第20話 4月21日 クンスト・トーキョー大通り 正午
アーカイブ本部へ向かう道中、宵月はほとんど口を開かなかった。
アルスはその隣を歩きながら、何度も話しかけようとしては言葉を飲み込む。
助けてもらったお礼も、ソノラのことも聞きたい。
けれど、この静けさを壊してしまうのが少し怖かった。
「えっと……もうご存じかもしれませんけど」
意を決して口を開く。
「僕、カフェラートで働いている環アルスです」
思ったより声が上ずった。
「もしお時間があったら、今度ぜひお店に来てください。コーヒーもシナモンロールもおいしいですし……今日は助けていただいたお礼もしたいので。サービスします」
「そうか」
宵月は短く答えたあと、ふっと口元を緩めた。
凛とした印象はそのままに、不思議と温かさを感じる笑みだった。
「では、その時は遠慮なく甘えよう」
「あ、はい! ぜひ!」
思わず笑みがこぼれる。
その瞬間だった。
──キィィン!
「うわっ!」
右腕に鋭い衝撃が走る。
気づけば、電柱へ思い切り義手をぶつけていた。
反射的に右腕を押さえ、慌てて宵月を見る。
「す、すみません! びっくりしましたよね?」
「ああ」
宵月は頷く。
「音には少し驚いた」
その表情はほとんど変わらない。
だが、その視線はアルスの右腕へ向けられていた。
「君の右腕……義手か?」
「はい」
アルスは少しだけためらいながら袖をまくり、二の腕まで義手を見せる。
「子どもの頃に事故で失ってしまって。これは姉が作ってくれたんです」
「そうか」
宵月は何も言わず、義手をじっと見つめていた。
その視線が少しくすぐったくなり、アルスは苦笑する。
「そんなに見られると、ちょっと恥ずかしいです」
「ああ、失礼した」
宵月は視線を少し和らげる。
「珍しい色合いだと思ってな。それに、その関節の球体も美しい」
淡い緑色の球体へ目を向ける。
「金属との調和も見事だ。一つの作品を見ているようだった」
「本当ですか!」
思わず声が弾む。
そんなふうに褒められたのは初めてだった。
「ああ」
たった一言。
それだけなのに、胸の奥がじんわりと温かくなる。
義手に埋め込まれた淡い緑色の球体は、大きな真珠が溶け込んだような柔らかな輝きを放っている。
ユリアが何日も徹夜して作ってくれた、大切な右腕だ。
「事故の時、僕が握りしめていた石を使ったらしいんです」
義手へ視線を落としながら続ける。
「最初は普通の銀色だったみたいなんですけど、いつの間にかこんな色に変わっていて」
「石の影響か」
「姉もそう言ってました。珍しい鉱物で、他の惑星から来たものかもしれないって。でも、どうやって手に入れたのかは、僕も覚えてないんです」
「……なるほど」
宵月は短く頷いた。
話をしているうちに、二人は一棟の雑居ビルの前で足を止める。
どこにでもありそうな、ごく普通の建物だった。
「ここだ」
宵月が入口へ視線を向ける。
「ここが……アーカイブ本部ですか?」
「ああ」
アルスは思わず建物を見上げた。
もっと堅牢で、近寄るだけでも緊張するような場所を想像していた。
「思っていたより……普通なんですね」
「表立って活動する組織ではない」
宵月は静かに答える。
「周囲に溶け込んでいる方が都合がいい」
言われてみれば、その通りだった。
アーカイブの存在を知る者はいても、本部の場所まで知る一般市民はほとんどいない。
「では、行こう」
「は、はい!」
アルスはソノラを抱き直し、宵月のあとを追って雑居ビルの中へ足を踏み入れた。




