やっぱり天然だった
「じゃ、またね」
「お疲れ」
そう言って紅とカレンはそれぞれの席の友人たちに別れを告げ二人そろって万屋本舗を出た。
日が完全に沈むほど遅くはない時間、子供たちが駆け足で家路につく道を当たり前の様に腕を組んだ二人はゆっくりと歩いて家路につく、今日の夕飯は遅めにするか軽いものにしましょう。私もだけど紅もさっきまで軽くつまんで飲んでいたから空腹は感じていないでしょう。幸い明日は学校も仕事も無いからダラダラとしていても特に問題は無いしね。
「楽しそうだったな」
「ええ、友人たちと取り留めのない話をするのは楽しいわ。中身が無いからこそ楽しさがあるし、話し続けるのは良いストレス発散になるもの」
「カレンはストレス感じてるの?」
「完全なストレスフリーのヒトって多分どこにも存在しないと思うよ?普段から好きな事だけしてるように見えるヒトだって無意識に感じてるものだろうし」
「カレンのストレスって何?」
ん~。何となく雲行きが怪しい気がするのは気のせいかな?とりあえず様子見しつつ何かあった時用に術式を用意しておこう。
「日々の些細な事よ。料理の味付けが上手くいかなかったとか、狙ってた商品が売れ切れだったとか、実験結果が想定と違ったとか色々」
「対人関係とかはあるの?」
「?特には感じないよ?万屋はみんないいヒトだし依頼人がアレの事もあるけどその時は大体紅が一緒だから一緒にグチグチ言い合えるし、副さんやリーダーが話聞いて場合によっては鉄拳制裁してくれるし、テレポート含む魔法研究もアンさんは話が分かるから苦にならないし、うん。対人関係ではそんな疲れないよ」
そう朗らかに笑ったカレンに少し声を抑えたしかし芯の有る声音で紅は聞く。
「俺はカレンの邪魔?」
「なんで?」
紅の言葉にカレンは即座に聞き返す。否定も肯定もしないのは意図が読めないが為だ。下手な返事が出来る類の質問ではない。
「俺は、カレンの周りに嫉妬してその相手に当たる事をやめられない」
「そうなの?」
「ああ、俺じゃない奴がカレンの側に居て、カレンに話しかけて、カレンを笑顔にして、カレンに触れる。それがすごく嫌だ。腹の底がぐらぐら煮え滾って焦げてへばり付くみたいな不愉快だ」
「そう、それはたいへんだわ。どうしたら不愉快じゃないの?」
「カレンが俺の目の届かない所に行かないで誰の目にも触れず、話さず触れなければ不快じゃない」
そうスッパリ言い切った紅の目には少しの淀みが見えるが、正気を失った狂人の目ではない。つまり通常運転だね。
うーん、しかし誰の目にも映らずに話さず触れないって中々に難しいオーダーね。まず透明人間にはなれないので視界に映らないっていうのは難しいし、触れないっていうのも気を付けることは出来ても完全に無くすのは出来ない。唯一出来そうなのは話さない位かな?筆談とか使えば出来そうだけど失声症でもないのにそれを使うのは唯々面倒ようね。
というよりも多分これは他の誰かに私を感知してほしくないって事だろうから出来る出来ないはどうでもいい事か、多分私はやろうと思えば出来なくもない。けどもしこれらをしてしまえばそれは『カレン』という存在の消失だ。
「世界から私を隠して独りぼっちにしたいの?」
「ううん、独りぼっちにしたいんじゃないよ。俺だけを見て欲しい俺の声だけを聴いてほしい、俺だけに触ってほしい。俺だけに笑いかけて欲しい。俺だけのものになって欲しいんだ」
「私の世界が紅だけになって欲しいの?」
「うん」
「私から紅以外を排除したい?」
「うん」
わぁ随分素直に認めたわね。というかそれを物理的にこなすこと監禁にならない?出来るの?というかしたいのかしら?
「あらあら、それはたいへん生き辛そうね。まず現実問題それを強制したら監禁罪に成りそうね」
「そうだな」
「したいの?」
「多分。でもそうしたら最初は安心するかもしれないけど、今度は逃げられるんじゃないかって不安になりそう」
「難儀ね」
「うん」
つまり早い話が紅に依存しきったカレンを囲いたいと。ついでに言えば監禁したい欲求が無い訳でもないと。うーん、ちょっとこれは本格的に参ってる?そんな内容話してなかったと思うんだけどなぁ。或いはグルグル悩んじゃった感じ?うーん、自白剤とか使って吐き出させるのもあり?
「取り合ずその物騒な気配仕舞いましょうか。一応結界張って周囲から認識できない様にしてるし諸々漏れない様にしてる筈なのに、ヒトが遠ざかるぐらいには酷いし物騒よ」
「う~ん。仕舞い方忘れた」
「あらあら。困ったパートナーね」
困った人だと言いながらもカレンの表情や雰囲気、声には困った様子も呆れの色もまったく見えない。
しょうがないなぁっと言いたげに紅を見上げたカレンは組んでいた左手を離して紅の頭にポンと置きスルリ頬を一撫でしてから前方に翳した。
「ゲート」
そう言った途端目の前に黒い穴が開く、カレンが移動する時によく使う空間魔法の一種で任意の場所同士をつなで穴をあける呆れるほどに高度な魔法だ。それを何のてらいもなく使いカレンはその中に入って行く、勿論腕を組んだままの紅諸共にだ。二人が入りきるとゲートはすぐさま閉じた。
「カレン?」
「ん~?」
「なんで応接間?」
「んー」
「カレン?」
ゲートを繋げた先は玄関と本来その先に在るべき廊下の間に作り出した結界、応接間であった。普段であれば此処ではなくそのまま玄関へと繋げるのになぜ?
そう顔で問うて来る紅にカレンは曖昧に笑って紅の目を覗き込む。カレンに答える気が無く、また自身の内側を見る様に覗いて来ることから何かしら思う所が有るらしいと悟った紅は黙って覗き込んでくる目を詰め返した。
「うん」
「?」
「紅」
「何?」
「自白剤飲んでみる?」
「自白剤?」
「自白剤」
「・・・なんで?」
何かに納得したように頷いたカレンに唐突にそう言われてキョトリと紅が首を傾げて聞き返せばカレンにコクリと頷き返される。
カレンは冷静沈着で思慮深く見えるが、唐突にぶっ飛んだ場所に思考が着地する事もあるので実は油断ならない。そんなカレンの提案に紅の頭には?マークが飛び交う。
多分意味がある事なのだとは思うしカレンの中では筋が通っているのかもしれないが、何故そこに至ったのかは紅にはちょっと良く分からなかった。
「うーんとね。多分紅はある程度自覚してるけど全部は自覚してないでしょ?」
「えーと、自覚って言うのは?」
「私への執着とか私を如何したいのかとか、ついでに私とどうなりたいのか、多分自覚がある以上に色々内側にため込んでる気がするのよね」
「そう、なのか?」
「多分ね。だから自白剤って言うよりも無意識の内側にため込んだものも含めて吐き出す術、催眠術に近いものを使って吐き出してもらおうかと」
「えーと、それって要するに自覚無自覚関係なしに洗いざらいカレンへの感情を吐き出せと?」
「うん」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・引かない?」
「なにが?」
なにがって、歩きながら話してた内容もだけど俺があれコレしてたのも気づいてたみたいだし?それらも踏まえてなんだけど、ドスさんたちと話してたんなら結構分かりそうなものじゃない?それともそんなに突っ込んだ話じゃなかったのか?
「いや、あの、俺結構なんて言うかヤバイ?自覚有るんだけど、あと周囲も俺がおっかないって言ってるし、さっき言ったのだって結構アレだったと思うんだけど・・・」
「ああ、重たいって言いたいの?」
「うっ、まぁはい。普通は引くらしいよ。逃げたいって思うらしいんだけど、カレンはそういうのは無いの?」
「?今更?10年も一緒に居て?」
「うぐっ」
「出会った当初からその片鱗はあったし、それでも一緒に居たんだから怖いとは思わないよ。それに私逃げるの上手いよ?紅が本気出しても捕まらないし逃げ出せるし返り討ちにも出来るし、怖がる必要性ある?」
「うぅ、純粋な実力差が憎い」
実力で言えばB級相当の紅でも面倒事を嫌ってA級にならないカレンには到底かなわない。暗殺ばりに不意を突けば倒せなくもないが、そもそもそういう話ではないので意味が無い。
「だいたい無理強いは世界ルールで弾かれるだろうしね」
「ごもっとも」
降参っと言いたげに紅は両手を上げて肩をすくめた。
何と言うか、幼少期からの付き合いなせいで色々諸々知られてるしそれをそ知らぬふりし続ける辺りが図太い。
「因みにどの辺まで気付いてる?」
「ん?ん~あんまり?囲い込まれてるなぁっていうのは知ってるし初対面の求婚が本気で今も変わらないのも知ってるけど何処で誰にどんなことしてるかは知らない」
ほっ。そうか邪魔者を排除するのに生命を損なわず精神だけをピンポイントで削いでたの知られてないんだよかった。・・・・ん?
「・・・プロポーズが本気だっていうのは知ってた?」
「ん?うん」
「・・・・・なんで返事が無いんですかね?」
俺10年間毎朝言い続けてたんだけど?ソレに一言もないってどうなんだ?普通に流されまくっててそれが当たり前になってたけど最初の頃は結構勇気振り絞ってたんだぞ?
「?紅はまだ未成年だし結婚可能年齢でもないでしょ?結婚できないのにプロポーズ受けるのって変じゃない?特に子供の結婚してって信用ならない言葉ベスト3に入りそうなものだし、ショタコンじゃない限り真に受けなくない?」
「・・・・・・・保留するとか年齢制限取れたらとかそういう話をしてくれても良いと思うんだけど?」
「しても良いけどめげずに毎朝向かってくるのが楽しくて、あといつ断ってないって気付くかなって思いながら流してた」
「ガッテム!!そうだった!カレンは悪乗りするタイプだもんな!」
ソレでよく一緒に悪戯とかしたもんな!この間の死者のロード突撃もそうだけど兄ちゃんの嫁さん騒動も、姉ちゃんの拾った者入れになった施設もオールさんとかダンさんとかとの悪乗りによって規模がデカくなったもんな!俺相手にもやるよなそりゃ!!!
「イエス!!!当ったり前じゃない。朱にも藍にもやったのよ?紅相手にだって壮大な悪乗りと悪戯するわよ。それにさ紅、私とあなたの立場逆転してみ?」
ふむ、立場の逆転。つまりロリカレンにそれなりの年齢の俺が出合うと。
そんで出会ったばかりのロリカレンに結婚してとせがまれたら?そりゃ全力でOKしたいけど年齢差を考えれば本気には出来ない。なら数年間様子を見つつ自分を見てもらえるように誘導しながら待つな、ついでに光源氏ばりに教育するのもありかもしれん。
「俺が逆の立場でも同じことしたわ」
「でしょ?だからまぁ流した。10年も気づかないとは驚いたけどね。因みに私は光源氏計画はしてないよ」
「てへぺろ」
「紅みたいな体格でやっても可愛くない。ところで」
「ん?」
「自白剤、ならぬ自白術掛かってみる?どの程度溜めてるか知らないけど洗い浚い話してもらった方が後々面倒が無いと思うんだけど」
うーむ。カレンへの思いは自覚してるだけでも相当重いってのは分かる。周りから言われるのもそうだ俺自身偶に引くくらい心狭いし暴走しかける事もあるし、それを無自覚部分まで本人に見せるとか怖がられそうなんだけどなぁ。あ、でも10年間の自覚済みの部分は受け入れられてたらしいそっちもいける?でも俺だけ晒すのもなぁ・・・。
「カレンの無意識も晒してほしいんだけど」
「私の?」
「うん」
「良いわよ。じゃぁ互いの無意識を夢で見られるようにしちゃおっか、起きた時に色々話し合うって事でどう?」
「何の躊躇もなく見せてくれるんだすげえ、カレンかっこいい」
「でしょ?」
ニヤリと笑って胸を張るカレンが可愛い。
いやもうホントかっこよくて男前で綺麗で可愛いなんて最高なんだけど、惚れ直すわ。いや毎朝惚れ直してるけど、今、なうで惚れ直したよ。
「じゃぁ準備してちゃっちゃか寝て起きて話そうか。互いの無自覚を覗く事で何かあったら困るしこのまま応接間の結界を使いましょう」
「りょーかい。うっかり暴走とか笑えないからな」
「ええ、笑えないわ。幼少期にあなたが起こした暴走で家が吹き飛ぶかと思ったもの。あんな思いは二度とごめんよ」
「ご苦労掛けました」
「いえいえ何事も無かったから良いのよ」
カレンは軽やかに流してるけど実際は結構な惨事だった。俺に負担がかからなように暴走した能力を封じ込めるっというか上手く力を往なして問題ない場所に逃したんだよな。
まだまだ力の使い方が未熟だった時に起こした暴走騒動は本当に酷かった。原因は普段無意識にしてる力の蓋をうっかり開けて閉められなくなった事だ。自分の力とはいえ使い慣れない量が全身を駆け巡るものだから体が内側から弾け飛ぶ寸前だったのだ。
如月紅という人間は力が強い。下手したら自分自身だけでなく周辺を巻き込んでの大爆発になるところだ。しかも事故の様なものだから巻き込まれたヒトは世界ルールに守られる事なく死ぬ。世界統合初の大量殺人をやらかす所だったとか笑えなさすぎる。
数年後自分がその立場になってあの時のカレンの苦労が本当に良く分かった。当時は気付かなかったが周囲に影響を出さないようにも立ち回ってくれていた。おかげで家で暴走したのに何処にも傷一つなかったんだからカレンは凄い。俺が抑える立場になった時は周辺薙ぎ倒して更地にしちゃったからその難しさが良く分かる。うん。カレンは本当に凄い。
「術お願いしていい?」
「勿論、そもそもどういう術使うか分からないでしょ?それに術は紅より私の方が不得意でしょ?任せるのは怖いわ」
「その通りです。もう全面的にお任せします」
幼少期の暴走がトラウマで不得意になったとか今回の事でバレそうだなぁ。まぁバレたらバレたでトラウマ克服に付き合ってくれるかもだしプラスと捕えよう。うん。
「よし、準備できた。じゃあ紅ソファーでも床でも長時間取ってて楽になれる姿勢になって」
「ん。此処のソファー寝るのには向かないよなぁ」
「そのためのソファーじゃないからね。何だったらベット持ち込む?」
「流石にたいへんだろ異次元収納にハンモックとかあったような」
うろ覚えで探った異次元収納の中には思った通りハンモックが入ってた。なんでこんなの入ってるんだっけ?
まあいいや、取り敢えず使おう。応接間の壁、即ち結界の端っこを引っ張って突起にしてハンモックの端を括りつけて程よく張る。枕をセットして毛布を掛けて、よし。
「いいぞ」
「随分寝心地が良さそうね。ちょっと毛布あげてくれる?」
「?おう。異次元収納内にハンモックがなんで入ってたかは謎だし枕も毛布確り入ってるあたりはホント謎だけど寝心地は良いな。ところでカレンさん」
「なあに紅さん」
「何で、毛布の中に入ってくるのでしょう?」
カレンに言われて紅が毛布を体から離すとその隙間にカレン本人が滑り込んでくる。その状況に動揺が隠せない紅をしり目にカレンは紅の胸に頭を落ち着かる形で落ち着こうとしていた。
「ダメ?」
「いや、だめって」
あの、想い人が自分の上に乗って来るとかご褒美でしかないんですが、手を出したらダメな奴ですよね?生殺しですか?
「互いの中を見るから物理的に近い方が良いんだけど、触ってる方が接続しやすいし、って心音凄いわね。これじゃ寝れそうにないわね」
そりゃな!!!心底惚れてる奴の顔が自分の胸にあるとかドキドキするに決まってんじゃん!!!!心臓壊れそうなんだが!?
「うーん。じゃあこうしましょう」
「っ?!?!!!」
紅の心臓が爆音をたてたまま収まらない事に少し悩んでからカレンは少しの重力操作を駆使して自身の心音が紅の耳に入る様に体制を入れ替えた。
すなわち、紅の頭をカレンが抱きかかえる体制に持って行ったのだ。
それに気が付いた紅の頭が真っ白になったの仕方がないし、そのまま意識が遠のいて気絶したのもまぁ防衛本能のようなものだろう。
「あら?速攻で落ちたわね?心音は最強の睡眠導入剤とは言うけれど即効性在り過ぎじゃない?」
多少なりとも紅からの好意に自覚が有ろうともやはり天然が9割を占めているカレンはキョトリと首を傾げて意識を飛ばした紅を抱きかかえ、術を発動して自身も眠りに付いたのだった。




