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出会い

 そこに居た。

 周りには何もない唯々白いその場所に居た。


 何処とも知れないそこには何もないが、願ったことを実現させる力があったが故に何でも叶った。


 何にもないが如何なる時間も空間も時空をも超え、何処どこまでも見渡せる力があった故に何でも見えた。


 しかし一人きりだった。


「詰まらない」


 何でも叶う力も、全てを見通す力も、たった一人ではなんの面白味も意味もなかった。ただ虚無を抱える様に漠然と胸に張り付くき自覚もないまま感じるその感覚は寂しさだった。

 そうとも知らず只詰まらないと繰り返し、繰り返し、繰り返して繰り返すことに飽きてそこに居た何者かは歩き出した。



      ※    ※    ※



 白い場所に居たソレは様々な世界を渡った。

 異様なまでに科学の発達した世界、科学の代わりに魔術の発達した世界、魔術と科学が共存する世界、魔法も科学も進歩しない奇妙な世界、天に地が浮かび地に天がある世界、界が三つに分かれ時に共存し時に戦争を繰り返す世界、数多の世界に足を踏み入れ時に眺め、時に助け、時に滅ぼした。

 全知全能なソレは自身の力を思う存分使い世界を渡る。笑い、驚き、興奮し、関心しながら世界を渡り歩いた。


 幾多の世界を歩いて、渡って辿り付いたのは、最初に居た白いどこぞの世界とは正反対の、しかしよく似た唯々暗い場所だ。

 周囲には何もない。いや有るのかもしれないがそれを見ることは叶わない。何故ならソコは自身の指先すらも見えぬ程の暗闇だったからだ。


「何だ此処は詰まらん」


 ソレは至極つまらなそうに、顔が見えずともその心情をありありと感じさせる声でそう呟いた。


「どうせならもっと明るいところが良いな、明るく楽しく退屈などする暇もない。楽しい場所が!例えばこの間の超科学の世界は楽しかった。空飛ぶ船、一瞬で移動する装置、光熱利用の刃物、体に無害なドラック、生身とほぼ変わらない義肢、完全なクローン技術による臓器作成、思い出すだけでワクワクしてくるな!・・・だと言うのにここは何もない。なんてつまらない世界だ。」


 何も見えない世界でソレは先ほどまでいた世界を熱く語る。先ほどまでいた場所が素晴らしかっただけに今居る場所との落差に落胆を禁じ得なかった。


『・・・なんだお前は、ヒトの中にずけずけと入ってきて好き勝手言ってくれる』

「む?誰だ?」


 響くことなく何処までも音が広がっていくその世界が不意に揺らぐ、全知全能と言っても過言ではないソレに今まで気付かれる事なくソコに存在していたモノは、いつまでも語り続けるソレに嫌気が刺したのか言葉を紡ぐ。


『此処はワタシだ。ワタシの世界だ。お前がそこに勝手に入り込み、勝手に落胆し、勝手に語っていただけだ。さっさと出ていけ』

「ふむ、お前の世界な、では世界よ何故ここは何もない?」

『聞こえなかったか?出ていけ』

「暇なのだ。満足すれば出て行く、さあ答えよ。なぜ何もない?」

『・・・・・・・・・・・』


 そこに居たモノは侵入してきたソレの問いかけに沈黙を返し、以降言葉を紡ぐことは、


「答えねば此処で喚き散らし続けてやろう!!」

『!?』

「そうその前は剣やら魔法やらがある世界でな、ずいぶん貧富が激しかった。あれはその内革命が起きていろいろひっくり返るだろう、王族貴族は倒れ、民主主義を掲げながら結局誰かに支配されたがるのだ!人間は愚かだな!おっと確かその前は」


 ソレは世界がここにいる事も語ることも嫌っていることを悟り、その場に座り込み声を大にし今までの世界を語り始めた。

 響くことがないその世界に響き渡るほどの音量でもって語られる続ける事に世界は、


『うっっさい!!』


とうとう耐えられなくなり声を上げた。


「では、答えろ、満足したら出て行ってやるぞ?」

『・・・』

「また、だんまりか?」


 またも沈黙を返すかと思われた。世界は


『・・・満足なんぞしないだろ』

「何?」


 唐突にそう言った。


「どういうことだ?」

『そのままの意味だ。お前がどこの誰だか知らんが、何故此処にいるかは分かったぞ』

「なんだと?」


 世界は質問に答えない。ただこの場に居座るソレに言葉を浴びせる。


『お前には何もない。成したい事も成さねばならない事も、唯々無為に時が過ぎていくのに耐えられず、暇つぶしと銘打って移動しているだけだ』

「・・・だまれ」

『お前は空っぽだ!何も無い。何も持たない。空っぽで虚ろなお前に満たす器などない!!故にお前は何処にも留まらない。留まれば留まるほどに自身がどれほど無意味で無価値な、何も持たぬことを自覚するからだ』

「だまれ」

『此処はお前には似合いだろうさ、なんせ此処には何もない。お前の望む退屈という名を被せた孤独を紛らわせる娯楽は無い』

「黙れ」

『此処はお前を、お前の心を!そのまま写したかのような世界なのだから!!!』

「黙れ!!」


 図星だった。

 ソレには何もない。何も持って生まれなかったのだから。

 ソレには誰も居ない。誰もいない場所に生まれたのだから。

 なぜ産まれ、なぜ生きているのかも解らない。故に空っぽだ。その空っぽから逃げたくて歩いてきたのだ。誤魔化してきたのだ。

 やっと、やっと心についた嘘が馴染んできたのだ。そんな矢先に水を差すようなこの世界に辿り着いた。

 何とか理由をつけて、誤魔化して、嘘を更に塗りたくろうとしたのに、それなのに!この世界は、現実を突き刺してきた。


「何故暴いた!誤魔化して、煙に巻いて、自分ですら見たくなかった物を!!何故お前は暴いたのだ!!!」

『・・・』

「何か言え世界、俺は、オレは、おれはどうすればいいどこにいけばいい」


 一度自覚すればもう駄目だ。誤魔化せない。言葉すら聞き取り辛い程あやふやになっていく。

 自分自身すらも欺いていた嘘を暴かれ、本性を引きずり出され何もかも滅茶苦茶にされた。

 どうして産まれた?なぜ生きている?なぜ誰も居ない場所で一人、全知全能、完全無欠の存在として産まれたのだ!なぜ、なぜ一人なのだ・・・。


 蹲り、膝を抱えるようにすべてを拒絶するソレに世界は問う。


『・・・お前、もしかして寂しいの?』

「さみしいとはなんだ」

『心が満ちず、虚無感を覚え、たまに泣きたくなる程心が寒い』

「・・・・・・・・・・さむい?ああさむい。さむい・・・・さみしい」


 産まれた理由が解らない。ヒトリイきるイミがワからない。こころぼそくて、さむくて、さみしい。


『そうか・・・そうか』


 それっきり世界から言葉はない。自分を暴いたくせに、自分に寂しさを自覚させたくせに、なんて無責任なんだ。なんで、なんで、なんで・・・


 ソレが膝を抱えて黙り込み、沈黙だけが世界に満ちてどれほど経ったか、光も音も無いその世界は唐突に呟く、


『・・・・・・・・・・一緒に生きる?』

「え」


 それは、提案だった。

 初めて聞く自分に向けた、自分の為に紡がれた言葉で提案されたのだ。

 その事に気づきソレは驚きに固まるもすぐに言われた事を反芻し、もう一度思考を止めた。だってソレには世界が何を言っているのか理解出来なかったのだ。


 意味は分かる。でもなんで?だってさっきまでこの世界は自分を糾弾していたのだ。急所を容赦なく、それこそ致命傷になるぐらいまで刺して抉っていた癖に、それなのに。

 自他共に認める全知全能者であるソレは余りの事に混乱する。それ程までにその言葉は衝撃的で、理解不能で、心の底から欲しかった言葉だ。


「なんで・・・」

『そんな死にそうな声なのに理由を聞くの?』

「きく、うそでまたひとりになったら、もっとしにたくなる」


 だってその提案は独りぼっちで生きていたソレにとって何処までも魅力的で、そして同時にどこまでも恐ろし言葉なのだ。

 独りでなくなるのは嬉しい。でも二人を知ってしまったら独りに戻れなくなる。だったら最初っから知らない方が良い。

 子供の様に拙い言葉、そうなってしまう程の衝撃だ。叶うなら飛びついてしまいたい願望がそこにあって、でもそれがまやかしだと思うと恐ろしくて仕方ない。

 だから問う、なぜ?っと、そして世界は答えた。


『理由なんて簡単よ、だって本当は私も寂しいから』

「せかいもさみしいのか?」

『うん、だからここは何もないの、だってここは私の心だもの』

「こころ」

『そう、何もないのは私に何もないから、何も持ってない。何をすればいいか解らない。何をしたいのか解らない。だから此処は何もない。私の心に何もないから』

「なにも・・・」

『ええ、だから決して私を裏切らない。私を思ってくれる私だけの寄る辺がほしい』


 その答えは奇しくもソレと同じだった。

 自分を置いていかず、自分を裏切らず、自分を思ってくれる。たった一人がずっと欲しかった。


「おれ、オレも、俺も欲しい。俺を裏切らない。俺を思い。俺に寄り添ってずっと側に居続けるたった一人が欲しい」


 拙く、聞き取りずらかった言葉は安定する。虚ろになっていた目は光を取り戻し、膝を抱えて蹲っていた体は伸びる。

 気付けば指先すら見えなかった世界でソレは―否、男は自身の手を見る。

 そして、


「あなた、相当長寿でしょ?私はただの人間よ、ずっとは無理だと思うけど」


 黒い布を頭から被った女がそこにいる。

 これがこの世界の―否、この心の主だろう。

 依然暗い世界に同化する黒布で口元しか見え無いが、それでもそこに居る。自らの為に己の心に侵入してきた男に手を延ばした人間が。


「安心しろ、俺は全知全能だ。お前の寿命などどうとでもなる」

「私が長生きする方なのね。別にあなたが私に合わせても良いのよ?」

「はっ!そんなつまらん事するか、世界は無数だ。孤独を紛らわせる為とはいえ渡った世界は楽しかった。次はお前も来んだよ」

「なるほど、有限の寿命では楽しめないわね」


 女は納得したように頷いた。同行することに否はない様だ。

 その事に盛大な安堵を付いた事は、この先長い付き合いになる女には当分の間秘密にすることにした。

 理由はまだ分からないがきっとその内理解するだろう。理解して、笑い話に出来るようになったら話そう、なんせ永遠を生きる自分に付き合ってもらうのだから。


「その代わり、私の我儘も聞いて欲しいのだけれど良いかしら?」

「なんだ」

「あのね。私が人間として生きる時間を代わりにあなたが生きて欲しいの」

「なに?」

「あなた人間じゃないでしょ?それに異世界の人でもある。同じ人間でも育った環境で常識が違うんだもの、違う世界の人だったら常識が違って当然よ。それは苦労する気がするの。だから、私の世界の常識と人間の目線で物が見れるようになってほしいの。ダメかしら?」


 その女の提案に男は唯々目を見開いて、そして、


「ああ、楽しそうだ」

「よかった。私もできるだけサポートするわ」


 男は心底楽しそうな笑みを浮かべて頷いた。

 全ての世界で傍観者をしていた男にとって女の提案は初めての試みだった。しかし価値観の違いを埋めたいという女の言葉は理にかなっていたし、何よりも楽しそうだ。見ていただけのその場所に自分が入って行ける。しかも女の手助けもあるのだ。恐れる事は無い。


「俺の価値観をお前に合わせ、お前の寿命を俺に合わせて共に生きる。この契約で良いな?」

「ええ、良いわ」


 そう言葉を交わし、二人は笑い合った。

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