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橄欖色のアーカイブ  作者: 藍川 卯木子


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20/25

第20話 4月21日 クンスト・トーキョー大通り 正午

 アーカイブ本部へ向かう道中、宵月はほとんど口を開かなかった。

 アルスはその隣を歩きながら、何度も話しかけようとしては言葉を飲み込む。

 助けてもらったお礼も、ソノラのことも聞きたい。

 けれど、この静けさを壊してしまうのが少し怖かった。


「えっと……もうご存じかもしれませんけど」


 意を決して口を開く。


「僕、カフェラートで働いている環アルスです」


 思ったより声が上ずった。


「もしお時間があったら、今度ぜひお店に来てください。コーヒーもシナモンロールもおいしいですし……今日は助けていただいたお礼もしたいので。サービスします」

「そうか」


 宵月は短く答えたあと、ふっと口元を緩めた。

 凛とした印象はそのままに、不思議と温かさを感じる笑みだった。


「では、その時は遠慮なく甘えよう」

「あ、はい! ぜひ!」


 思わず笑みがこぼれる。

 その瞬間だった。


 ──キィィン!


「うわっ!」


 右腕に鋭い衝撃が走る。

 気づけば、電柱へ思い切り義手をぶつけていた。

 反射的に右腕を押さえ、慌てて宵月を見る。


「す、すみません! びっくりしましたよね?」

「ああ」


 宵月は頷く。


「音には少し驚いた」


 その表情はほとんど変わらない。

 だが、その視線はアルスの右腕へ向けられていた。


「君の右腕……義手か?」


「はい」


 アルスは少しだけためらいながら袖をまくり、二の腕まで義手を見せる。


「子どもの頃に事故で失ってしまって。これは姉が作ってくれたんです」

「そうか」


 宵月は何も言わず、義手をじっと見つめていた。

 その視線が少しくすぐったくなり、アルスは苦笑する。


「そんなに見られると、ちょっと恥ずかしいです」

「ああ、失礼した」


 宵月は視線を少し和らげる。


「珍しい色合いだと思ってな。それに、その関節の球体も美しい」


 淡い緑色の球体へ目を向ける。


「金属との調和も見事だ。一つの作品を見ているようだった」

「本当ですか!」


 思わず声が弾む。

 そんなふうに褒められたのは初めてだった。


「ああ」


 たった一言。

 それだけなのに、胸の奥がじんわりと温かくなる。

 義手に埋め込まれた淡い緑色の球体は、大きな真珠が溶け込んだような柔らかな輝きを放っている。

 ユリアが何日も徹夜して作ってくれた、大切な右腕だ。


「事故の時、僕が握りしめていた石を使ったらしいんです」


 義手へ視線を落としながら続ける。


「最初は普通の銀色だったみたいなんですけど、いつの間にかこんな色に変わっていて」

「石の影響か」

「姉もそう言ってました。珍しい鉱物で、他の惑星から来たものかもしれないって。でも、どうやって手に入れたのかは、僕も覚えてないんです」

「……なるほど」


 宵月は短く頷いた。

 話をしているうちに、二人は一棟の雑居ビルの前で足を止める。

 どこにでもありそうな、ごく普通の建物だった。


「ここだ」


 宵月が入口へ視線を向ける。


「ここが……アーカイブ本部ですか?」

「ああ」


 アルスは思わず建物を見上げた。

 もっと堅牢で、近寄るだけでも緊張するような場所を想像していた。


「思っていたより……普通なんですね」

「表立って活動する組織ではない」


 宵月は静かに答える。


「周囲に溶け込んでいる方が都合がいい」


 言われてみれば、その通りだった。

 アーカイブの存在を知る者はいても、本部の場所まで知る一般市民はほとんどいない。


「では、行こう」

「は、はい!」


 アルスはソノラを抱き直し、宵月のあとを追って雑居ビルの中へ足を踏み入れた。

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