違和感
カレンに連れられて歩いた先に在ったのは蔓バラが彫られたアンティーク調の両開きの扉であった。
先ほどの試験用の扉と違いちゃんと扉としての体裁を整えたれっきとした扉である。
ほう、ここが学長室か。
うむ、見事なバラの彫り物じゃ、掃除とか大変そうじゃのう。
魔法で汚れが付かないように加工しているらしいから大丈夫?そうさのう、細かい彫り物だとそうなるじゃろうなぁ。
「時にカレンよ」
「ん?」
「この彫り物魔法陣が見えるんじゃが気のせいじゃろうか?」
蔓がうまい具合に重なって魔法陣になっている気がするのじゃが?いや偶然そう見えるだけで効果がない、という可能性も普通に、
「わー凄いわアンさん。隠し彫りなのに良く分かったわね」
「気のせいじゃなかったのじゃ?!こんな複雑な事誰がやったんじゃ、しかもよく見れば霊樹で作られた扉に物理も魔法も跳ね飛ばすタイプの結界陣じゃ、大魔法の直撃だろうと勇者の一撃だろうと跳ね返さんか?」
「科学の粋を集めた現代兵器すら跳ね返すらしいわよ?」
「・・・」
絶句とはまさにこの事じゃな。
何故そんなものが一学園の学長室の扉に使われとるんだっと言った所じゃが色々言葉にならん。唖然とした顔で扉を見とるせいで我の顔はすごい事になっとる気がする。
しばらく茫然としていたエーデルワイドはふと何かに気付いたように扉を眺めて首を傾げる。
「この扉何だか妙に見覚えがある気がするんじゃが?」
「んー。良く分からないけど取りあえず中のヒトをお待たせしちゃうから入りましょうか?」
「む、そうじゃのう」
首をかしげるエーデルワイドにそう言ってカレンは扉をノックする。
するとすぐに返事が返ってきたので本当に待たせていたらしい。
いつまでも違和感に首を傾げていても仕方が無いので先に入ったカレンに続きエーデルワイドもその薔薇の扉の中に入った。
「ようこそ、薔薇学園へ」
出迎えたのは美しいヒトだ。
部屋に入って正面には大きなステンドグラスがあり扉と同じ紋様が描かれている。そのステンドグラに背を向ける形で立派デスクが置かれそこにそのヒトは居た。
ステンドグラスから入ってくる光を受けて紫色の髪は輝き、少し赤味が強い同系色の瞳は温かな笑みに形作られ、薄く色付く唇もまた微笑みを刻む、上質なローブを身に纏ったその姿は魔法学校の校長を想像すると分かりやすいだろうか?ただ顔がべらぼうに良い。流石に万屋の副リーダー並ではないが、副リーダーになれていないとポーとするレベルにはイケメン、
「男?」
そう、イケメン、イケてるメンズ略してイケメン、即ち目の前のはヒトは男だ。
ここ男子禁制じゃなかったっけ?確かそれで紅の同行を禁止していた気がするのじゃが?
「はい。男です。そんな事より試験お疲れさまでした。疲れたでしょうからそちらにお座りください。今お茶を入れますね。紅茶は飲めますか?」
日本人にしては少し濃い目の顔立ちをしたそのヒトは穏やかな笑顔を浮かべながらデスクから立ち上がり、自身の右手側にあるソファーセットを示しながら聞く。
「ありがとうございます学長。私は紅茶で大丈夫です。アンさんは?」
「う、うむ。我も問題ない」
「では、座ってお待ちください」
にっこりと笑いながらそう促されてソファーに腰かけたが、お茶は学長自ら入れるものじゃったろうか?
妙に腰の低い学園の長にハテナマークを出しつつも待つこと数分、温かな湯気を出す紅茶のカップが目の前に置かれ、その向かいにカップを置いた張本人が座った。
「お待たせしました」
「いえいえ、此方こそ所々寄り道しまして遅くなりました」
「む、それは我のせいだ。学長殿カレンを怒らんでやってくれ」
「勿論です。初めての方が色々見回して遅れるのはよくある事です。お気になさらずに、ですが次から気を付けてくださいね」
「わかった」
学長室に呼ばれる事がそうそうあっても困るが、その時は気を付けよう。出入りは自由らしい故暇なときにでも見て回って目を慣らしておくのも良いかもしれぬのう。刺繍に落とし込んでも見栄えがしそうな彫り物が各所に見られる故、良いインスピレーションになりそうじゃ。
そんなことを頭の隅で考えつつ、さっそく始まった学長殿の学校説明と校則等の話を聞く。
む?他所事を考えている余裕があるのかとな?並列思考持ちゆえ無問題じゃ、ちゃんと話を聞きながらそれを整理しつつの他所事なので問題はない。そもそもそれ位出来ねば一派閥の長とかできんのじゃよ。
ふむ、聞く限り普通の学園じゃな。我はこの時代に不慣れゆえ初等部からにはなるがソレは元から承知じゃ、そもそもこの時代の基礎知識を学ぶために通うのじゃから当然じゃな。ただし古代者がゆえに一部の知識、魔法や魔法薬学等は基礎を飛び越えてプロレベルゆえ授業は免除になるようじゃ、はて?薬学知識を披露した覚えはないのじゃが?
え?万屋の副リーダーからお墨付きをもらったとな?確かにカレン達が来る前にそんな話はしておったがアレ試験の一部じゃったんか?
副リーダ判断でどの程度できるから事前チェックしもらった?万屋の副リーダーの判断なら間違いないのでそのまま採用っと。あんヒトはどれだけ信頼厚いんじゃ?タダの雑談レベルの会話ぞ?
え?リジェネの製造法知ってるのは一部だけ?あの時代ではそこまで大ごとではないのだが、確かに作れるものとなればほんの一握りではあったが製造法はそれなりに知っとる者もおったぞ?我?我は作れる方じゃな。
それなら薬学系はパス?今の薬とかも興味あるんじゃが?
大体世界基準を統一されただけであまり変わりはないし、新しい製造法も出来てはいるが昔からの製造法が一番効果があるのでその方法で作って卸してくれ?
むー。懐が寂しいゆえに材料費が・・・え?出してくれる?寧ろ学園に薬草園、魔薬草園があるのでそこのを使ってよいとな?よろしいならば荒稼ぎじゃな!
制作小屋と保存場所、保存瓶の確保を頼むぞい!
ところでさっきから気になっていたんじゃが、
「此処は男子禁制と聞いていたんじゃが先生方はその限りではないのだろうか?」
「?男子禁制などではありませんよ?薔薇学園は普通に共学です」
「・・・ここに来る前副リーダーにそう聞いたのじゃが?」
「ああ、多分如月君対策ですよ。彼ファンクラブが出来る位には顔が良いですし若いのに強いでしょ?下手にヒトの多い所に来ると面倒なことが多くて、今回もほかの生徒の勉学の邪魔にならない様に遠慮してほしいとお願いしたので」
「そ、そうなのか」
「はい。なので今から来ようとしないでくださいね。気配に敏い者は気付いてしまいますので、それで絡まれるのは嫌でしょう?」
そう言って学長はカレンの頭、正確にはベールに着けられている木製の髪飾りに話しかける。
何も変哲もない木で出来た睡蓮の髪飾りに見えるが、
『チッ』
そこから紅の声が聞こえる事からそれが紅がカレンに渡した通信道具であることが分かった。
中々精巧な作りの髪飾りなのだがあんな短期間で作ったんじゃろうか?というか確か紙に血を垂らしたインクで作っていたような気がしたんじゃが?
血を垂らしたインクで式を描いた紙を折って作った花に幻術を掛けて木製の髪飾りにしたと、質感すら騙す幻術かぁ高度よのぅ。
「あら?わかった?」
「ええ、素敵な髪飾りですね。ですが術を掛ける時間が短かったのか隠匿しきれていないですよ?玄人を欺くには足りません」
『知ってるよ。一流まではイケると思って編んだからな、玄人向きに編んでない。薔薇学園が男子禁制とか聞いた事ないと思ったがただの方便かよ』
「おかげで絡まれないんですからいいじゃないですか。夜のヒト、取り分け女性は良い子種を得ようとそれはもう強引に男性に迫るんですから。餌食になりたいんですか?」
『・・・チッ』
「今後とも来ないでくださいね。騒ぎはごめんです」
にっこりと、見えない向こう側にすら通じそうなほど鮮やかに笑って言い切る学長はたいへん強い。何と言うか逆らってはダメなオーラが出てる。
それを真正面から浴びているはずのカレンはチラリとも動揺せずに口元に笑みを浮かべたまま出された茶菓子と紅茶に舌鼓を打っている。
隣に居るだけの我でも少し寒いのにカレンが余裕過ぎる気がするんじゃが?
「S級に一度でも会うと大体どれも怖くないわよ?」
会った事があるのかそうか、深くは聞くまい。は?会わせるかじゃと?遠慮しよう。いやむしろ拒否させてもらおう!我まだその域には達したくはないのじゃ!
っといつの間にか学長殿と如月の無言の話し合いが終わったらしい。寒気のしない温かな笑みを湛えた学長殿と向き直りもう少し話合い。
一応建前として一通りの教科と希望教科の試験を行い。そのテストの点数によってどの授業を免除するかを正式に決定する。
以降その授業を受ける必要はない。ただし学年末試験だけは受けること、そこでの点数が良ければ来年度以降も免除で良い。
免除の間遊んで良いのかと言われればそうではない。何かしらの研究をして成果を出すこと、どんな研究でも何かしらの成果が出るのであれば良い。
例えば世界一不味いゴブリンの肉を美味しく食べる方法、例えば野生のスライムと意思疎通をする方法、例えばカレーうどんを飛ばさずに食べる方法等々。
うん、全部どうかと思うしちょっと最後の本当に意味が分からないが、其々成果は出ているらしい。
ゴブリン肉は食べれたモノじゃないから食べれるけど食べたくないにまでなった。その方法はゴブリン以外の肉にも適応できたので食用肉の幅が広がった。
野生スライムとの意思疎通は、何となくスライムのいく先を誘導できるようになったらしい。その応用でスライム以外の自意識があるのか微妙な種族との意思疎通に成功した。
カレーうどんは最終的に飛ばさないは無理なので飛んでも問題ない状態にした。体全体をピッタリと覆いつつも五感には作用せずに味や匂い温度を感知できる結界を開発した。そしてその技術を応用したものが災害時に利用する作業スーツの補佐に使られるようになったとか、カレーうどんおそるべし。
「まあ、なので気軽に自分の興味のある事を研究と称してやってみてください。最終的にレポートの提出と実演をしていただければ結構です」
「うむ、心得た」
「以上で説明は終わりです。何か質問はありますか?」
「学園についてはないが、学長本人には少しあるのじゃが」
「それは、書類を書いてしまってからでも良いですか?」
「うむ。学園への編入は問題ないからのう。先に済ませてしまおう」
っという事で必要書類に目を通す。まあ一般的な内容じゃな、説明された以上の事は書いてない。うむ、問題ない。
「書いたぞ」
「はい、ありがとうございます。これであなたは今この瞬間からこの薔薇学園の生徒です。編入おめでとうございます」
「ありがとう存じます。ところで学長殿」
「はい?」
「おんし、名は何というのじゃ?」
「シオンと申します」
「ほう。シオンか良い名じゃのう」
「ええ、母に付けていただいてとても大切な名前なんです」
「そうかそうか。・・・・シーは随分と大きくなったんだね。立派になって感動で泣きそうだわ」
「え、泣かないでママ」
・・・・・・・・・。
「あ」
「なんか見たことある顔だと思えば!!お前は我が看取った娘か!!先に言え!!!!!」
「ごめんなさい!!だってママだと思わなかったし!部屋に入ってきた時とか本当にびっくりしたんだよ?私のその時の心情もおもんぱかって!?」
「男の顔で女言葉を使うでない!いや、それが癖なら兎も角普段使いでないなら昔に引きずられるでないわ!!」
「ごめんなさいいいぃぃぃ」
ギャーギャーとし始めた二人を置いてカレンはそっと部屋を出る。その際部屋全体に防音の結界を念入りにかけたのはせめてもの親切心だ。
うん、実は知ってた。学長ことシオンさんが前世のお母さまを探していることも、エーデルワイド・スリンプ・アンドロダスがその母親だという事も。
だって名前や容姿を聞いてたし性格も聞いた通りだったから間違いないと確信した。彼女がバラの創設者だったことには驚いたけど、衝撃なんてそれ位だ。多分副リーダーも気づいたからここを紹介したんだろうね。
あ、そうそう、アンさんが気にしてた扉はアンさんが娘の為に作った物を生まれ変わったシオン学長が探し当てて取り付けたものだ。だから知ってて当然、多分気付かなかったのは遥か昔過ぎて覚えてなかっただけだろうね。
更に今の会話を聞く限り男女の差があるぐらいで顔も当時と似てたみたい。
多分すぐに気づかなかったのは性別の反転と生まれ変わりの発想がなかなか出てこなかったからだと思われる。
それでも最後にはそれに気付くんだからすごいね。親バカだね。
うふふ、面倒に関わりたくないからこのまま退散っと紅と一緒に万屋本舗でお茶でもしましょう。




