自由
「そうして見事、両思いからの契約だ。いい思い出だろ?」
「ほへー、魂混ぜるとかアレな事が出来るほど惚れこんだんだー・・・・羨ましいぞぉ!!!俺も副リーダーとお付き合いしたい!」
「ふふん羨ましかろう?カレンとは相思相愛だからな!!」
「今の今まで忘れてたけどね」
「うぐ」
羨ましいっとハンカチを噛みしめんばかりの顔で唸るリーダーに優越感バリバリの顔で自慢する紅は、しかし直後にカレンが小さくもはっきりと聞こえる声で特大の釘をぶすりと指されて撃沈した。
「しょーがねぇだろ。精神と肉体の安定の為にも一時的な記憶の封印は不可欠なんだから」
「うん知ってる。別に怒ってる訳じゃないしちゃんと思い出してくれたからね気にしてないよ」
「じゃぁ拗ねてる?」
「かもね」
そう言って小さく笑ったカレンの肩口に紅は項垂れながら懐くように顎を乗せ体に回した左腕に力を込めて抱きなおし、右手ではベールから零れる薄紅色の髪をクルクルと巻き付けたり梳いたり、時には一房手にとっては毛先に口付けたりと兎に角一部の隙も無く触れている。
他者が目の前にいるにもかかわらずイチャコラする二人に普通であればドン引きするか、逃げだしそうなものだがリーダーはそんな事まったく気にせずに普通に会話を続ける。
「そうそう。さっきまでは紅君覚えてなかったじゃん?なんで今、なうで思い出したの?」
「リーダーの言葉が最後の一押しではあったな。でもきっかけとしてはカレンとのアレやコレだろ」
「アレやコレ、それはつまり(ゴクリ…」
「そう。恋人同士の特権だ(キリッ」
「ただのハグと愛の囁きだよ。でも多分『愛してる』は一つのキーワードになってはいたと思うわ」
男?二人がふざけて作った妙な雰囲気をカレンはバッサリと切って会話を続ける。その際わざとらしく紅の耳元で甘やかに囁くのはリップサービスかはたまた只の悪戯か、顔を真っ赤にして押し黙った紅に満足そうに頷いてからカレンは口を開く。
「紅の記憶が無かったのは単純に精神保護の為。統一者であるって記憶もそれ以前の記憶も人間が持つには度が過ぎるものよ。でも彼は私との契約で人間として生きないといけない。だから記憶と力を意図的に封じ込める必要があったの」
複数の世界を纏めて統一するなど神にすら出来ることではない。普通は世界それぞれの強制力や反発力、その世界の神々の反抗に合い成しえない事だ。それを事実やってのけたからこそ統一者は神々からも恐れられている。
そんな絶大な力を持ったまま人間のカタチに押し込めば破綻が来るのは必須だ。特に幼い子供では膨大な量の記憶に体も心も耐えられない。
故に統一者と呼ばれる男は契約者との契約の一環として人間として生きる際、力と記憶を封印した。その封印した状態が如月紅という人間である。
「そっかー紅君が生まれたのはカレンちゃんのお蔭なんだね。んでもって二人が出会ってくれたから僕は副リーダーに会えたと、ありがとう!そしてありがとう!!心の底から感謝しよう!!!!センキューマイフレンドたち!!!」
「リーダーのテンションが異常で笑える」
「恋をすると世界が変わるからね。うざいぐらいは許しましょう」
妙にテンション上々のリーダーをバッサリと切り捨てて紅とカレンはリーダーのテンションが落ち着くのを待ちつつ、万屋本舗内外からゲートで手だけだして取ってきた料理や飲料をそれぞれパクついたり食べさせ合ったりしている。
しばらく副リーダーへの愛なんだか欲望なんだか願望なんだかを吐き出してリーダーはようやく戻ってきた。
「でもそうなると人間の紅君て幾つぐらいになるの?10年前の世界統合から成り代わったなら10歳?」
「いんや。ちゃんと16年生きてるぜ。なんせ俺は如月家に生まれた女と時間を遡って入れ替わってるんだからな」
紅の言い回しに初めはキョトリとしていたリーダーも言いたいことが分かったのか納得の表情を浮かべる。
「なるほど!カレンちゃんは如月家の次女だったんだね!統一者はカレンちゃんが生まれる前まで世界を巻き戻して生まれるのをカレンちゃんから自分にしてそれを如月紅とした。そんでもともとそこに居たカレンちゃんは今のカタチに転化させたって事か!!強制力によく阻まれなかったね」
「その頃から世界統合は始まってたからな、表層化して混ざったのが10年前なだけだ」
「複数の世界がひと所に収まる様に調整する期間だったわけだな。なるほどなるほど。大規模だなぁもしかして今も続いてんの?」
「さぁ?どうかな?」
「うは。あくどい顔ー。楽しければ何でもいいけどね!」
そういってカラカラ笑うリーダーに憂いも妬みも恐怖も尊敬もない。あるのは今までと同じ信頼と信用、仲間意識と友愛だ。何一つとして抱く思いが変わらない。あえて挙げるなら未知への好奇心だろうか?
それも統一者との――否。紅との質疑応答で満たされているため二人に害をなすものでもない。それに安堵し緊張で少しだけ入っていた体の力が抜けたカレンにそのタイミングを見計らったようにリーダーから声がかかる。
「元人間てことはさーカレンちゃん姿形や名前も今と違うの?」
「ええ、意識や感覚も大分変わったわね」
「具体的にどんな風に変わったの?」
「そうね言葉にするのは難しいわ。ただ昔は今みたいに力なんて持っていなかったから使う感覚が既に面白いとは思う。けど、万能感とか持ちそうで嫌だわ。世界が落ち着く前もそういったおバカが蔓延って大変だったでしょ?ああは成りたくないって何時も肝に命じてるの」
そう言ってため息をつくカレンの脳裏に浮かぶのは世界統合からしばらく後に出始めた能力に有頂天になった人間たちの姿だ。
そういった能力を元々持たない人間たちにも大なり小なり力が宿っていることが明らかになった頃で、その能力を真っ当に活かそうと考える者がいる一方で『俺TUEEEEEEE!!!』をやろうとして大恥をかく、だけなら兎も角周りを巻き込んで多大なる被害を出すバカが大量発生した頃でもある。
確かに今まで持ちえなかった力を手に入れて喜ぶのは良い。しかしそれに浮かれて使い方を誤るのは頂けない。手に入れた力は所詮ただの道具に過ぎない。道具は正しい方法で正しい使い方をしてこそ意味がある。けして振り回されるものではない。
まぁそうは言っても冷静に対処できる人間はけして多くはない。寧ろ誰もが憧れた力に興奮を抱かなかった人間の方が少ない。騒ぎを収めた側も『分かる分かる』と頷きながらも騒ぎを鎮圧したのだ。
因みに騒ぎの鎮め方は最初に騒ぎを起こした当人たちにそのまま突き進んだ場合の最悪の破滅を幻覚や夢として見せて自主的ブレーキを促し、それでも止まらない無駄に力の強いバカは全力で叩きのめして鼻っ柱を叩き折ってから、座学等から入る入門編から始めさせた。
「力を持っていなかったって感覚の方が僕には覚えがないなぁ私は最初っから使えたエリート様だったからね!」
「エリートねぇ。ま、神なら当然じゃね?」
「え」
ふふんっと胸を張ったリーダーに紅がボソリと返すと胸を張ったままリーダーの動きが止まる。
ギギギギギっと油の切れたおもちゃの様に軋ませながら紅に目線を合わせたリーダーはダラダラを冷汗を流しながら辛うじて声をあげた。
「な、んで、知ってるん、ですかね?」
「どの世界のどの時代を使うを決めたのは俺だぜ?その時代の歴史ぐらいお浚いするさ」
「なるほど、うん。そうだよねぇ無差別に選ぶわけないもんね。いやー参ったな。あの世界見られてたんだ」
「リーダーの世界はどんな場所でどんな神様やってたんです?」
納得したらしいリーダーは通常運転に戻る。多分吹っ切れたというより見られたならしょうがない!!っと開き直ったのだろう。その後のカレンの質問にも特に引っ掛ることなく口を開いた。
「アソコはあんめり褒められた世界じゃないんだよね」
「というと?」
「俺の世界はねディストピアだったよ」
「ディストピアってたしか超管理社会だったり自由に物凄い制限が掛かってたり、公然の格差が有ったり、多数のための少数の犠牲或いは逆だったりするアレ?」
「そう、ソレ」
この世界で見られる小説やら漫画、アニメ、ゲームに描かれるのとは違いリーダーの世界は完璧であった。
なんせ世界を運営しているのは神様だ。人間には出来ない事をやってのける。
そこは例えるなら大きな箱庭であった。神々に守られ管理された世界ではすべてが平等で日々が平和で何憂いなく毎日を生きていける。
信仰が無くては生きていけない神々は自身の信者の明日を保証し、明日を保証された人々は日々神に感謝し信仰した。信仰されれば神は信仰に報いるだけの生活を与える。それが循環し続けて出来た世界はある意味で最善の需要と供給とも言えただろう。
神は人を愛し人もまた神を愛した。神と人が相思相愛でそれが続くだけの停滞した世界は確かに幸福であった。
しかし、神は変化しずらいだけで不変ではなく、人間はどこまでも堕落する生き物だ。互いを想い合っていただけの世界は長い年月と共に少しづつ歪んでいった。
神は信仰を得るために人間を管理したがり、人間は楽な道をに転がり落ちる。
少しづつ人間は思考を無くし、ただ神に祈るだけの生物に成り下がり神はそれを当然と扱うようになった。それは神が人間を家畜として扱うのと同意義だ。
それを可笑しいと思う事は無い。だってとうの昔に思考する能力を奪われているのだから。
たとえ反感する意思を持てたとしてする人間などいない。だって神に見放されたらどうやって生きたらいいか分からないから。
そうして神が管理する世界は静寂と祈る人間だけで成り立っていた。
その風景はまさに理想郷、神の為の世界だ。
「リーダー・・・ドン引きしても良い?」
「やめて!俺はそっちとは無関係だから!我どちらかと言うとその反対だから!!」
「反対?」
「そ、人間は思考を奪われ反抗の概念を奪われ、家畜に成り下がっても反骨精神を本能的に持ってたんだよ」
「反骨精神?」
「そうだよ。私はね?カレンちゃん人間たちの心の奥底に沈んだ『自由でありたい』って言う本心から生まれた神様だったんだよ」
そう言ってリーダーはにっこりと誇らしげな顔で笑った。
その表情を見れば自分の生まれた理由も最後までその思いを持ち続けた人間たちの事もリーダーが大切にしていることが分かる。
「そっか、リーダーはそんな人間たちの心を誇りに思ってるのね」
「当然!だって僕は自由を肯定しその権利を守る神様だからね!だからこそ我は強いんだよ?だって今の世界は自由への憧れと実感に溢れてるんだから!」
「もしかしてリーダーの名前は自由って意味なの?」
「そだよ~。アレは俺の世界の神の言葉で『自由』の意味を持ってるんだ。神語は発音できる言語じゃないし読む事も想定してないからこの世界でも発音できないし文字化けしちゃうんだけどね」
そういって肩を竦めるリーダーは得に名前に関して気にした風はない。もともとの世界でも呼ばれるどころか存在すら認知されていない神でもあったので名前にこだわりが無いらしい。自分の生まれた理由とその概念を抱いた人間の無意識、それが世界統合まで続いた事実だけで満足しているのだ。
「でも寂しくは無いんですか?名前は自己証明でしょう?特にリーダーは意味を持って生まれて来たのに。誰かに呼ばれたいって思わないんですか?」
「んふふ」
「リーダー。気持ち悪い」
「ドン引きしそうです」
「二人とも酷いな?!」
カレンの言葉を受けて笑い出したリーダーに紅とカレンは二人そろって苦情を呈するとリーダーは大げさにリアクションを取るが笑いが殺し切れていないので本気ではないことが分かる。それどころかちょっと楽しそうと言うか、嬉しそう?
リーダーの反応に本気でドン引いてやろうか二人が思っているとそれを察したかの様に笑いを収めて口を開いた。
「カレンちゃんと似たような事を副リーダーにも言われたなーって思い出したんだよ」
「副さんに?」
「そ、副リーダーも我と経緯は違うけどこの世界で名前を形に出来ないからね。聞かれたんだよ寂しくないのかって。僕はカレンちゃんたちに言ったのと同じようにどうでもいいよって返したんだけど、それに副リーダーが怒ってさ『名前は自己証明であり自己肯定、そして今生きてる証であると同時に死後生きていた証にもなるんだから大切にしろ』ってね。泣きながら言われちゃった」
「あー」
「なるほどね」
嬉しさにちょっとの困惑を混ぜ込んだ様な顔でそういったリーダーに紅は何とも言えない顔で言葉を濁し、カレンは納得の顔で紅とリーダーの顔を見やった。
「大方その時のすったもんだの末に名前を付けられてついでに恋にも落ちちゃったんでしょ?リーダー」
「な、なんでしってるの?」
「似たような経緯があったもの。ね?ダーリン?」
「あははそだなー。あったかもなー。ところでハニー手の甲が痛いんですが」
「うふふ、そりゃ思いっきり抓ってるもの痛いでしょね。でもそっかー副さんは名前を大切にするヒトなのね誰かさんたちと違って」
「「ハハハ」」
紅からの抗議をバッサリと切り捨てて更には捻りも加えて抓り続けながら発するカレンの言葉に棘を感じる誰かさんたちは乾いた笑いをこぼすしかない。
今は兎も角、昔はそういった考えだったのは事実なので反論が出来ないのだ。うん。こういう時は何も言わずにいるのが正解である。
「しっかしリーダーの力の根源は『自由』の概念そのものか、失くそうと思っても失くならないしぶとい概念だな!」
「でしょー!自慢の概念なんだよ!」
カレンのベールの奥から刺さる視線から意識をずらすかのようなあからさまな話題転換ではあったが紅の話にリーダーは喜んで乗った。
「ほとんど不滅と言ってもいいぐらいじゃねえか」
「まーね!あの世界で滅びるどころか生まれるぐらいだもん!相当しぶとい自覚あるよ!!」
「じゃ、100年後の世界は任せたわ」
「・・・は?」
まるで今日は天気がいいですね。っと世間話をするようなノリで言われた事への理解がちょっと追いつかない。
100年後の世界を任せる?何言ってんだコイツ?
そう顔にはっきり書いてこちらを見てくるリーダーに紅は思いのほか真剣に、しかしやはりどこか軽やかに告げる。
「100年後、今の人間たちの大半が死ぬ頃には俺らこの場所から居なくなるから維持管理しといてよリーダー」
「はぁぁあああ!?」
消音と幻覚と気配誤認を何重にも張り巡らせた結界内にリーダーの悲鳴とも絶叫とも言えない何かが響き渡った。




