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名前

「では最初に寿命問題を解決するか」

「馬鹿ね。それより先にすることがあるでしょ?」

「あ゛?なんだよ」


 意気揚々と女の寿命を自分と同じにしようと思ったらいきなり罵倒された。解せぬ。

 男の口の悪さなど気にし風もなく女は口を開いた。


「本当に独りだったのね。良い?私たちは今日初めて会ったのよ?」

「だから何だよ」


 不機嫌に返事をするくらい許してほしい。独りだったことは確かだがそれを改めて口にされるとまだ心が痛むのだ。誰かさんに散々抉られた場所が。


「初めて会ったのならまず最初にすることは自己紹介よ」

「自己紹介?」

「そうよ、だって私はあなたの名前を知らない。あなたは私の名前を知らない。これからずっと一緒に居るのに他人の様に呼び合うの?」


 コテンっと首を傾げ、問いかける女に男は想像する。

 呼び合う名前を知らず、おいとかお前とかで呼び合う。うん、確かに他人みたいだ。それがこれからずっと?ダメだ。他人はダメだ。だってこれからずっと一緒なのだからもっと近くないと寂しい。


「それに名前は一番身近な呪い(まじない)、自身の心臓であり魂、私の生まれた証、私の存在そのもの」

「お前そのもの?」

「ええ、だって私はその名前で存在し、あなたに出会ったんだもの、だから()を呼んで、その代わり私はあなたを呼び続けるわ」


 俺を呼ぶ、それは、


「俺の存在を肯定し続けるのか」

「そう、存在を肯定し、今隣にいる事を主張し続ける。だって呼ばれる限り自分も、相手も存在しているのだから」


 存在の肯定、隣にいる誰か――否、唯一無二の存在、それを音で声で主張し続ける。


「呼ぶのも呼ばれるのも二人じゃなきゃ出来ないか」

「当然よ、独りでは呼んでもらえないもの」


 呼ぶ者など居なかった。だからこそ存在を証明する為の音をずっと誰かに呼んで欲しかった。

 しかし、


「ない」

「ないの?」

「ああ」


 男は名前も名称も持たない。

 誰にも呼ばれる事なく、誰にも証明されなかった存在であるが故に、男は自身を表す音を持たない。

 こんな事では呼んでもらえない。呼んで貰えねば俺の存在を肯定してもらえない。それに、俺はこいつを名前で呼べるのにこいつは俺を他人の様にしか呼べない。嫌だ。さみし・・・


「ん、わかった。じゃあ考えましょう」

「は?」

「ん?なに?」


 キョトンと女は首を傾げて聞き返す。

 目の前の女は、当たり前の様に俺の名を呼ぶと言い。

 目の前の女は、当たり前の様に名を考えると言った。

 目の前の女は、当たり前の様に俺の寂しいを埋めた。

 胸が詰まるようなこれは何だろう?胸の中にある何かが溢れるような、形だけの臓器が悲鳴を上げるような、痛くて苦しくて温かいこれは本当に・・・。


「いや、名前なんて考えた事が無いんだ。お前が考えてくれないか?」

「え!あー、うん、わかった。そのかわり、私の人外名を考えて」

「人外名?というか不満そうだな。俺の名を考えるのは嫌か?」

「嫌っていうか、人の名前を考える機会が事ないから良いのが浮かぶかどうか・・・それでも良い?」

「ああ、お前が考えるならそれが良い」

「ん、わかった。あと人外名っていうのは、私人間やめる様なものじゃない?だからそれ用の名前が欲しいの、あなた以外が呼ぶ名前がね。今までの人間の名前はあなたが呼んでくれれば良いもの」


 そう言って女は笑った。

 女の言葉を借りるならその名前は今までの女の存在そのものだ。それを俺だけが呼べば良いと言う、俺以外が呼ぶ女の名前は俺につけろと。

 こう、胸のあたりがギュッとする感覚がなぜ起こるかわ分からんが、とりあえず気分が良い。


「わかった。ただ俺も名前は良く分からん。お前の知識を貰ってもいいか?」

「知識を貰う?」

「ああ、世界ごとに言葉の意味や発音が違うからな、お前に馴染む言葉で付けたい」

「わかった。あなたの名前も私の世界の言葉で良い?」

「頼む」

「任せて!頑張るわ!!」


 そう機嫌よく頷いた女の頭に手を・・・

 置く前に思案を一つ、そろそろ顔が見たい。


「その黒布を取りたいんだが良いか?」

「・・・余り容姿に自信が無いのだけれど、嫌わない?」

「?容姿は関係あるまいよ。お前がお前だから共に生きるのだ」

「ん、じゃあ良いよ」


 どことなく覚悟を決めたような女の返事にちょっとの罪悪感(初めて感じた)を抱きながら布に手を掛ける。

 別に取らなくても知識の受け渡しは出来るのだがそこはソレ、顔が見たいとかそんな欲望1200%で黒布を取り除き頭に手を置いて女の知識をコピーするように貰って行きつつその顔を見る。


 髪は艶のあるチョコレート色の長髪、肌は黄色味を帯びた色白で血色が良いのか頬には赤みが差している。顔つきは今まで見てきた記憶に残る女達と違い特別整って居る訳ではないが、先ほどまでの口元しか見えない状態でも喜怒哀楽が分かるのだから表情豊かなのだろ。

 彼女は黒布をずらした時からぎゅうっと瞑っていた眼をそろりと開く、強く瞑り過ぎたのかそれとも緊張でか薄っすらと涙の幕が張った明るいブラウンの眼は上目遣いに此方を窺ってきた。

 その目と目を合わせる。彼女の眼の中には恐れも怯えも無い。あるのは好奇心と男への信頼だ。誰にも向けられた事の無いそれに、思わず男の頬が弛み笑みが零れる。

 男のその無意識の笑みに女は一瞬目を見開いたが、直後ふわりと花がほころぶような笑みを浮かべ、自身もまた手を伸ばして男の頬に触れた。


「!!」

「?」


 他者との繋がりの無い男にとってそれは初めてのものだった。自分だけに向けられた笑みも、好意も、掌も、何もかもが初めてで何故か顔が熱く、血が上る。顔が耳まで赤い気がする。

 自身のその症状に戸惑いつつ彼女の笑みから目が離せず見つめ続ける。仄かに暖かくなった男の頬に触れながら女は首を傾げるが、特に追及するでもなくそのまましばらく見つめていると、男の方が耐え切れなくなったのか女の手を頬から剥がし自身の手の内に握り、頭から手を退ける。


「知識、あげられた?」

「ああ」

「じゃあ互いの名前を考えましょうか」


 そう言って、彼女は男に握られた手をそのままに空いた手の指先を口元に当て、男に握られたままの手に視線を向けて考え始める。


 この人は完全無欠、全知全能、絶世独立のような存在みたいね。下手な名前はこの人の存在に負けてしまう。けど下手に有能さを表すような言葉は嫌だわ、この人は孤独に怯え、一人を嘆き、他者と共にある事を望む心ある人だもの、名は体を表すと言うのだから出来る限り孤独が遠ざかる様な名前が良いわ。

 光とか陽とかを表すような・・・灯り?女っぽいから却下、この人男だもの、うーん。漢字単体より熟語とかから意味を引用する?

 以心伝心?一心同体?相思相愛?何か今一、綺麗な言葉だし嫌いじゃないけど、愛って字を男性に使うのは何か抵抗ある気がする。

 あとは心?でも別に心がない訳じゃないのにそんな字を使ってもなぁ。あとは一蓮托生?蓮は私が好きな花ね。でも男性に花の字は変?あ、でも・・・


 掴んだままの手に気を遣りつつも男も考える。どうせなら女が気にいる名が良い。

 得た知識を元に世界へとリンクさせ女の世界の知識をさらに引き出していく。ふむ、女は日本人か、文字が異様なほど沢山あるのだな、これならば色々な表現方法がある。同じ読みで違う意味、違う読みで同じ意味・・・量が多すぎる気が、いや、女から得た知識の中には女が好む言葉や字、植物や石などの知識が多い、人間は好む者ほど知識としてため込みやすいので当然と言えば当然だ。ならばその中の物を組み合わせたり表現すればおのずと女の好みになる筈である。

 女が好むのは綺麗な花や石だが身に着けるのではなく観賞し、愛でる事を好むようだ。ならば直接それを表すのではなく間接的に連想させる方が好みか?

 桜、蓮、藤、菫、椿、紅葉、銀杏、紫水晶、琥珀、藍玉(アクアマリン)、猫目石等々うーん。

 植物の名前はそのまま名前に使えるがそれでは余りに捻りがない。そも間接的な連想などではない。如何したものか・・・


「――」

「ん?」

「――は?△の蓮で――、――の炎とも言うわね。蓮は私の好きな花で、△は私の名前よ」

「んん?お前の名前?」

「ええ、あっそう言えば名乗ってなかったわ。私の名前は△、鮮やかな赤、女性の意味よ」

「△」


 あっさりと明かされた女の名前に思う所はあれどやっと知った名前だ。その名前を舌に馴染ませるように繰り返し、心と頭に刻む、『△』は己の半身となる者が今まで生きてきた名前であり、これから先自分だけが呼ぶ名前、じんわりと胸に広がるのは感動だろうか?

 男が自身の内面に生じたものに戸惑いながらも△の名前を繰り返し口にし自身に馴染ませていく。

 何度も自身の名前を尊い宝物の様に繰り返し、呼ばれることに気恥ずかしさを感じつつも△は口を開く。


「ええ、独占欲丸出しで申し訳ないのだけど。よく考えたらこの契約って私はあなたの物になってあなたは私の物になる様なものだし良いかなって、ダメ?」


 こてん、と首を傾げる姿に稲妻が走るよな感覚を覚えつつも言葉を吟味する。

 まずは言葉の意味からだ。世界から知識を引き出し言葉の意味を探る。ああ、有ったこれd――っ!?

 独占欲:自分だけのものにしたいと言う欲求。

 じ、自分だけ!?い、いや、確かに契約は互いのズレている部分を合わせて共に生きることだ。人間でいう所の運命共同体だろう。ならばお互いの所有を主張することは間違ってはいないか?

 グルグルと考え込み黙ってしまった男に△は顔を強張らせ、


「ダメだった?」


 そう口にした。声は不安げに揺れ、薄っすらと涙を浮かべているところを見るに気に入らず、怒りを抱かれたと思ったようだ。

 そんな△の様子に気付いた男は咄嗟に羞恥心(自覚無し)をかなぐり捨てた。


「ダメではない!良い名だと思う」

「本当?無理してない?」

「勿論だ。その――という言葉は好きなのか?」

「よかった。ええと、――は確か炎の色を表しているわ、実際にそんな炎をまじかに見ることはないのだけど、とても暖かそうだし、綺麗な言葉だと思って、それにさっきも言ったけど私の名前が入っているから・・・嫌じゃない?」

「ああ、嫌なわけがない」

「そう、よかった」


 男が―否、――が力強く肯定するのを見てようやっと強張りを解き△は微笑んだ。

 その可憐な笑みに見惚れ、自身の名前を反芻して思いついた。

 可憐な笑みを湛える頬に手を添え視線を合わせる。


「カレンはどうだろう」

「カレン?」

「ああ、火の蓮で火蓮だ。俺の名が――ならそれに類似する名が良いし、お前の笑った顔は可憐だ」


 そう言った――の口元には穏やか笑みが刻まれ、眼差しは優しく、声音は甘さを含む。


「――っ///」


 ――は完璧だ。

 あらゆる事を可能にする力を有し、これを使いこなすだけの頭脳を持つ、極めつけは恐ろしい程に顔が整っている事だろう。

 そんな人物に微笑まれ、優しく見つめられ、甘く囁くような声で話しかけられ、頬に添えられた手で顔を固定されて覗き込まれれば、


「どうした?顔が赤いが」

「し、羞恥心よ!あなたそんな顔で、もう!!恥ずかしいわ、心臓はバクバク言ってるし、顔に血は登って熱いし、もう、ときめき過ぎて息が苦し、これじゃあ恋する乙女みたい」


 照れもする。

 熱を誤魔化すように△は声を上げ、手で顔を扇ぐ、浅くなりかける呼吸を意識して深くし、何とか動揺を抑えようとする。

 自身の動揺と羞恥心が先行するあまり△は目の前の男もまた同じような症状が出ている事に気づかなかったのは、まあしょうがない事だろう。

 動揺のあまり自身の現状を素直に口にして誤魔化そうとした△の行動は、――が今まで感じていた諸々の現象の説明でもあった。

 △の行動や言動に反応して心の臓がせわしなく動き、耳まで熱くなるほどに顔に血が上り、鼓動のせいか息が苦しい。それは、なんだか。


「恋とはどんなものだ?」

「え?恋?え、なんで?」

「お前が、△が言ったんだろう?」

「あ、恋する乙女?の所?えーと、私もあんまり詳しくないのだけれどいい?」

「ああ」

「えっと、恋は特定の人物を好きだと感じ、その人の事を大切に思い、その人と一緒に居たいと思ってその様に行動したりする事。その人の事をずっと考えてしまったり、その人と居るだけで幸福を感じだり、その人の為に何でもしてあげたくなる。その人の幸せそうな顔を見たい。その人に自分だけを見て欲しい。自分を想って欲しい。自分だけのものにしたい。その人を目で追い続け、目が合っただけで鼓動が早くなり、一挙手一投足が気になる。常にその存在を意識し続けてしまう。好きな人にかっこつけたい、可愛い自分を見せたい。そういった感情や行動の全てをひっくるめて恋ではないかしら?恋なんて定義が広すぎるから何とも・・・。確か前に読んだ本だと、一目見たときに稲妻に撃たれたかのような衝撃を受けたとか?一生添い遂げたいと思ったとか?あれ、これ恋じゃなくて愛だったかしら?」


 自分の知っている限りを口にしているのか、理路整然とした話し方ではないが、概ね言いたい事は分かる。特定の相手のことを好きだと感じ、大切に思ったり、一緒にいたいと思う感情とそれに付随する行動、随分と覚えがあるのだが?△が大切だし一緒に居たいし、好きでもなければこの状況は無いしな。

 稲妻に撃たれたかのような感じ?そう言えばさっき稲妻が走った気がするな。

 添い遂げたい?この契約ってそんな感じだな。

 一挙手一投足が気になる?さっきから△の行動に心臓あたりがうるさいな。

 かっこつけたい?そう言えば動揺とか狼狽えた姿は見せたくないな。

 ・・・・これはもしや?


「△はそう言った感情は無いのか?」

「うーん、初恋はしてる筈だけど覚えてないし、恋愛をした覚えが無いわね」


 ・・・・・・・脈無し、


「でも、――とはずっと一緒に居たいし、さっきから名前呼ばれると心臓が痛いくらいうるさいのよね(ボソ」


 ではなさそうだ。

 先ほどよりもさらに顔を赤くして△は小さく呟いた。それは聞かせるつもりのない呟きらしいが、生憎と二つ向こうの世界の端で落ちる針の音さえ聞こえる耳なので問題なく聞こえた。

 さてどうやって口説き落としたものか、取り敢えずは、


「新しい名前は火蓮でいいか?」

「あ、うん。それが良い。――と似た感じが好き」


 そう言ってにこりと笑った△はサラリと好きだと言ってのける。このあたり計算じゃないか?それとも天然?それはそれで良い。

 にしても名を呼ばれる度に心臓が痛い。鼓動がうるさい。顔が熱い。あと△が可愛い。

 俺を呼ぶ度に△の顔も赤い気がするのは多分思い込みではなく事実だろう。これはいけそうだな。うん、頑張ろう。

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