第26話 4月22日 クンスト城 王の間 お昼前
一夜明け、アルスは東郷、宵月、そしてソノラとともに王宮の玉座の間に立っていた。
高い天井から降り注ぐ光が磨き抜かれた床に反射し、広間全体が眩しく輝いている。
――場違いにもほどがある。
そう思わずにはいられなかった。
玉座に腰掛けているのは、この国の王――キラ・アステル・クンストン陛下。
小柄な体格に愛嬌のある顔立ち。豪奢な玉座に座っているにもかかわらず、不思議と威圧感はなく、どこか精巧な人形のような愛らしさすら感じさせる。
「東郷よ。その少年の隣におるのが、例の石を持つ少女か?」
「ああ、そうだ」
王を前にしても、東郷の口調はいつもと変わらない。
その瞬間、玉座の脇に控えていた女性の眉がぴくりと動いた。
アルスは思わず肩をすくめる。
――怒られないのかな。
そんな心配をよそに、キラ王は気にした様子もなく玉座を降りると、軽い足取りでソノラの前まで歩み寄った。
「ふむ……間違いないのう」
王はソノラの首元で静かに輝く石をじっと見つめる。
「以前見た時より、ずいぶん光が強くなっておる。しかし、形も大きさも変わってはおらん」
懐かしむような口調だった。
東郷が口を開く。
「キラ王。その石を最初に手に入れたのは、いつだ?」
突然の問いにも、キラ王は穏やかに笑った。
「百五十年前。終戦の直後じゃ。まだ余も若くての。道端で拾った」
石を見つめながら、ゆっくり続ける。
「今ほど光ってはおらなんだが、それでも十分美しかった。忙しさにかまけてしまい込み、そのまま忘れておったよ。まさか、こんな大事になるとは思わなんだ」
白い口ひげを撫でる仕草には、長い年月を生きた王の風格が滲んでいる。
だが、そのあまりに気軽な話に、周囲は微妙な表情を浮かべていた。
キラ王だけが楽しそうにアルスへ向き直る。
「そなた、名は?」
「は、はい! 環アルスと申します!」
慌てて頭を下げると、王は声を上げて笑った。
「ほっほっほ! 東郷は、いつも面白い者を連れてくるのぉ」
「……?」
当の東郷は首を傾げるだけだった。
その様子がおかしくて、アルスの緊張も少しだけほぐれる。
「さて、アルス。この娘と一日過ごして、何か気付いたことはあるか?」
王は興味深そうに首を傾げる。
「どんな小さなことでも構わん」
アルスはソノラを見る。
「まだ、この子のことはほとんど分かりません。でも……すごく軽いんです。羽みたいに」
言葉を探しながら続ける。
「カフェオレが好きみたいで……それくらいしか分からなくて。でも、もし迷子なら、ご両親を見つけてあげたいと思っています」
話し終えた途端、自信がなくなる。
「すみません……参考にならないですよね」
「いや」
キラ王は優しく首を振った。
「十分じゃ。そなたの言葉には嘘がない」
その一言だけで、胸のつかえがすっと消えた。
王は再びソノラへ目を向ける。
「ところで東郷。その石に触れようとすると攻撃されると聞いたが……余も試してみてよいかの?」
「好きにしろ。ただし」
東郷は側近へ視線を向ける。
「アギールが許せばな」
「……構いません。ただし危険を感じたら、すぐ手を引いてください」
「うむ」
キラ王がゆっくりと手を伸ばす。
その瞬間だった。
ぱしん。
ソノラが無表情のまま、小さな手で王の手を叩いた。
玉座の間が静まり返る。
同時に、アギールが一歩踏み込み、迷いなくナイフを抜いた。
「待て」
キラ王の一声で、その動きが止まる。
「大丈夫じゃ」
アギールは静かに刃を納めた。
王は叩かれた手を眺めながら苦笑する。
「子どもの頃は触れたのじゃがなぁ」
「あの、お怪我は……」
恐る恐る尋ねると、王は朗らかに笑った。
「可愛らしく叩かれただけじゃ。痛くも痒くもない」
そしてソノラを見つめる。
「むしろ、余を守ってくれたのかもしれん」
意味が分からず、アルスは首を傾げる。
「それと、この子はそなたを気に入っておるようじゃ」
「僕を?」
「ああ。だから一緒におるのが一番よい」
そう言うと、王は東郷へ向き直った。
「ナタル教への警戒は続けよ。アルスたちの護衛も頼むぞ」
「分かってる」
そこで、アルスは前から気になっていた疑問を口にした。
「あの……ナタル教って、何なんですか?」
「なんじゃ。まだ話しておらなかったか」
王が苦笑すると、東郷が肩をすくめる。
「どこまで巻き込まれるか分からなかったからな」
代わりに宵月が口を開いた。
「ナタル教は、史上唯一のアンビジブル操縦者であり、宇宙最大の罪人とされるナタルを崇拝するカルト集団だ」
「ナタル……教科書で名前だけは見たことがあります。でも……どうして?」
「復讐を望む者もいれば、絶対的な力に魅せられた者もいる」
東郷が煙草を取り出しかける。
「東郷」
アギールの冷たい声が飛ぶ。
「ここではご遠慮ください」
「……ちっ」
東郷は渋々しまい込んだ。
宵月が説明を続ける。
「最近、ナタル教の動きが活発になっている。彼らは、その石こそアンビジブルの封印を解く鍵だと信じている」
アルスは思わずソノラの首元を見る。
石は何事もないように静かな光を放っていた。
「アンビジブルが……復活する可能性があるんですか?」
「それは、分からぬ。だが可能性があるのなら阻止せねばならぬ」
「戦闘中、漆黒の鳥が石を奪って森へ落とした。その直後、お前たちが現れた」
重苦しい空気を破るように、キラ王が手を叩いた。
「まあまあ。その話はそれくらいにしておこう」
やがて次の謁見の時間を知らせる声が響く。
東郷がソノラを見ながらぼそりと呟いた。
「で、結局こいつの正体は何なんだ?」
「分からん」
キラ王はあっさりと言った。
「余にも分からぬ。すまんの」
「相変わらずだな」
「東郷!」
アギールが今にも飛びかかりそうな勢いで睨みつける。
王は苦笑しながらアルスを見る。
「アルス。その子を頼んだぞ」
「は、はい!」
その一言だけで、不思議と胸が熱くなった。
「それから東郷。次の謁見は其方にも関わる話じゃ。残ってくれ」
「面倒くせぇな」
アギールがじろりと睨む。
「……分かったよ」
東郷だけを玉座の間に残し、アルスたちは王宮を後にした。




