個性
ちょうど夕食の準備が完了した頃、紅とカレンの家のインターホンが鳴り響いた。
夕飯時のこの時間に訪ねてくる人物など限られている為躊躇なく玄関を開けるれば、それは予想違わず仕事を終えたカガリであった。
「いらっしゃい。カガリ」
「ハイ紅様、お招きアリがとうゴざいまス」
解体場にいたときに比べて穏やかな雰囲気を醸しだしたカガリは、季節を鑑みた淡いクリーム色のコートを羽織った出で立ちに手には紙袋を持った姿で佇んでいた。
「こちラ、ククルのプリンです。食後にドうぞ」
「おう、ありがとな。丁度準備も終わった所だ。入ってくれ」
「ハイ、オ邪魔します」
応接間を通ってリビングを抜け中庭もどきへとカガリを案内し、受け取った紙袋は冷蔵庫にしまい中庭に行くと、
「カレン様!」
「カガリさん!」
カガリが嬉しそうにカレンへと小走りで駆け寄りながら声を掛けている所だった。
カガリの声に振り返ったカレンも嬉しそうに呼び返し軽く手を広げる。その広げられた腕の中に飛び込んだカガリの背に腕を回し、そのまま二人はひしっと抱き締め合い、流れるようにクルリと回った。
「キャー」
「きゃ~」
「二人だけずるいのだわ!」
たいへん可愛らしい再開の挨拶っと言った所か、そんな二人の様子に我慢ならなくなった狂も加わって更に可愛らしい事になっているのはいつもの事だ。たいへん眼福です。はい。
「かわいい」
「わかる」
「ぴー(おなかすいた)」
二名ほどカメラを向け一匹は焼けた貝を涎を垂らしながら待つこと数十秒、あいさつを終えた女性陣が紅達の元へ戻って来た。
「時間取ってごめんなさい」
「ちょっとはしゃぎ過ぎちゃったのだわ」
「すみまセン」
「良いよ。眼福だったし」
「おう、心が潤ったわ」
「ピィピ~(おなかすいた~)」
「ああ、ライさん溶けないで今お肉出すわね」
紅と姫鬼はほくほく顔で、ライは空腹による溶け掛けではあったが無事に夕食の運びとなった。
※ ※ ※
「ドラゴン肉の焼肉とハ、贅沢でスね」
「そう?結構お手軽に狩れるから家では割と普通にあるわよ?」
ジュージューと肉の焼ける音を聞きながら呟くカガリにカレンはキョトリと首を傾げる。事実この家ではそれなりの頻度でドラゴンは良くは使われる。なんせ大喰らいの紅がいるのだ、普通に肉を買っていたのでは直ぐに財布が悲鳴を上げる。
その点狩った肉は元はタダで解体料金も食用以外の素材を売った代金でおつりがくる程度、必然的に素材が高く売れ食いでもあり、苦も無く狩れる地竜を狩るのが当たり前になってくる。
故にこの家では肉=ドラゴンの方式なため大体家での肉料理はドラゴン料理と化す。
「んく(ゴク)普通じゃないのだわ。流石に私達でもドラゴンの乱獲は出来ないもの」
「乱獲とは失敬だぞ狂、月に1、2匹程度だ(モグモグ)」
「んぐ(ゴク)月に二匹狩れるとかそれだけで凄いだろ、地竜を丸一匹二人で物に出来るんなら普通はそれで半年遊んで暮らせるぞ」
そう、当たり前の様に紅もカレンも言っているが、地竜は低能で力の弱い最底辺に居るとは言えドラゴンなのだ。そんなものを当たり前に狩ってきては日々の食料にするとか非常識である。
普通は命懸けで挑んでは生還を喜び、祝杯を挙げるぐらいしても可笑しくない。なので姫鬼の言うように月に一匹は確実に狩っていると言うのはある意味乱獲とも言える。
寧ろそんなペースで狩られて地竜たちは個体数が減ったりしないのだろうか?
「ぴぷー(おいし~い)」
「うん、うまい」
「ちょ、ライお前それ蟹!」
「あ!紅君エビ食べてる!」
「ぷー!(早い者勝ち!)」
「以下略」
「狂ちゃんも姫鬼さんも慌てなくもまだあるよ。紅、ライさんお肉は?」
「ぴ!(ほしい!!」
「いる」
「はい、どうぞ」
「ぴぴ!(ありがと!)」
「ありがと」
すぐに取り合いに成りかねない紅達を上手く言いくるめつつカレンは肉や貝をどんどん焼いてく、ただ食べ続けるよりもおしゃべりがあるのはいいが駄弁り続けられるのも料理が減らなくて困る。何が困るかと言えば片付けが遅くなることだ。片付けが遅いと寝る時間がずれ込む、寝る時間がずれ込めばまだまだ成長期の紅達三人にとって将来が危ぶまれるのだ。こんなことで嘆かれても困るのでさっさと布団に入ってもらわねば困る。
っというのもあるが、実際はカレンの暇つぶしである。カレンの食事は楽しむための娯楽で生命維持に必要な類ではないので身にならない。そのためあまり多く食べないのだ。そうなると必然的に暇になるため給仕に回り世話を焼いているだけだ。
「カガリさんもお汁どうぞ」
「アりがトウございマす」
ではロボットであるカガリはどうなのかというと、此方はたいへん高性能で口腔摂取した物を燃料として処理できる機能を有しており、しかも味覚までバッチリで美味しい物は美味しく不味いモノは不味いと判断できる。
しかも0.01g単位で使っている調味料のメーカーまで割り出せる精度だったりする。
普段からそんな高性能な機能を使う事は無いが、要するに味覚がしっかりしているのでグルメなのだ。
そのグルメなカガリが問答無用で美味しいと感じるのだからドラゴン肉は侮れない。
素材を焼いて好みの味を自分で付けるだけの料理と言えるか微妙な料理ではあるが美味しい物は美味しいのだ。
しかしその美味しい素材に手を加えた料理が単純においしいとは限らない。
「少し塩が強イ?」
「あら、そうだった?」
ドラゴン肉をふんだんに使ったドラ汁を一口すすったカガリはポツリっと呟いた。その言葉を聞きとがめたカレンが聞き返すとカガリは慌てて言葉を重ねる。
「ア、あのちゃンと美味しイです!」
嘘ではない。事実ドラ汁は美味しいのだ。しかしセンサーの関係上最適な塩分濃度ではないと分かってしまった。そのことを口にしてしまったのは自分の落ち度だ。人によって好みが違うのだからそれを口にすることは作った人への侮辱である。
ロボットであるが故に色々なことが頭の中を巡るが、そんなカガリにカレンは口元を穏やかに緩めて笑いかける。
「知ってるわ」
「え、あの」
「だって、紅達はそう言ってくれるし自分でも不味いと思わないもの、私は味音痴ではないから其処は自信あるわ」
「は、ハイ!美味シイです」
「ありがとう、あとは私自身の好みとカガリさんの好みが少しずれているだけよ」
「私の好ミ?私ハ機械デすよ?」
「知ってるわ。でも人によって好みがある様にカガリさんにも好みがあるのよ。味覚センサーはあくまで味を知るための物、感じ取った味を好むかどうかは本人の感性次第よ」
「私ノ感性」
「ええ、いつかカガリさんが唸るご飯が作りたいわね」
そう言って頭をゆるゆると撫でてくるカレンをカガリはポカンと見上げる。
自分は失礼な事を言ったのに怒らずカガリの言葉を否定しない。ただ個々の感性が違うのだと言って頭をなでてくる。
しかもいつか自分の"好み"に沿ったものをと言ってくれた。
当たり前の様にヒトとして接し、失礼なことを言ったのにただの個性だと言って否定しないでくれる。穏やかに笑って頭をなでて、機械である私を抱きしめてくれる。
これだから、
「あ、アりがとウゴざいマす」
「ん?何の事かしらね?」
これだからこのヒトが好きなのだ。
自我を肯定し、ヒトとして扱ってくれるこのヒト達が私は大好きだ。
「何でモなイです」
「ふふ」
人間であれば顔が赤く染まりそうだ。これは人間で言う照れだったか?普通のAIには無いモノ、大量のエラーの蓄積により生まれた感情と呼ばれるソレは理解が難しい。
こうして今日も蓄積エラーにより生まれた自然発生型自律性自己進化プログラム『カガリ』はココロを育てていく。
因みに自我を獲得したのはここ5年ほどなので実質五歳児である。要するに頭脳は大人、心は子供!(ただし大人顔負けの自尊心もち!)なのである。




