第80層
ダンジョンの出入口には白く大きな石碑があり、それに触れると一度行った階層へ瞬時に飛ぶ事ができ、帰りも階層の境界部分にある白い小さな石碑に触れれば別の階層や出口に飛べるので、階層の境界である階段に行けば一っ飛びで帰れるのはたいへんありがたい。
目的の階層まで一々歩いていられない。なんせ今カレン達の姿はダンジョン内第80層の洞窟にあるのだから、歩いて此処まで来ようと思えば日が暮れてしまう。ダンジョンの機能様々だ。
80層は広く高い天井がずっと続く事をのぞけば想像通りの入り組んだ岩肌が剥き出しとなっている。
大きく部屋の様になっている場所もあるのだが、通路から部屋まで障害物や遮蔽物もない。見渡しのきく階層だ。
それでありながらうっかり迷うと出られなくなる厄介な階でもある。
そんな厄介な階にカレン達が来た理由が、
「Guraaaaaaaaaaaaa!!!」
「ドラゴン発見!」
ドラゴンの肉である。
第80層、通称ドラゴンの巣とも言われるほどに飛べないドラゴンである地竜との遭遇率が激しい階層だ。
ドラゴン種は総じてうまいとされる。
引き締まりつつも脂ののった肉はステーキ肉として価値が高く、骨からは美味い出汁が取れ、内臓からは良質な脂が取れる。
皮や鱗、爪、牙は防具や武器として最適で血は薬の材料になり、魔石は純度が高く高価格で取引される。捨てる所がない。
唯一にして最大の欠点は強すぎるが故に討伐が難しく、大人数の討伐になる事だろう。人数が多ければ多い程取り分は減る。しかし少数で攻略するには相手が強すぎ、尚且つ素材の持ち帰りに苦労する。ダンジョン内での解体は解体中の血で他のモンスターを呼んでしまう為行われない。そうなると外まで持って出なくてはならないが、ドラゴンは巨大なため少数では持ち運べない。
結果としてドラゴン狩りはおいしいがおいしくないのだ。
普通は。
「中々大きな地竜ね。パーティーに卸そうかしら?」
「万屋本舗にですか?」
「ええ、多すぎても使いきれないし、異次元収納内は時間停止状態だけど欲しければまた狩りに来ればいいから。今日の夕飯と2~3k取ってあとはお店で使ってもらいましょうか」
「なら明日は万屋本舗でお昼を食べるのだわ!本舗のご飯はおいしいもの!」
「だな、ハナさんの料理は絶品すぎる」
「ぴー!(わかる!)」
「じゃあ、ちゃちゃっと狩っちゃいましょう」
「「「はーい/ぴー」」」
しかしカレン達の様な非常識が服を着て歩いているような連中にはただの上質なお肉だ。
話題に上っている万屋本舗とはカレンと紅が所属している渡し屋ギルドのパーティ『万屋』の基地としている建物の一回で開かれている食事処だ。
パーティーのハナっと言う人物の趣味と実益を兼ねた店で、安くて美味くてボリューミーな店として有名だ。
材料はパーティーメンバーが狩ってきた食材を使い、調味料はありふれたものだけ、お客からの情報収集も兼ねているので必要以上に料金の上乗せもない。おかげで日夜繁盛している人気店だ。
そんな店で良い食材が入ると分かっているなら飛びつかない手はない。
明日の予定を半ば決めつつ目の前で威嚇の声を上げる地竜へと視線を戻す。
さてどうやってキレイに仕留めようかとカレンが考えているとライが声を上げる。
「ぷーぷー?(血もらってもいい?)」
「ええ、良いわよ。竜の血が必要な依頼は無いし、ここに来れば狩り放題だから特に問題はないわ」
「ぴ!ぷーぴーぷぷ?(やった!カレンさんおねがいしていい?)」
「勿論」
カレンの言葉にライはぽいんっと跳ねて喜び、体をこねくり回すように形を変えていく。
薄い水色の体は鋼色に変わり、体は膨張して縦に延びて形作られていく、地面に着く部分は石突に、天井を向く側は鋭く尖り光を反射する刃へと変わる。
数秒もしないうちにライは切れ味の鋭そうな槍へと変形した。
「ぴぴ!(おねがいします!)」
「任せて!」
それは一瞬の事だ。
ライの変形した槍を手に取りカレンは駆け抜ける。
地を蹴る音も風のそよぎも感じさせない。目にも映らぬ速さで地竜に近ずくと槍をその心臓へ突き立てた。
「Gaaaaaaaa!!」
分厚く、硬いドラゴンの鱗と皮を容易く貫き心臓へと槍が突き立てられ、ドラゴンは苦悶の悲鳴を上げる。その直後、槍は否―ライは溶ける様にその内側へと入っていく、ライの槍が突き立てられていた場所には穴が開くが、其処からは血の一滴すら落ちない。
胸部に穴を開けられた地竜は悲鳴を上げながらも暴れることなくその場で小刻みに震える。
そうして数秒もしないうちに悲鳴は止み、胸部の穴から赤い、血その物の色をした何かがズルリっと這い出てくる。それと同時にドラゴンはその場に崩れ落ちた。
「どう?」
「ぴ!」
血のような物体はカレンの問いかけに上機嫌でそう答える。
そして、その血色は徐々に薄まり水を連想させる薄水色になり、体積は徐々に縮まり、いつも通りのライになった。
「ライさん回復したのかしら?」
「ぴ!(ばっちり!)」
「いつ見ても奇妙な光景だよな、血は全部抜いたか?」
「ぴぴ!(とうぜん!)」
それはいつも通りの光景、ここに居る物達にとっては当たり前の事だ。なんて事はない。切れ味ならぬ突き味抜群の槍状にライが変体し、それを最も血管の太い場所に突き刺し、そこから血管内に侵入して体内の血液を採りつくして出て来ただけの事だ。
体をいかようにでも変化させることができる変質体であるライだからこそ出来る特技だ。
たいへん恐ろしい特技ではあるが、ヒト相手には出来ないので心配はいらない。多分。
「他にも狩るのかしら?」
「んー。大人数じゃないし一体で良いんじゃない?流石にドラゴン一体食べつくさないでしょ?」
コテンっと首を傾げながら聞いて来る狂の質問に、完璧な血抜きをされたドラゴンを異次元収納に仕舞い込みながらカレンがよく食べる鬼二人に向かって質問を返す。
「さあ?」
「鬼はよく食べるのだわ」
聞き返された二鬼は揃って明後日方向に視線をやりながらそう返す。
つまり食べ尽くすかもしれない。っと暗に言いたいのだろう。二鬼に負けず劣らず食べる紅もいるのだ。冗談抜きに食べ尽くすかもしれない。
その考えに至ったカレンはもう一体狩って帰る事を早々に決めた。
「じゃあもう一体探しましょう。余った分は明日には本舗に卸せばいいんだから」
「「すみません(なのだわ)」」
「いいのよ。食べ盛りなんだし、種族柄でもあるんだから」
鬼コンビの謝罪を笑って受け入れながら周辺の音や地面の振動などから地竜を探す。
「ぴ!」
「ん?」
周辺の気配を探っているカレンに、ライが体の一部を手の様に伸ばして挙手をするかのような格好を取って注意を惹いた。
「ぷーぷぷぺ、ぷぷぴー(さっきの血、まだ分解終わってない)」
「ん、分かったわ。なら血抜きだけしてもらってもいい?ライさんの血抜きは完璧だからお肉が美味しいくなるのよ」
「ぴー!(まかせて!)」
「抜いてもらった分はハナさんに渡すから、明日お店で食べると良いわ」
「ぴ!(うん!)」
血の分解がまだ終わらないため血が食べられないとのライからの自己申告を受けつつもカレンは周辺を探る。
姫鬼や狂も音や振動、術を使って周辺を探ってはいるが地竜は見当たらない。近くにはいないのだろう。姫鬼と狂、ライがそう判断し、移動しようとした正にその瞬間、
ドンッ!ガララ!
「「!?」」
四人の中で比較的壁側に居た姫鬼と狂、二鬼側の壁を破壊しながら一体の地竜が飛び出してきた。
規格外な能力を持っているとはいえ姫鬼も狂も一般人、不意打ちの敵に対しての動きは遅く、二鬼はいきなりの事態に動きを止めてしまった。
「ぷぺ!ぴー!(姫鬼!狂ちゃん!)」
そんな二鬼にライが必死で声を掛けるが、咄嗟に止まった体を動かすのは普通よりも時間がかかる。また地竜は飛べない代わりに脚力が発達した種だ。その移動速度は巨体に似合わず素早い。動きの止まった二鬼に壁を破った速度そのままに突っ込んでくる地竜を躱すだけの余裕はない。詰まる所
万事休す。
「てい」
になるのだが、その場所から来ることを予期していたカレンは慌てず騒がず。目にも映らぬ速さで地竜の文字通りの目の前に移動してその眉間を破裂しない様に蹴り上げた。
「「「!?」」」
「――!」
蹴られた地竜は悲鳴を上げることなくそのまま意識を失い。その巨体は蹴りの勢いで宙を舞う。
仰け反る様に宙を舞う地竜の胸部にカレンは手を当てて気を送り込み心臓を停止させると、そのまま異次元収納に仕舞い込んだ。
「よっと、二鬼ともケガはない?」
「お、おう」
「だいじょうぶなのだわ」
「ぴー(すごい)」
地竜登場から1秒にも満たない間に仕留めて仕舞うカレンの手際の良さに三人は唖然とするよりほかなかった。
「まったく、出てくる場所を考えて欲しいわね。うっかり瞬殺しちゃったじゃない」
頬に空気を入れてぷくりっと怒って見せるカレンは普通だ。何も特別な事をした覚えがないのだろう。
しかしドラゴンとしては最下層に当たるとは言えドラゴンはドラゴン、地竜をそんなサクッと倒してしまう彼女はたいへんな冒険者泣かせである。




