第15話 10年前 とある田舎町にある黒い森 夕方
薄暗い森を、冷たい風が吹き抜ける。
木々がざわめくたび、葉擦れの音に混じって、誰かが必死に名前を呼んでいた。
「アルス……! アルスっ!」
――ああ。
抱きしめられている。
そう気づくまでに、少し時間がかかった。
黒髪の幼い少女が、震える腕でアルスの身体を支えている。
視界の端では、自分の腕から流れ落ちる血が、黒い土をゆっくりと染めていた。
身体から、少しずつ熱が抜けていく。
ぽたり、と頬に温かいものが落ちた。
涙だった。
「ごめんなさい……」
少女の声は震え、今にも途切れそうだった。
「私が……こんな場所に行こうなんて言わなければ……」
違う。
そうじゃない。
ここへ来ると決めたのは、自分だ。
そう伝えたいのに、唇は思うように動かなかった。
意識が、ゆっくりと闇へ沈んでいく。
怖くはない。
ただ――。
泣いている少女の声だけが、胸を締めつけた。
アルスは力を振り絞り、かすかに口元を緩める。
「シュエ……」
掠れた声が、かろうじて漏れた。
「……泣かないで」
アルスの震える指先に、小さな宝玉が握られている。
淡い緑の光は弱々しく揺れながら、それでも消えようとはしなかった。
まるで、小さな命がそこに灯っているようだった。
「僕は……大丈夫……だから」
声になったのかさえ、わからない。
瞼がゆっくりと閉じていく。
音が遠ざかり、景色が溶けていく。
最後まで残っていたのは――
シュエの腕のぬくもり。
そして掌の中で静かに脈打つ、淡い緑の光だけだった。




