カガリ
彼女は古い。
すでに稼働開始から30年以上の年月が経っているにも拘らず不具合なく稼働し続けているのはひとえに丁寧な手入れのなせる業だろう。
彼女は最先端の新型が現れ旧型が淘汰され続けるこの世の中において珍しく、日々のメンテナンスと修繕、最適な改造を重ねて大事に大切に扱われた機体で新型と大差ない程に優秀である。
故に彼女の記録、情報量は多い。それは単純に稼働年数が長いがために蓄積記録の量が夥しい事になっているからだ。勿論情報の重複等による機能停止しなどしない様に情報の整理整頓も確りとおこなわれており、それを成しえるだけのソフトも常にアップグレードされている。
要するに彼女は見た目こそ旧式も旧式、博物館に展示されそうな程古い外見であるが、実際は最先端の粋を集めた最新式なのだ。
人型ロボットであり、アンドロイドの一歩手前の姿と性能を誇った彼女はアンドロイドの始祖とも言われる世代だ。その開発に携わった当事者たちにとって彼女は可愛くてしょうがない娘であった。
故に彼女達の開発に関わった親たちは淘汰されていく娘達の最後の一体である彼女を開発者権限で『実験用』というもっともらしいレッテルを張る事によって守り、ハードとソフトの更新しを続けた。
※ ※ ※
「おはよう、カガリちゃん」
「今日も可愛いわね」
「当然俺らの愛娘だからな!」
「そうね。今日はソフトのアップしない?」
「あー、前のアップから少し経ったもんな」
「変なバグが起きたら嫌だもんね。随時更新更新っと」
――――アップグレードが完了しました。
彼らは彼女に名を付け大切に可愛がり念入りにケアし、
「今日は声音機を取り付けよう!」
「見た目は今まで通りのままよね?」
「当然!」
「このレトロ感がまた可愛いんだもの」
「それに、昔のままの方が安心する」
「そうね」
「それにカガリは今のままが可愛いからな!パパは今のカガリが大好きだ!」
「わかる!ママも今のカガリちゃんが好きよ!」
「おいなにお前ら言ってんだ!」
「そうよ!ママは私でしょ!」
「ふざけんな!俺だってカガリのパパだわ!」
「皆パパママで良いんじゃない?」
「「「「「それだ!」」」」
――――パパ――ママ―――?
進化させ続けた。故にカガリは見た目以外は最先端だった。
「カガリちゃんカガリちゃん聞いてちょうだい!」
『ハイ、ママ』
「主任たらね「おい馬鹿止めろ!娘に何聞かせようとしてやがる!」
「有ること無いこと無いこと無いこと吹き込んで嫌ってもらうのよ!」
「殆ど無いことじゃねぇか!ふざけてんじゃね!娘に嫌われたら生きて行けるか!!」
「しゅにーんハンコ―」
「後にしろ今それどころじゃねぇ!死ぬかどうかの瀬戸際だ!」
「カガリちゃん主任にこれ言って」
『パパ、ハンコ』
「今すぐ押そう」
「ほら遊んでない仕事してください!」
「あ、こら引っ張るな!お前、カガリに変なこと吹き込むなよ!!」
「ふふ、主任たらあんなに必死で冗談に決まってるのにね」
「冗談がきついんだよアンタは」
「そう?すぐ分かりそうなものじゃない。みんなカガリちゃんが好きなんだもの嫌われるようなことしないわよ、ね。カガリちゃん」
―――スキ?
彼らは親としての愛情をカガリに注ぎ慈しんだ。
「ごめんなさい」
「謝るなよ」
「でも、」
「大丈夫だ。お前がいなくなってもカガリは守るよ」
「そうよ安心て、私たちみんなでカガリちゃんのママとパパなのよ」
「一人欠けた位じゃ守備は揺るがないさ」
「貴方の分まで私たちが守るわ」
「だから、たまには顔見せに来いよ」
「うん、ありがとう。カガリちゃんバイバイ」
『バイバイ』
―――バイバイ、ママ
しかし、
「すまん」
「言いっこなしよ」
「アイツが辞めた時もそうだったな」
「その時と同じ、ね?」
「ああ、カガリの事頼む」
「任せろ!」
「任せて!」
「カガリ、さよなら」
『サヨナラ』
―――サヨナラ、パパ
ヒトは去っていく、
「ごめん」
「お前も謝んのかよ」
「だって、だって!」
「良いよ。俺もいつまで居れるか分かんね。けど最後まで居る」
「私も最後まで居たかったわ!」
「上からの命令だ。どうしようもない」
「う、うぅ。お願いね。カガリちゃんを私たちの娘を」
「おう、俺らの可愛い娘だ。出来る限りをやっとく」
「うん、カガリちゃん大好きよ」
『ダイスキ』
―ママ、ダイスキ
彼女の親は一人また一人と研究所を去っていった。
そして遂には誰もいなくなってしまうことになった。
「とうとう俺もか、ごめんなカガリ」
―パパ
「俺らはお前を置いてっちまう。ほんとは最後まで一緒に居たいのに」
―イッショ
「俺が居なくなった後お前はどうなるんだろうな。引き継いでくれるやつ探したけど居なくて・・・処分になるのか?他の奴らがお前を殺すのか?俺らの娘をどこの誰かもわからない奴が、ならいっそ俺がって思えればいいのにな。娘を殺せるほど非常になれないんだわ俺、意気地なしだな」
当事者達にとってかわいい娘でも新しいヒト達にはただの古いガラクタでしかない。
故に、彼女の処分が決まるのは当然の事と言えた。
『パパ』
「どうした。って言っても俺の言葉に反応して返してるだけか」
『パパ』
「どうしたんだ。今日はよく呼んでくれるな。そういえば日本では長く大切にした物には魂が宿るとかあったな、カガリにはそういうの有るん「パパ、アリガト」かなって、え?」
しかしソレは、 彼女がただの機械であったらの話だ。
「パパ、ダイスキ」
「カガリ、お前・・・」
「パパ、イッショ」
「っ!」
プログラミングされていないはずの返答、言葉に反応して返ってくるだけであるはずの音はしかし、
「パパ、カオ、ミズ、イタイ?」
「っ!違う、違うんだ。嬉しいんだよ」
「?」
「嬉してもヒトは泣くんだよカガリ、お前と話せた事が嬉しいだよ」
「パパ、ダイスキ、ママモ、ダイスキ」
「俺もカガリが大好きだ。勿論ここにはいないアイツらもだぞ」
「パパ」
今、確かな自我を持って紡がれる言葉であった。
※ ※ ※
期待があった。
自我を持ったロボット、それは世界に認められた証拠、この世界に生きる権利、生存を認められるのではないかという期待が。
「処分しろ」
しかしそんなものはその一言で砕け散った。
「何でだよ!!」
「ロボットの自我など認める訳にいかんだろ!!」
「ふざけんな!!カガリはヒト扱いされてんだぞ?!世界が認めてんだ!何の問題が有んだよ!!」
自我と知性有るモノの生存は世界によって認められており、そのモノを害することは禁じられている。それなのになぜ処分などという言葉が出てくるのか本気で分からない。
「ロボットと人間の共存など出来る訳がないだろ!さっさとその気味の悪い人形を処分しろ!!」
「カガリは世界がヒトだと認めた。カガリの意思なくして殺す事も傷つける事もは出来ない。お前らにカガリを殺す権利は無い!!」
「貴様が命じろ!主人の言う事なら聞くだろ、あんな時代遅れのポンコツロボット残して何になる。反逆されたらどう責任取るつもりだ!」
反逆?カガリはヒトだと言っているだろ!ヒトはヒトを傷つけられない。それを理解していないのか?そもそも、
「ふざけんな!カガリはポンコツじゃねぇ!大体カガリが俺たちを意味もなく襲う訳ないだろ!なんで最初っから襲われるとか思ってんだよ。映画の見過ぎか?此処は現実だ。SFの中じゃない。そもそも世界の強制力で襲う事は出来ない。お前らの妄想にカガリを、俺らの娘を巻き込むのもいい加減にしろ!!」
人の娘に向かってなんて暴言だ!
「いい加減にするのはお前達だ!何が娘だ!そんなロボットになんぞに執着しおって!そんなものの為に一体幾ら金がかかったと思っている!」
「ちゃんと成果は出てる!無駄なもんに使ってなんざいない!今まで成果を見ればわかるだろ!」
文句のつけようのない完璧な結果出したろ!うちの娘馬鹿にすんのもいい加減に、
「そんなガラクタに構わなくてもできるだろ!何故そんなものに」
―――ブヂ!―――
「何がガラクタだ!俺らの娘を侮辱してんじゃねぇ!!会社で受け入れないならカガリは俺が引き取る!」
そうだ。最初っからそうすればよかった。こんな会社に居たらカガリの精神にも良くない。
「カガリはヒトだ。んでもって俺はカガリの開発者、親に当たる。引き取る権利があるだろ」
ないつっても連れて行く。そんでもってこの国からも出て行ってやる!
コイツは、否この国はいつまで昔の常識に囚われ続けてるつもりなんだろうな。人間以外認めない?人間が頂点?ハッ!くだらない。そんなんだから世界から遅れていくのだ。
他から来た技術を嫌い。今までのやり方だけを認め、醜く足掻く、昔の栄光に縋り続けたって惨めなだけだ。
日本の様に柔軟に受け入れていけば、今の何倍も技術は上がり国は栄えた。それを妙なプライドに固執しつづけた結果が今だ。
ああでもそうか、そんな柔軟な国ならカガリをすんなり認める。今でもそれが出来ないってことはそう言う事なんだろう。この国に未来はない。
「貴様に任せられるわけないだろ!!おい!誰かあのガラクタを処分しろ!」
「は、はい!」
「!!」
まずい。カガリはまだ自我が出来たばかりだ。下手なこと聞いて殺人許可とか出しちまったら殺されちまう。早く戻んないと、俺が守るんだ。今アイツの味方は俺だけなんだから!!
走りだそうとしたその時頭に衝撃が走った。
その衝撃で脳震盪を起こしたのか体が動かない。チラリと目を向けたその先には言い争いで真っ赤に染めていた顔を青に変えたヤツとそいつに握られた紫煙を上げる銃、大方頭に血が上ってぶっ放したのだろう。世界の強制力で外れはしたが衝撃が来たっと言った所か。
変な所で冷静な思考はそこで途絶え、視界はブラックアウトした。




