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橄欖色のアーカイブ  作者: 藍川 卯木子
橄欖色のアーカイブ

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27/118

第27話 4月22日 クンスト城 王の書斎 お昼過ぎ

 玉座の背後には、人知れず隠し扉が設けられている。

 その存在を知るのは王と、ごく限られた者だけ。許しを得た者しか足を踏み入れることのできない場所だ。

 扉を抜けると、狭く折れ曲がった通路が続く。

 その先にあるのは、王だけの書斎だった。

 外の喧騒が嘘のように静まり返った空間。


 壁には抽象画と風景画が絶妙な間隔で飾られ、その下には天井まで届く本棚が並ぶ。画集や歴史書、古い文献が隙間なく収められ、本棚の上には石や木、金属で作られた彫刻が静かに佇んでいた。


 部屋の中央には重厚な執務机。

 その奥には、一面のステンドグラス。

 キラ王がその前へ歩み、柔らかな光を全身に浴びた瞬間――。

 愛嬌のある小柄な王の姿が、音もなく揺らぐ。

 三頭身だった身体はすらりと伸び、均整の取れた長身へ変わる。

 白い口ひげは消え、肩まで流れる銀髪が光を受けて揺れた。

 深い紺碧の瞳。

 どこか憂いを宿した、中性的な青年がそこに立っていた。


「……ようやく楽になった」


 青年は肩を回し、小さく笑う。


「最近は誰に会うにも、あの姿ばかりだったからな。さすがに少し疲れた」


 東郷は呆れたように息を吐く。


「だろうな」

「まぁ、半分は趣味だ」

「悪趣味だな」


 二人の間に、小さな笑いが落ちた。

 青年は窓辺へ歩き、王都を見下ろす。


「久しぶりに、この姿で話したかった」


 振り返り、柔らかく微笑む。


「ありがとう、東郷」

「それで?」


 東郷は壁にもたれた。


「わざわざ俺だけ残した理由は」

「次の謁見は偽物だ」


 悪戯っぽく片目を細める。


「適当な用件を入れて時間を作った。アギールには、おそらく全部ばれている」

「だろうな」


 東郷は肩をすくめた。

 窓の外へ視線を向けたまま、王は静かに呟く。


「本当は世間話でもしたかった」


 少しだけ声が沈む。


「だが……ナタル教の中にムルメルの生き残りがいたとなれば、そうも言っていられん」


 窓ガラスへ映る自分の姿を見つめる。


「あの戦争は、まだ終わっていないのだな」


 その横顔は、王というより、一人の青年だった。

 東郷が低く口を開く。


「あの子供のこと、本当は知ってるんだろう」


 王は黙った。

 短い沈黙。

 やがて静かに答える。


「あの子は……惑星サリャーリスの一部だ」


 東郷の眉がわずかに動く。


「惑星の、一部?」

「そうだ」


 王は東郷を見る。


「そして彼女……いや、彼かもしれないな」


 小さく笑う。


「少なくとも、アルスには危害を加えない。私の読みが正しければ」


 東郷はそれ以上尋ねなかった。

 王がここまでしか話さないなら、それ以上聞いても答えは返ってこない。

 長い付き合いで、それくらいは分かっていた。


「ナタル教だが」


 王が話題を変える。


「ソウレンは表に立っているだけだ。本当に動かしている者がいる」

「俺もそう思う」


 東郷はタバコを取り出し、ライターを構えたところで動きを止める。

 王を見る。


「吸っていい」

 

 タバコに火をつけると、紫煙が静かに天井へ昇っていった。


「引き続き頼む」


 王は煙を眺めながら言う。


「あの子たちの護衛も」

「護衛兼監視だろ」


 煙を吐き出す。


「それが俺たちの仕事だ」

「……真面目だな」


 王は苦笑した。

 少しの沈黙。

 そして静かに口を開く。


「東郷」

「ん?」

「お前は今でも、私たちクンストン家を恨んでいるだろう」


 東郷は否定しない。


「それでも私は、お前を利用している」


 自嘲気味に笑う。


「本当に、すまないと思っている」

「その話、何回目だ」


 東郷は苦笑した。


「確かにクンストンは人類に消えない傷を残した」


 一拍置く。


「でも、お前がいなきゃ、この国も、この星も、とっくに終わってた」


 王は目を伏せる。


「私には父上たちと同じ血が流れている」

「血は選べない」


 東郷は静かに言った。


「でも、どう生きるかは選べる」


 王は目を閉じ、小さく笑う。


「……また救われてしまったな」

「慰め役で呼ばれた覚えはないぞ」


 その言葉に、王は声を上げて笑った。


「違いない」


 笑みが少し落ち着く。


「ありがとう、東郷」

「今回も頼む」

「あぁ」


 東郷は軽く手を挙げ、そのまま書斎を後にした。

 扉が閉まると同時に、王都へ正午を告げる鐘が高らかに鳴り響いた。

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