかく、ゆっくり水面のように揺れている。どこかクラゲを思わせる姿だった。
「あら、そういえば初対面だったわね」
エルザが思い出したように笑う。
「こちら、アクセル・金三津さん」
紹介されると、その人物は穏やかに頭を下げた。
「初めまして。アクセル・金三津と申します」
落ち着いた優しい声だった。
見た目とのギャップに少し驚きながらも、アルスは慌てて頭を下げる。
「は、初めまして! 環アルスです!」
「アクセルと呼んでいただければ嬉しいです」
「じゃあ……アクセルさん」
「はい。それでは私も、アルスさんとお呼びしますね」
「もちろんです!」
アルスは隣のソノラを見る。
「この子はソノラです。本名かどうかは分からないんですけど……」
アクセルはソノラへ穏やかな視線を向けた。
「よろしくお願いします」
そう言うと、身体から一本の触手がするりと伸びる。
ゆっくり差し出されたそれは、まるで人の手のようだった。
アルスは一瞬戸惑ったものの、おそるおそる握り返す。
「よろしくお願いします」
ひんやりとしていて、驚くほど柔らかい。
なのに、不思議と安心する感触だった。
一方、ソノラは差し出された触手をじっと見つめるだけで動かない。
アクセルも急かすことなく、静かに触手を戻した。
「アクセルさんも、アーカイブの人なんですか?」
「ええ」
触手を身体へ戻しながら微笑む。
「正確には準メンバーですね。私の能力が必要な時だけ、お手伝いしています」
「そうだったんですね」
「アルスちゃん、ソノラちゃん。立ち話もなんだし座って座って」
エルザがソファをぽんぽんと叩く。
「お昼まだでしょ? アクセルが差し入れ持ってきてくれたの」
「差し入れ?」
「『銀シャリ一番』のおにぎりだぜ!」
ジーノが胸を張る。
「朝から並ばないと買えねぇ超人気店!」
「えっ、本当ですか?」
「本当ですよ」
アクセルが柔らかく笑う。
「少し多めに買えましたので、皆さんの分も持ってきました」
「ありがとうございます!」
アルスは嬉しそうに頭を下げた。
「ソノラさんもどうぞ」
声を掛けられると、ソノラは小さく頷く。
みんなでソファを囲み、おにぎりを頬張る。
具材の話をしたり、ジーノが行列の武勇伝を語ったり。
他愛のない会話が、事務所に穏やかな時間を運んでいた。
アルスも笑いながら相槌を打っていたが、不意に肩から力が抜ける。
王との謁見が終わり、張りつめていた緊張が一気にほどけたのだ。
急激な眠気が押し寄せる。
瞼が重い。
視界がぼやける。
遠くでアクセルの優しい声が聞こえた。
「アルスさん、大丈夫ですか? ずいぶん眠そうですが……」
「あ……すみません。なんだか急に……」
背筋を伸ばそうとしても、身体に力が入らない。
抗うことを諦めた瞬間、意識はゆっくりと暗闇へ沈んでいった。




