第23話 4月18日 廃墟となった工場の屋根裏 朝
黒漆の狐面をつけた青年が、倉庫の天井を渡る太い梁の上に身を伏せていた。
暗闇に溶け込む黒装束は、人の姿というより影に近い。狐面の奥にのぞく双眸だけが、階下で開かれているナタル教の集会を静かに見据えていた。
「普段なら見逃すんだけどな」
誰にも届かないほど小さな声が漏れる。
「今回は、そうもいかないか」
青年は懐から小型の双眼鏡を取り出し、ゆっくりと目に当てた。
集会に集まった信徒たちを、一人ずつ観察する。
熱に浮かされたように祈りを捧げる者。
周囲に流されるだけの者。
力も意志も感じられない者。
「……大半は雑魚か」
淡々と呟き、視線を奥へ流す。
やがて、一人の男と、その背後で控える女の姿に双眼鏡が止まった。
「主催者と、あの女……」
ほんのわずかに目を細める。
「要注意だな」
再び会場を見渡しながら、小さく鼻で笑った。
「弱い奴ほど群れたがる」
吐き捨てるような声音だった。
「守りたいものがあるなら、一人で戦えばいい」
それ以上は何も語らない。
集会が終わり、人々が三々五々散っていく。
青年は双眼鏡をしまうと、音もなく立ち上がった。
梁から梁へ。
踏み切るたびに衣擦れ一つ響かない。
まるで闇そのものが移動しているように、その姿は夜陰へ溶け込んでいく。
倉庫の外へ抜けると、一度だけ夜空を見上げた。
「……さて」
狐面の奥で口元がわずかに動く。
「僕は僕の役目を果たそう」
それだけ言い残し、青年は夜の闇へ身を躍らせた。
黒漆の狐面が月明かりを一瞬だけ弾く。
次の瞬間には、その姿は跡形もなく消えていた。




