第12話 4月21日 カフェラート 厨房 お昼前
「アルス君、大丈夫?」
すぐそばで声がした。
はっと顔を上げると、フレデリカがアルスとソノラをかばうように立っていた。穏やかな笑みは浮かべているものの、その瞳には鋭い緊張が宿っている。
「あ、あの……雪緒くんは!」
「大丈夫よ」
即答だった。
「あの子なら心配いらないわ。それより、開店前に片づけばいいんだけど……」
小さく肩をすくめ、苦笑する。
「たまに張り切りすぎるのよね」
その口ぶりには呆れ半分、信頼半分といった響きがあった。
「それより、アルス君は? 怪我はない?」
「は、はい。僕は平気です。ただ……何が起きているのか、まだ頭が追いつかなくて」
突然現れたアーカイブ。
そして、雪緒が彼らを足止めしている。
何より驚いたのは、フレデリカが迷うことなく自分たちを守ろうとしてくれたことだった。
雪緒がいない日に客が騒ぎを起こすと、フレデリカは笑顔のまま相手をひょいと担ぎ上げ、そのまま店の外へ放り出してしまう。
そんな豪快な人が、今は自分たちを逃がすために動いている。
「こっちよ」
フレデリカはキッチンの奥へ進み、備品棚の前でしゃがみ込む。
床に手を掛けると、何気ない動作で一枚の板を持ち上げた。
現れたのは、地下へと続く石造りの階段だった。
「えっ……」
思わず目を見開く。
「こんな場所があったんですか?」
「あるのよ」
フレデリカは少し得意そうに笑った。
「この店、戦前の防空壕をそのまま使ってるの。建物は建て替わっちゃったけど、地下だけ残ってたのよ」
階段の下から、ひんやりとした空気が流れてくる。
「夏場は涼しいから、食材置き場にも便利なの」
アルスは思わず地下を覗き込んだ。
「このまま真っすぐ進めば、別の出口に出るわ。そこを上がれば三ブロック先の裏路地よ」
「わかりました」
アルスは力強くうなずく。
「ありがとうございます」
「この子を管理局までお願いね」
そう言ってフレデリカは、ソノラの頭を優しく撫でた。
ソノラは何も言わない。
ただ静かに、その手を受け入れている。
「……行ってきます」
「ええ。気をつけて」
優しい声に背中を押されるように、アルスはソノラの手を握り、石段を降り始めた。
一歩、また一歩。
カフェラートの喧騒も、焼きたてのパンの香りも、コーヒーの香りも、少しずつ遠ざかっていく。
やがて二人の姿は、ひんやりとした地下通路の闇へ静かに溶け込んでいった。




