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橄欖色のアーカイブ  作者: 藍川 卯木子
橄欖色のアーカイブ

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25/118

第25話 10年前 とある田舎町の学校

「おはよう、テッド。今日も寒いね」

「おはよう! ほんと寒いな。……あっ、アルス!」


 ランドセルを机に置いたテッドが、待ってましたとばかりに身を乗り出す。


「なあ、聞いたか?」

「どうしたの?」

「今日さ、転校生が来るらしい!」

「え、本当?」

「今朝、職員室の前を通ったら先生たちが話してたんだよ!」


 この田舎町の小学校では、転校生なんて滅多に来ない。

 どんな子だろう。

 自然と胸が弾んだ。


「仲良くなれるといいな」

「だよな!」


 その時、教室の扉が開いた。


「みなさん、席についてください。今日は新しいお友達を紹介します」


 担任の先生の隣には、一人の女の子が立っていた。


「シュエさんです。クンスト・トーキョーから来ました。みんな仲良くしてくださいね」

「はーい!」


 教室中から元気な返事が返る。

 シュエは軽く頭を下げた。


「……よろしくお願いします」


 艶のある黒髪。

 整った顔立ち。

 どこか大人びた雰囲気をまとっていて、同い年とは思えない。

 表情もほとんど動かない。


「じゃあ、窓側の一番後ろの席へどうぞ」

「はい」


 短く返事をすると、シュエは静かに席へ向かった。

 授業が始まるまでの少しの間。

 アルスはそっと鉛筆で彼女の背中をつつく。

 シュエが振り向いた。


「初めまして。僕、環アルス」

「……どうも」


 短い返事だった。

 それでもアルスは笑顔を崩さない。


「よかったら、お昼一緒に食べない? みんなもいるから」

「遠慮しとく」


 それだけ言うと、シュエは教科書を机へ並べ始めた。


「そっか。また気が向いたら誘うね」


 アルスも前を向く。


 ――昼休み。


「アルス、見事に振られてたな」


 テッドが笑いながら弁当を開く。


「そんなつもりじゃなかったんだけどなぁ」

「人見知りなんじゃね?」

「そうかな」


 卵焼きを口へ運びながら、アルスは窓際の席を見る。

 シュエは一人で静かに弁当を食べていた。


「なんか、人見知りっていうより……近づかれたくないって感じだった」

「考えすぎだって」


 テッドは笑って肩を叩く。


「そのうち普通に話せるようになるさ」

「そうだといいな」


 アルスは小さく笑った。


 ――放課後。


 帰り道を歩いていると、前を歩くシュエを見つけた。


「シュエさん!」


 振り返る。


「なに?」

「僕もこっちなんだ。一緒に帰らない?」


 少しだけ考え、


「……いいよ」


 と頷いた。


「やった」


 アルスは嬉しそうに隣へ並ぶ。


「学校どうだった?」

「まだ分からない」

「そっか」


 会話が止まる。

 何か話そうと焦ったアルスは、ふとシュエの髪へ目を向けた。


「その髪、すごくきれいだね」


 シュエは少しだけ目を丸くする。


「お父さんかお母さん譲り?」

「会ったことない」


 淡々と返ってくる。


「物心つく前から施設にいたから」


 アルスの足が止まった。


「……ごめん」

「どうして?」


 シュエも立ち止まり、首をかしげる。


「本当のことを言っただけ」

「……そうだね」


 アルスは照れくさそうに頭をかく。


「じゃあ、ごめんって言ったことを謝る」


 その返事に、シュエは思わず吹き出した。


「ふふっ」


 初めて見た笑顔だった。


「真面目なんだね」


 その一言だけで、胸の中がぱっと明るくなる。


「僕、シュエさんと友達になりたい」

「どうして?」

「うーん……」


 アルスは困ったように笑う。


「うまく言えない。でも、そう思ったんだ」


 少しだけ沈黙が流れる。

 やがてシュエは、小さく息をついた。


「……変な人」

「そうかなぁ」


 アルスが笑うと、シュエの口元も少しだけ緩んだ。


「一緒に帰ろう」

「うん!」

「あと、シュエでいい」

「え?」

「さん付け、いらない」

「わかった。シュエ」


 名前を呼ばれると、シュエは少し照れたように目を逸らした。


「シュエは、どうしてこの町に来たの?」

「探し物」

「探し物?」


 シュエは鞄の持ち手をぎゅっと握る。


「昔、施設に来てた人が言ってたの。この町の近くの森には、大切なものがあるって」

「それを探しに来たの」

「うん」


 アルスは森を思い浮かべる。

 夏休みなど、みんなで虫を取りに行ったり魚釣りをしたりする森だ。

 そんな話は聞いたことがなかった。

 けれど、不思議と否定する気にはなれない。


「じゃあ、夏になったら一緒に探そうよ」

「夏?」

「今は寒いし暗くなるのも早いからさ。夏ならお弁当持って奥まで行ける」


 シュエは少し驚いたようにアルスを見つめる。

 そして、柔らかく微笑んだ。


「……うん。ありがとう、アルス」


 その笑顔があまりにも綺麗で、アルスはしばらく目を離すことができなかった。

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