第11話 4月21日 カフェラート・ホール お昼前
「くそっ!」
ジーノが舌打ち混じりに踏み出す。
その行く手へ、黒い影が音もなく滑り込んだ。
雪緒だった。
穏やかな笑みは消え、静かな眼差しだけが二人をまっすぐ射抜いている。
「彼は、僕の大切な同僚なんだ」
穏やかな声だった。
怒気も殺気も感じられない。
それなのに、その一言だけで店内の空気が凍りついた。
「だから――少しだけ時間をもらうよ」
ジーノは構わず踏み込もうとする。
だが、その足が止まった。
雪緒は微動だにしない。
それでも、一歩踏み込めば取り返しのつかない何かが始まる。
そんな予感が、本能の奥底から警鐘を鳴らしていた。
宵月は雪緒から目を離さぬまま、静かに入口へ歩み寄る。
ドアノブを回す。
動かない。
鍵は掛かっていない。
それでも扉は壁と一体化したように、びくともしなかった。
「……結界か」
低く漏らした宵月に、雪緒は肩をすくめる。
「裏口から逃がすつもりだからね」
まるで雑談でもするような穏やかな口調だった。
「彼らが安全な場所まで離れるまで、君たちにはここで待ってもらう」
「ふざけんな!」
ジーノが拳を握り締め、一気に踏み込もうとする。
「ジーノ」
短い一声だった。
それだけでジーノの足が止まる。
「……っ」
「何で止めるんだよ、宵月!」
食ってかかるジーノをよそに、宵月は雪緒から目を逸らさなかった。
「……乗るな」
低く、それだけ告げる。
雪緒は二人を見つめたまま、小さく口元を緩めた。
「君たちが動かなければ、僕も手は出さない。」
一拍置いて続ける。
「ただ、ここで待っていてくれればいい。頃合いを見て外へ案内するよ」
静かな声。
その余裕が、かえって不気味だった。
沈黙が流れる。
雪緒は一歩も動かない。
だが、それだけで十分だった。
宵月もジーノも、その場から動くことができなかった。




