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番外編(猫の耳 2)

 ドアの鍵穴に挿すための鍵をポケットから探し出す。この時にはもう、あんなことがあったとは気にしてないようで躊躇いもなく力強く鍵を捻る。いつも通り聞きなれた鍵の開く音がする。そしていつもと何も変わらないような強さでドアノブを捻りこちら側へ引く。そうしてできた隙間から私は再び驚きに支配された。これが妄想であるという考えも、親が誰か連れてきているという予想も、友人が私に断らず勝手にお邪魔しているという希望さえもただ一言、にゃあ、という猫の鳴き声をまねたような声によってすべて否定されてしまった。

 何度か表札と部屋番号を確認した後に、戸惑いつつもようやく私はその部屋に入っていく。そこには私と同年代か少し年上に見えるくらいの女性が何でもないように座っていた。私はこんばんは、と挨拶をしてみる。そうすると、みゃあ、とまたもや猫の鳴きまねをするその女性は私が飼っている黒猫の黒色を思わせるような長い黒髪と、その頭頂部には猫の耳のようなものがついていた。そうなると顔の横側にある人間の耳はどうなっているのかが気になったが、長いだけでなく毛量も多い黒髪が邪魔をして確認することはできなかった。こんな風に、目の前にいるよくわからない女性に気をひかれている私は、とても重要なことに気が付けなかった。

 それは私の飼い猫が見当たらないことである。いつもなら家に帰ってくるとすぐに出迎えてくれるはずなのだが、今日はそれがない。それどころか部屋のどこにもいないのである。その時の私は少し気が動転しており、愛猫の消失に焦り始めていたのだが、その焦りを収めるように、にゃあ、と今度は穏やかに鳴き、その黒く澄んだ目で私の目をやさしく見つめてくれていた。その時にようやく私はこの状況の全てを理解した。

 私が理解したその時に彼女は私の服の裾を優しくつまんだ。それからすぐに彼女が空腹であると知らせる音が部屋に響いた。なるほど私はまだ理解できていないことがあったのだと気づき、そろそろ重たく感じていた荷物を台所へと運ぶ。それらと諸々の調理器具を取り出した後、自分の手をシンクで洗う。それに用いられた水道の水からは、この季節独特の生温さを感じた。

 もとは猫なのだからやはり猫用の食べ物を上げたほうがいいのだろうかとも考えたのだが、身体の造りが人間であるという事実を鑑みるに人間と同じものを食べることができると私は結論付けた。とはいえリスクは少ないほうがいいとも思えたため、さっき買ってきた缶詰を開ける。そしてそれを彼女の目前に差し出す。しかし彼女は全く持ってその缶詰に対して興味を示さないように見えた。それを見て私は食器を出していないことに気が付いた。成人した女性の前に蓋の開いた缶詰のみが一つぽつりと置かれているこの状況で、彼女がその缶詰をどうして食べるというのだろうか。箸、は使えるかわからないがスプーンなどは無いと手を切ってしまいそうだと思った。急いでスプーンを食器棚から取り出し、彼女に手渡す。部屋の白い照明を滑らかに反射するそれを見て彼女は喜ぶようにこちらをじっと見つめていた。

 それから私はスプーンの使い方を実演して見せたり、無理にあの缶詰を食べてみせたりしてどうにか彼女に食べてもらおうと試行錯誤したのだが、まったく手を付ける気配がないので私は二人分の食事を調理することにした。

 いつもよりも多く食材を使うので、下準備が少し大変だったりもしたが私はたまに作り置きをしたりもするので、そこまで苦労することもなく二人分の簡易的な野菜炒めが完成した。しかしここでも私は用心深く、猫のような彼女の分は調味料に少量の塩のみを使用し、野菜炒めと言いながら肉の分量のほうが多くなるように調整した。

 完成して間もなく、湯気がまだ立っている野菜炒めを二つの平皿にそれぞれ盛り付け、それらを一度に両手で持って机まで運んだ。彼女は何かを察したように席に着いていた。彼女の前に料理の盛り付けられた皿を置く。その後に水の入ったコップと食器を運ぶ。彼女はかなりお腹が空いていたようで、すぐに箸を手に取り全く悩むこともなく一皿を平らげてしまった。箸を使うことが普通であるようにふるまう彼女に驚いていた私は、私の分の野菜炒めまで食べられてしまっていることに少したってから気づいた。それから私は彼女を病院へ連れて行こうと考えたのだが、普通に無理だと気づく。少しずつ焦りが募る私を全く以って気にしないという風に、彼女は猫の時のベッドの上に窮屈そうに丸まって寝ていた。その寝顔を見るとなんだか安心でき、不安も焦りもかなり和らいだのだった。ふとカーテンの隙間から月の光が射しているのに気づく。そしてその光は彼女の黒く艶のある髪をさらに魅力的に演出していた。

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