第13話 4月18日 廃墟となった工場 深夜
錆びついた鉄骨と砕け散ったガラスが無残に転がる廃工場。
その荒れ果てた空間には、異様な熱気をまとった人々が隙間なく集まっていた。
やがて中央に設けられた即席の壇上へ、一人の男がマイクを手に姿を現す。
ざわめきは、水を打ったように静まり返った。
「さて――皆さん。ついに、この日がやってきました!」
その一言を合図に、群衆は爆発した。
「イェェェェェェーーーーーーイ!!」
男は満面の笑みを浮かべ、両腕を大きく広げる。
「待ち望んだ瞬間です! 我々は、ついに手にしたのです!」
「イェーーーーーーーーイ!!」
歓声が廃工場を揺らす。
男はさらに声を張り上げた。
「世界を――いや、宇宙すら震撼させる究極の兵器を!」
期待と興奮が一気に膨れ上がる。
「かつてナタル様が操られた、神の兵器です! しかし奴らは、その存在を再び闇へ葬ろうとしている!」
男は群衆を見渡し、力強く問いかけた。
「そんなことが、許されると思いますか!」
「ノォォォォーーーーーーッ!!」
「そうです!」
男は拳を高々と突き上げる。
「私は断じて認めません!」
「そうだぁぁぁーーーーーー!!」
熱狂は頂点へ達し、人々の表情から理性は消え去っていた。
男は、その光景を愛おしむように見渡す。
「……皆さん。本当に素晴らしい」
感極まったようにハンカチを取り出し、目元をそっと拭う。
月明かりが眼鏡に反射し、白くきらめいた。
次の瞬間、その穏やかな笑みは獣のような激情へと塗り替わる。
「奴らに思い知らせましょう!!」
腹の底から響く怒号が廃工場を震わせた。
「我々は決して悪を許さない! 神の鉄槌を下すのです!!」
歓声は絶叫へと変わり、建物全体が震える。
男は深々と一礼すると、惜しまれるような歓声を背に壇上を降りた。
◇
廃工場の外では、夜風が静かに吹き抜けていた。
月明かりの下、ウェーブのかかった紫色の髪が揺れる。
引き締まった体つきの女性――アヤメが静かに待っていた。
彼女はソウレンへ書類を差し出し、恭しく一礼する。
「お疲れさまでした、ソウレン様」
演説で見せた激情は跡形もない。
眼鏡の男――ソウレンは穏やかに微笑み、書類を受け取った。
「ありがとうございます、アヤメさん。本日の演説はいかがでしたか?」
「素晴らしかったです。攫われてきた者たちも、十分士気が高まったかと」
「そうなら何よりです」
そう答えながらも、ソウレンの視線はすでに書類へ落ちていた。
興味があるのは演説ではなく、その結果だけ。
淡々とページをめくりながら口を開く。
「彼らは大切な歩兵です。やる気を失われては、時間稼ぎにも使えませんから」
「おっしゃる通りです」
「ナタル教には果たすべき崇高な使命があります」
「はい」
「それを成し遂げてこそ、我々は真の『生』を得られる。再生ではありません。真実の生です」
「そのお言葉に、一点の曇りもございません」
アヤメは深い敬意を込めて頭を下げる。
そのときだった。
ソウレンの目が、不意に鋭さを帯びる。
何かを感じ取ったように、屋根の影へ静かに視線を向けた。
「……ソウレン様?」
「いえ」
短く答えると、何事もなかったように視線を戻す。
「問題ありません」
そして書類を閉じ、静かに微笑んだ。
「では、最終準備を始めましょう」
一歩前へ踏み出す。
「我らが我らを超え、新たなる我らを救うために」
その声音は穏やかなのに、不思議なほど冷たい。
「そして――悪の権化へ、裁きを下すために」
一呼吸置き、思い出したように付け加えた。
「そうだ、アヤメさん。一つ頼みがあります」
「はい、ソウレン様」
その瞬間。
闇の奥から、燕尾服姿の長身の男が音もなく現れた。
「お車の準備が整いました、ソウレン様」
「ありがとう、ユーゴ」
ソウレンは穏やかに頷く。
「続きは車の中で話しましょう」
「承知しました」
三人は無駄な言葉を交わすことなく黒塗りの車へ乗り込む。
ゆっくりと走り出した車は、赤いテールランプだけを闇に残し――
それすらも、やがて夜の底へ静かに溶けていった。




