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普通に生まれて当たり前に育ち、極々平凡に日常を生きる。  作者: 梓川 由紀
面倒な予感・・・
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本能

「おはようカレン。結婚してください」

「おはよう紅、ごはん冷めるわよ」

「む、それはいかん。いただきます」

「はい。召し上がれ」


 いつも通りの挨拶をして、いつも通りの答えを返された紅は、いつものように席に着いた。要するにいつも通りの朝である。


 本日の朝食は炊き立ての雑穀米と昨夜のみそ汁、夕飯だった煮物を卵でとじてリメイクしたものと大根のサラダ、納豆、海苔、デザートにヨーグルトとイチゴジャムが添えられている。


「いちごジャムなんてあったか?」

「作ったのよ。小振りで食用とするには少し味気ないイチゴが安売りしてたから大量購入したの、こういうのは全体量の一割の砂糖と一緒に煮詰めるといい感じになるのよ」


 イチゴが甘すぎない方が味の調整にはいいらしい。あと小粒だと食べやすいんだとか、うん、それは分かる。大きいと切りたくなるよな。


「へー、ヨーグルトも見覚えないんだが?」

「それも自家製、通常の牛乳に種菌になるヨーグルトを入れて一定の温度で数時間置いておくと出来るのよ」


 小さな結界を張ってその中の温度を一定に保ち結界内時間で数時間後には切れる様にして冷蔵庫に入れて置いたんだとか、おかげで冷たくてうまいヨーグルトが出来ている。時間操作も入ってるので出来上がるまで一時間もかかっていないらしい。相も変わらず高度で繊細な力加減である。


「へー、イチゴとかヨーグルトを昨日買った覚え無いんだがいつ買ったものなんだ?」

「今朝よ。今日は予定ないし、紅も昨夜が遅くてぐっすり寝てたからちょっと一人で出て来たわ」

「起こしてほしかった!」


 なんで一人で行っちゃうかなもう!てか起きろよ俺!


「ただ朝市に行っただけよ。別に何か有る訳でもないんだから気にしなくてもいいじゃない」


 違うんだカレン、そうじゃないんだよマイスイートハニー!愛しいヒトよ。

 カレンと一緒に出かける機会を一回無駄にしてしまった。このことが一番の問題なのだ。俺は出来る限りカレンと一緒に居たい。一分一秒離れたくないとか思ってる。

 そんなこと言ったらカレンにドン引かれそうだから言わないし、現実無理だから言わないけど、心情としてはそんな感じだ。


 因みに姫鬼達にぽろっと漏らしたらドン引かれた。俺の素直な吐露だと言うのに失礼な奴らだ。


 兎に角何が言いたいかというとだな。何故!カレンが家を出る前に気付かなかったんだ俺!!

 という事だ。


「何もなくてもカレンと一緒に居るだけで俺は幸せだし、カレンとの買い物は楽しいから一緒に行きたかったんだ。あと朝市とか楽しそうじゃん」

「そうね。普段見れないものも出てたりするから朝市は楽しいわね。紅がそんなに朝市に興味があったなんて知らなかったわ、ごめんね気付かなくて、次に機会が有れば起こすわ」

「うん、そうしてくれ」


 ちょっと違うし、俺の言葉の最後以外がスルーされている気もするがいつもの事なので、


「あと私も紅と一緒に居るのが好きだから一緒に行きたいわ」

「っく、クリティカル!」

「あらあら」


 カレンが!カレンが好きってああもう幸せだ!しかし心臓に悪い!!楽しそうに笑ってるけどわざとか?わざとですか?それはそれで可愛いから許す!!


 若干思考がおかしいのは仕方がない。心底惚れた相手が気紛れの猫の様に稀に零す愛情は貴重だ。意識しているのいないのか、カレンは好意を口にすることはあまりない。勿論口にしないだけで態度や雰囲気に表れるのでその好意を見逃す紅では無い。特に紅はカレンの機微には人一倍敏感なのでどの相手にどのような情をどの程度向けているのかまで分かる。


 はい、そこ気持ち悪いとか言わない。その察しの良さが無ければ今頃幾人の男どころか女たちが血祭りになったと思っているので?この男は基本的には心が広いが、ことカレンについてのみ嫉妬深く心が狭いのだ。

 もしヒト一倍の察しの良さを持っていなければ今頃紅はカレンが好意を寄せるそのこと如くに嫉妬してすり潰しに向かうだろう。


 え?世界の強制力的に無理だろうって?そんな事は無いよ?だって世界の強制力は他者からの殺意と本人の拒絶に働くからね。本人が拒絶する間もなく殺意を持たない事故で死ぬ事故は稀にだが起こる。

 故に理論上は殺人は可能だ。あと本人同士の同意が有れば殺し合いは成立する。なのでどちらかの条件を満たせば邪魔者の物理的排除は可能なのだ。

 そして紅は天災だ。意図的に事故が起こる様にヒトを物事を自体を動かす事はいともたやすい。

 要するに紅がカレンの機微に聡く、尚且つカレンが紅へ向ける好意が他の誰よりも深い事は世界的利益なのだ。


 ・・・いやほんと大げさでなく世界規模なんだよ。だって紅は統一によって膨大な広さになったこの世界の半分を道ずれに出来る位のポテンシャルを持ってるのだ。だからいつか世界中の大量破壊兵器の発射ボタンがうっかり押されるなんて自体が有っても不思議でない。

 その可能性が1%未満か0%かの違いではあるが0%である方が好ましいのも事実なので今の状態は幸運なことだったりするのだ。


 閑話休題


「ところで今日はどうする?もうお昼に近いけど」

「んー。一応ドスさんのこと聞きに万屋に行こうかと思ってるんだ。あとはアリスにもちょっと話しておこうかと」

「そうね。アンさんについては副さんに一任しちゃったけどアリスちゃんに話しておくのはいいかもね。最初の内は少し巻き込んじゃったし」

「半端とはいえ巻き込まれたからには事後報告でも欲しい物だしな」


 いやー、本当は盛大に巻き込むつもりだったんだがな。箱の前に連れ出したときのあの動揺の仕方をみて断念したんだよな。

 箱を前にした時のアリスのあの顔、あれは恐怖と畏怖そして強者への憧れだった。



      ※      ※      ※



 吸血鬼には強者尊敬の精神が根付いているそれはもはや吸血鬼の本能と呼べるほどに強い。そしてそれは共存と愛のバラですら例外ではない。


 故にアリスはあの時、封印のバラ箱を目の前にしたあの瞬間、そこから漏れ出す圧倒的なまでの力に恐怖し畏怖を抱いた。その力は圧倒的だった。何重にも施された封印、しかしそれでもなお漏れ出る力は巨大だった。それはあまりにも自分がちっぽけで取るに足らない存在であると生き物としての本能が訴えるほどに、相手の一息で己が消し飛んでしまうほどの実力差を感じた。


 しかしその身の竦むほどの恐怖は畏怖は強者の証、生命が持っているはずの力への恐怖心はしかし強さへの抗いがたい尊敬に凌駕される。

 彼のものに膝を着き、頭を垂れ、その力に侍りたいと、そんな吸血鬼としての欲求が生まれた。


 だから封印が解かれて直ぐにあの吸血鬼が馬鹿な言動を繰り返し、紅とカレンに遣り込められている様子を見た時、ホッとしたのだ。

 理性で本能を押さえつけられる。こんな間抜けな姿を見れば抱いた尊敬は泡へと消える。私は強者尊敬の吸血鬼の本能なんかに負けはしない!!っと。


 しかし、しかし私は吸血鬼だ。弱いモノに手を差し出すバラであり、強いモノを尊ぶ吸血鬼だ。

 だから、だから、


「吸血鬼の王とまで言われたモノに惹かれるのは仕方ないのかしら」


 自らの城である孤児院の自らの部屋の自身のベットの上でアリスは呟く、誰に返事を求めた訳でなく只自身の心の整理の為に呟いたその言葉は、しかし聞くものが居た。



「どぉしたの?」

「え」


 ポツリと呟いた言葉に返事が返って来たことにアリスは驚きそちらに目をやった。


「みどり」


 アリスのベットに当たり前の様に潜り込んでいる彼女は同じ場所で働く緑の魔女、彼女は色々と、本当に色々とあって今この孤児院で生活をしている同居者だ。

 アリスは己が神経質である自覚が有るので誰かと同室になるのは難しい。しかしみどりは一緒に居て息が詰まらず自然に一緒に居られる希少なヒトだ。故に万年部屋不足の此処で彼女は私の同室者となった。


「ん~。まだ朝早いよアリスぅ。もうちょい寝よ?」


 寝ぼけ眼のみどりが言う通り朝日が差したばかりの今は早朝だ。孤児院の朝は早いがそれにしたってまだ早すぎる。


「起こしてごめんなさい。みどり寝ていて大丈夫よ」

「ぅん、アリスも」

「ええ、私ももう少し休むわ」

「アリスは」

「うん?」

「ありすだよ。ほかのだれでもないし、なんでもないよ」

「みどり」

「・・・すぅ」

「ありがとう、みどり」


 そうね。私は私ね。例え吸血鬼の本能が息づいていてもそれを含めての私、たとえその本能が顔を出しても自分を見失わなければそれでいい。


 心は決まった。否、元から決まっている。その決まっていることを再確認しただけだ。それでも心が安堵すれば眠気が襲ってくる。

 アリスはソレに逆らうことなく傍らにある剥き出しの温もりに身を寄せてその眠りに身を任せたのだった。

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