第55話 才原誠編 4
二人が食堂に戻ると、すでにほとんどの子どもたちが席についていた。
部屋の中はあたたかな笑い声と、香ばしい匂いに満ちていた。年長の子どもたちは英のそばに立ち、皿を手渡したり、配膳の手伝いをしたりと甲斐甲斐しく動いている。
テーブルの上には、焼きたてのキッシュが並べられていた。
キッシュは二種類あり、ひとつは王道のベーコン、ほうれん草、そしてとろりと溶けたチーズが入った濃厚な味わい。もう一方は、白身魚と菜の花、さらにカラフルなトマトが彩りを添えた、さっぱりとした一品だ。
添えられたサラダは、シャキシャキとしたレタスに香ばしいじゃこが散らされ、和風の出汁の効いたドレッシングで和えられている。
各自の前には大きめのマグカップが置かれ、中には飴色に炒めた玉ねぎの甘みが溶け込んだ、温かなオニオンスープが注がれていた。
「わ〜っ、いい匂い〜!絶対美味しいやつだ!」
目を輝かせて叫ぶ少女に、向かいの席の少年が皿をのぞき込んで渋い顔をする。
「うわっ、トマト入ってるじゃん。カイト、トマトだけ食べてくれよ」
「やだよ、自分で食べなよ。トマトおいしいもん」
「英兄ちゃん!おかわりってある?」
「あるぞ、でもちゃんと味わって食べてからな」
英はエプロンの裾で手を拭きながら、どこか照れくさそうに笑って答えた。
「皆さん、手を合わせてください」
ルイーザの穏やかな声が響くと、それまで賑やかだった部屋が一気に静まり返る。子どもたちは姿勢を正し、両手を合わせた。
「いただきます」
「いただきますっ!」
合図とともに、あちこちからスプーンやフォークが動き出し、食事が始まった。口いっぱいにキッシュを頬張る子、熱々のスープをふうふうと冷ましながら飲む子——そのひとつひとつの様子に、あたたかな日常が息づいていた。
才原も自分の席につき、サラダをゆっくりと口に運ぶ。シャキシャキとした歯ごたえに、じゃこの香ばしさと、だしの旨味が重なり、やさしい味わいが舌に広がった。
「このサラダ、美味しいですね」
そう言うと、近くにいた少年が嬉しそうに口を挟んだ。
「それ、英兄さんが作ったんだよ。ドレッシングも手作り!」
「こら、お前、余計なこと言うなって……」
英は少し焦ったように言いながらも、耳まで赤くなっていた。
「そうなんですか。すごいですね。味に奥行きがあります」
「……簡単なんで」
ぶっきらぼうに言いながらも、その口元にはどこか照れを含んだ笑みが浮かんでいた。
才原は次に、キッシュに手を伸ばした。まずは、ベーコンとほうれん草の方から。
ナイフを入れると、外側の生地はサクッと軽やかに崩れ、中から濃厚な香りがふわりと立ちのぼる。一口食べると、ベーコンの塩気とチーズのコク、ほうれん草の旨味が絶妙に混ざり合い、噛み締めるほどに満足感が広がった。
次に、白身魚と菜の花のキッシュ。こちらは打って変わって、淡白な魚の旨味とトマトの酸味がさわやかに効いており、春の野を思わせるような清々しい味わい。菜の花のほろ苦さがアクセントとなり、口の中をすっと引き締めてくれる。
「どちらも美味しいですね。全然印象が違って、面白い」
そう感想を口にすると、英は一瞬目を泳がせ、肩をすくめるようにして言った。
「たまには変わったものも作ってみたくなっただけです」
それを聞いたルイーザがにっこりと微笑む。
「英くんも、料理の腕がどんどん上がってきてるわ。次は何を作ってくれるのか、楽しみにしていましょうね」
子どもたちのにぎやかな笑い声と、食器が触れ合う音が、温かな食卓に満ちていた。
おかわりを希望していた子供達は列になり、英の指示に従っている。その列に先ほどの少年・カイトも並んでいた。




