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普通に生まれて当たり前に育ち、極々平凡に日常を生きる。  作者: 梓川 由紀
面倒な予感・・・
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つぼみ

 美しい薔薇は生け垣として敷地の境に植わり、出入り口には蔓薔薇のアーチが置かれ、そよ風が吹けば薔薇の華やかな香りがするその薔薇園は通り過ぎるヒトの目と鼻を楽しませる。そこを孤児院と初見で見抜けるものはあまりない。


 ここは渡し屋ギルド万屋のパティーメンバー、アリスが経営し自身の邸宅としても利用している孤児院『つぼみ園』である。

 生け垣の薔薇には棘など一切なく、只かぐわしい香りと可愛らしい花を付ける様に品種改良された種だ。その花びらは乾燥させてもなお薫り高いため選定も兼ねて摘み取った薔薇はドライフラワーやポプリとして加工し園の収入源の一部となっている。

 アーチの蔓薔薇は生け垣の薔薇と連動し侵入者除けの結界になっているので窃盗や誘拐などが目的のヒトを弾き、時にはその蔓を伸ばして捕まえるなどする。因みに攻撃時には棘が飛び出るので実にえげつない。


 そんな孤児院の一室、応接室としいて使われる中庭に面した部屋ではつぼみ園の園長アリスが昼過ぎにやってきた紅と対峙ていた。


「昨夜はお楽しみだったようで」

「殺す」


 席に着くなりニコニコと笑いながらそう宣った紅を本気の殺意と殺気を込めた視線でアリスは射貫いた。

 通常であれば失神もやむなしなソレを紅はそよ風の様に受け流し、


「揶揄われるのが嫌なら隠すものはちゃんと隠せ、耳の下が赤い」

「なっ!」


 さらに指摘して涼しい顔で出されたティーカップを持ち上げた。

 指摘されたアリスは一瞬で顔を真っ赤にして首元を抑える。うむ、実に初心な反応だ。

 慌てふためきつつも括っていた髪を解いて首を隠すアリスを他所に持ち上げたカップを傾ける。中身はごくごく普通の紅茶だ。バラのバの字もない。

 バラ好きで有名なアリスではあるがその趣味を他人に押し付けたりしないイイ女なのだ。


 彼女の相も変わらず見事な金髪は緩やかなウェーブを描き今は首筋を隠す役目を担っており、吊り上がる目元はきつめの印象を与えるが紅玉の目は美しく煌めき見る者を魅了する。豊満な肉体は遊びの有る衣服により曖昧に隠されているので分かりずらいが、見える肌はまっさらな絹の様に美しい白だ。華やかなドレスと豪華な髪形を結えばお伽噺に出てくる女王様の様な見た目だ。

 事実その姿だけを見れば物言いがきついアリスは傲慢で高飛車に見られがちだ。

 しかしその見た目に惑わされずよく見てみるときつい物言いはタダの癖で子供が好きな心優しい女性である事に気付く者は気付く、気付かない者は一生気付かないのは、まあ普通のヒト相手でもよくある事だ。


 そんな詮無い事を考えながらアリスのバタバタが収まるのをボンヤリと待つ、本来であればいつも隣に居る愛しのカレンと談笑などをしながら待っているのだが、寧ろアリスの存在を忘れるぐらいカレンと話すのだが生憎と本日は別行動だ。

 ほんとに憎々しい事に別行動をしている。うっかりその原因に致死量の呪いを送りたくなるぐらいに憎い。既に致死量未満の呪いなら送ってはいるが殺気が多量に含まれているせいで強制力にシャットアウトされているので届かない。口惜しい。


「っさむ!?」

「おっと、悪い漏れた」

「な、あんたなんてもの漏らしてんの?!そういうのは一片も漏らさず抑え込みなさい!」

「おう、気を付けるわ」


 憎い相手の事を考えていたら少し憎悪的な何かが漏れ出たらしい。向かいに座るアリスに背筋を震わせながら説教された。

 アリス本人もバイト中に緑の魔女に触ろとした客に割とシャレにならない殺意向けているのでその言葉はブーメランなんだが指摘しないでおこう。誰が向けてるか分からない様に細工してるみたいだから言わぬが花だ。


 まあ魔女の方もアリスに下世話な目を向けたヤツの顔を確り覚えてるからお相子なんだろうな。しかしそいつの呪い依頼を俺に持ってくるのはどうかと思うだが、受けるけど。


「で?」

「ん?」

「なんか用があって家に来たんじゃないの?用もなく来る奴に構うほど暇じゃないのよ」


 そう言ってアリスが目線をやった先はつぼみ園の中庭、そこでは園の子供たちが園内の洗濯物を干しているのが見える。


 つぼみ園では自分たちで出来ることは自分たちでっと教育しているので年長者を中心に縦割り式の班をいくつか作り、掃除、洗濯、料理(大人着き)、畑の世話、家畜の世話、赤ん坊の世話、休憩を日替わりで回している。

 今中庭で洗濯物を干しているのもそのうちの一つの班だ。庭の逆側にある畑では今頃水やりと雑草抜きに汗を流している子供たちもいるのだろう。紅達のいる部屋の外では廊下を行き来する音と微かな水音で掃除をしているのが分かる。少しこもった泣き声は別の部屋で寝かされていた赤ん坊の泣き声だろう。それら生活音の合間に子供たちの笑い声が聞こえる何とも微笑ましい光景だ。


 世界が統合されたことによる弊害の一つに孤児が上がる。

 現代日本では見られる事は無いが少し海外に目を向ければストリートチルドレンは見られ、他の世界では路地裏に転がる骨張った子供は当たり前であった。勿論転がる子供のいない国はあるがそれが表面だけであるか根本的に解決済みかという問題もある。兎にも角にも世界統合により親や家の無い子供は増えそれを保護する動きが起こった。

 しかし現実問題としてヒト一人養うのにはお金も場所もヒトも掛かり過ぎる程に掛かる加えて保護すべき孤児は人間だけではなく多種多様であった。

 故に世界全体の問題の一つとして孤児が挙げられたのだ。

 掲げたい理想と現実問題の板挟みに四苦八苦していた現状を解決したのが吸血鬼の共存を主とした愛を謳うバラの派閥だ。

 古い血筋と優秀な頭脳、才覚を備えたバラ達は瞬く間に綺麗な金を作りコネクションを作り居場所を確立した。統合から一年を掛けて行った下準備のあとは各国で孤児院を作る或いはずさんな経営をしている孤児院を買い取って路地裏の子供を投げ入れたり、もろ事情により転がり込んできた子供を受け要れたりしてその勢力を伸ばしていった。

 バラの派閥が世界中で有名になったころには孤児の問題はあらかた片付いていた。


 そんなバラの派閥が作った孤児院の一つを任されているアリスは渡し屋としても経営者としても優秀で尚且つ多種多様な子供たちを愛していた。

 そんな愛しい子供たちの健やかな姿を見て、聞いてアリスの機嫌はだいぶ上がったらしい。目元を緩めて穏やかな表情で耳を澄ませる。普段は見せないその表情は流石はバラに所属するだけあって慈愛に満ちた表情だ。普段の女王様は成りを潜めている。


 アリスが穏やかに眺める中庭に紅も目線をやり、静かに口を開く。


「昨日の王様さ」

「ええ」

「バラの創設者だったよ」

「っ!」


 紅の言葉にアリスが息を呑み、こちらに目を向けたのを感じながらも紅は庭を見続ける。


「バラが有るなら世界を愛せそうだって」

「・・・そう」

「ああ、だから生きるってさ」

「そう」


 視線を合わせることなくそれだけ言った紅にアリスもまた、言葉少なに返して紅へ向けた視線を庭へと戻した。


「何かあったら頼りなさい。と伝言を頼めるかしら?」

「いやだね。自分で会って伝えな、見も知らない奴には頼りずらいだろ」

「ああ、そうね。そうするわ、連絡先は?」

「今頃寮付の学校の手続き中だろうから落ち着いたころに教える」

「分かったわ」


 それ以降会話はなく、紅は出された茶と菓子を腹に収めてから帰っていった。

 幾度か訪れている園内は特に案内の必要もなく、案内される様な仲でも無い紅は身軽に部屋から出て行きアリスもそれを咎めるでなく、その背中を見送る事もしない。

 そんな暇が有ったらいまだ泣き止まない赤ん坊をあやしに行くほうが余程健全だ。

 その考えを実行するためアリスは出した茶器を片付け、泣き声が止むどころか増え始めた子供部屋に向かうのだった。

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