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橄欖色のアーカイブ  作者: 藍川 卯木子
橄欖色のアーカイブ ー日常編ー

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第44話 エルザ・ブラックフォード編 4

 翌日の午後十時――。

 満天の星空の下、エルザは一人、惑星エイトの南海岸に立っていた。

 月明かりを映した海面が、どこまでも銀色に揺れている。


 夜風が吹き抜け、腰に巻いた薄手のパレオがふわりと舞った。

 エルザがじっと海を見つめていると、微かなノイズが耳元で弾けた。

 耳に装着した防水仕様の小型通信機から、テイラーの声が低く響く。


「エルザさん、聞こえていますか」

「ええ。はっきりと」

「もし身に危険を感じたら、ためらわずに退避してください。いいですね?」

「わかってるわ」


 エルザは海の彼方へ目を向けたまま答える。


「でも……できる限りのことはする。原因の手がかりは、必ず持ち帰るから」


 通信の向こうで、しばし沈黙が流れた。


「頼もしい限りです。ご無事を」

「ありがとう、テイラーさん」


 それだけ告げると、通信が切れた。

 再び、波の音だけが耳に戻ってくる。

 エルザは目を閉じた。

 ひとつ、深く息を吸う。

 そして、パレオの裾を片手で軽く押さえながら、海へ歩き出した。

 海水がエルザの足に触れると、つま先から淡い光が灯った。


 光は足先からゆっくりと広がっていく。

 人間の脚が淡い光に包まれ、その輪郭がみるみる変わっていった。


 すると二本の脚はひとつに重なり、細長い尾へと姿を変えた。

 水面から伸びた尾が、月明かりを弾く。

 その先では、二股に分かれた尾鰭が静かに揺れていた。

 昼間の海を思わせる色の鱗が、波の動きに合わせてきらめく。


 ――シレーナ。


 それが、エルザたちの種族の名だった。

 シレーナは、銀河でも稀有な海洋惑星に暮らす知的生命体である。

 故郷である惑星シックスは、表面の九割以上を海が覆っている。陸地はわずかな浮島や岩礁に限られ、シレーナたちはその広大な海を生活の場としてきた。


 水中では魚類を思わせる流線型の身体となり、二股に分かれた尾鰭で水を捉える。

 そして陸へ上がれば、その尾は二本の脚へと変わる。

 身体を覆う薄い鱗は、水銀のような光沢を帯びていた。

 その姿が、地球人の知る伝説の“人魚”を思わせることもある。

 シレーナは温和な種族で、争いを好まない。

 長く続いた大戦の最中も、惑星間同盟や各勢力の抗争から距離を置き、中立を貫いてきた。


 だが、約二十年前。

 その平穏にも戦火が忍び寄った。

 地球の独立派と、拡張主義を掲げるクンストン勢力。

 両者の衝突によって、戦略的な中立地であった惑星シックスも争いの舞台となったのだ。

 エルザは、その混乱の中で生まれた。

 物心がつく頃には両親のもとを離れ、戦火に巻き込まれることを恐れた両親の判断で惑星エイトへ避難した。

 そして、信頼できる人物として紹介されたボイルドのもとに預けられた。


 それから五年後。

 アーカイブの介入によって、惑星シックスに潜伏していた地球人の過激派と、クンストンの領土拡大派の勢力は鎮圧された。

 惑星シックスはようやく平穏を取り戻した。


 だが、その争いで両親を亡くしたエルザに故郷へ戻る理由は残っていなかった。

 また惑星エイトで過ごした年月の中で、彼女には新しい居場所ができていた。


 そして今、シレーナの能力を買われ、エルザには海域に関わる任務がたびたび舞い込んでくる。

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