てんさい
さて、冗談は置いといて。
死にはしないけど精神は追いつめられてるし、そろそろ頃合いか?
「狂ー、そろそろ意識落とすぞー!」
「だわ!?まだ報復したりなのだわ!!」
攻撃の手を止めずに此方へ言葉が帰る辺り、未だ腸が煮えくり返っている様子だがひとまず言葉は届くので問題あるまい。
「そんな変質者に構って授業に遅れる方がしゃくだろ」
「むむ、確かにそうなのだわ。姫鬼様への侮辱は腹が立って仕方ないわ。けど、このヒトのせいで生活に支障が出る方がもっと腹が立つのだわ!!」
「おう、ってことで一発デカいの入れてくれ、気絶出来る様にしとくから」
「分かったのだわ!」
狂は紅の言葉に素直に応じると一旦変質者から距離を取り、中段に腰を落として拳を構え、溜めのモーションを作る。
狂は今時珍しい角持ちの鬼で、尚且つ鬼の黄金時代でも見ることが少ない最上位の赤角を二本持っている。角無し普通の今の時代ではまずお目に掛かれない先祖返りだった。
赤角の深紅な色味は見るものを虜にするほど美しく、当時からやんごとなき身分の者達がこぞって欲しがり、国宝級の扱いで値段の付けられない価値があるとされ、一獲千金を狙う輩に狙われ続けた。
しかし角は鬼にとって力の源であり命そのもだ。それを手に入れようとすれば持ち主である鬼は死に物狂いで暴れる。それ故にさらに価値が上がり有象無象が群がり鬼が暴れ価値が上がる。
そんな悪循環にいつしか鬼は角が出ない個体を優先して残し、存続するようになった。昨今では殆どの者は角無しとなり、今では小さく赤みの無い一つ角を持つ者はそれだけでも特別扱いされるほど珍しい。
そんな中で鬼の黄金期を思わせる二対の立派な赤角を持って生まれた狂は様々な場所に物議をかもした。
表ではその強力な力を戦力と数え、兵器、道具扱いする者達、裏では美しい角を金儲けの道具として考え、角を加工した装飾品や首ごと角を欲しがる者、美しい外見の鬼であると知れると更に邪な考えを持つ者達が現れる始末だ。
世界ルールが無ければとっくに死んでいるか殺戮兵器だろう。そんな様々な欲望渦巻く世界に生まれながらにして放り込まれた狂は当然ながらヒト不信だ。
そのヒト不信を解いたのが当時同じようにヒト不信であった姫鬼である。その為狂は姫鬼にベタ惚れだ。
鬼社会の中で姫鬼も狂も微妙な立場だったことも手伝って二人の仲が進むのは当然で、絆が深いのも当然だ。
二人そろって生い立ちにキナ臭いものがあるので常に相手を心配しつつも尊重し、尊敬しあった良い関係だろう。
一歩間違えると共依存とかになりそうだが、今のところ心配ないのでこれからも大丈夫なんじゃないかな?多分。
若干遠い目になりつつも紅は狂の技の発動に合わせて術を『状態:気絶不可』から『状態:気絶可能』に組み替える。
美しい深紅の大角を持った鬼である狂が全力でぶつける技は中々迫力がある。側で見ていてもそうなのだ。ぶつけられた本人はたまったものではないだろう、例え当たらないと頭では分かっていても心は恐怖し、精神を追いつめる。
その結果粗相をする事もあるが、そこは組み替えた術でその為に必要な筋肉等を縛ったままなので無問題、学校内で変態がお漏らしとか気色悪いし掃除とかご免だ。警察に引き取られて学校内を出てから存分にやってくれ、本当に学校内での変質者騒動はごめんだ。
「――――っ!!!」
「ふぅ」
全力の技を変質者に放ち、狂は掻いてもいない汗をぬぐいながら振り返る。
直後、技は変質者に直撃し爆音と衝撃をまき散らし建物を揺らす。結界が無ければ確実に校舎は倒壊していただろう。・・・一応、普通の鬼が暴れても傷一つ付かないような造りの建物なのだが、赤の大角持ちの前には意味がないらしい。
そんな大技を受けた変質者はガクリっと全身の筋肉を弛緩させ、白目を剥いて気絶する。術は解かずにそのままなので立ったままだが意識は無いだろう。念のため全身の筋肉を硬直させたままにする。ヤバい所は世界ルールで勝手に解けるから問題ない。
「ちょっとはスッキリしたのだわ」
「狂!何か異変は無いか?調子が悪いとか、寧ろ良すぎるとか」
「姫鬼様!何にもないのだわ。悪い所も良い所も、普通の感覚なのだわ。勢い余って壊すこともきっと無いのだわ」
「そうか、なら良い。ありがとな、俺の為に怒ってくれて」
「当然なのだわ!私の時は姫鬼様が怒ってくれたのだわ!だから姫鬼様の為に私が怒るのは当然のことなのだわ!」
「ああ、そうだな」
「だわ」
顔を見合わせてニコニコと笑いあっている二人はたいへん微笑ましい。仲睦まじいカップルだ。
俺の隣ではリ先生が頭を抱えてはいるが、概ね問題ないな。
「如月」
「なんでしょう」
「死んでないな?」
「殺せないので死んでないっすね」
「なら良い。校舎も無事だ。傀儡系統掛かるか?」
「完全に飛んでるんで大丈夫っすよ」
「分かった。コレは俺が警察に渡す。お前たちは教室に行け」
「はい。おら姫鬼、狂、イチャイチャしてないで教室行くぞ」
「おう」
「はーいなのだわ」
イチャイチャについては特に反論もなく返事が返る。揶揄い甲斐の無い奴らだ。
リ先生が変質者の額に傀儡用の札を張って術を発動したのを見届けてから四肢の束縛術と廊下の結界を解く、途端に学校特有の騒めきとヒトの気配が戻ってくる。
「ん?なんか感覚が変?紅お前結界に何か細工したか?」
「お、さすが姫鬼分かったか、実は結界に時間操作も入れといた」
結界が解けてすぐに姫鬼が違和感を感知し、すぐさま紅に問いただす。結界を張った張本人だから仕方ないが、何でもかんでも俺がやったと思うなよ?やったけど。
「おま!?」
「だわ?時間操作?私には良く分からないのだわ。どういったことしたのかしら?」
「結界の中での時間が流れる速度をずらしたんだ。結界内の時間を早くした」
「それってすごい事なのかしら?」
紅の言葉に絶句する姫鬼に首を傾げながら狂は紅に問いかける。
狂は高い身体能力で薙ぎ倒せてしまうので術系統には疎いのだ。逆に姫鬼は体力が無いので術系統を重点的に学び、物にしているので紅が張り巡らせた結界の非常識さをすぐさま把握した。
「はぁー、時間に干渉する術は初歩術ですら高難易度の術に指定されてる。さっきの規模の結界全体に時間操作を張り巡らせるなら超高難易度の術だ。俺には即興でそんな術は使えない。」
「だわ!?姫鬼様に出来ないなら誰にも出来ないのだわ?!」
「あー、言いたかないが俺は学校内でトップクラスの術者だ。しかも常破学園の生徒は下手な術者より使える事を考慮しても狂の言葉も否定できねぇが」
苦虫を噛み潰した様な顔で姫鬼は狂の言葉を概ね肯定する。『誰も』とは言わないがほとんどの者には出来ないだろう。
無論、姫鬼にも超高難易度術である時間操作付きの結界は張れる。しかしソレはあくまでも確りとした下準備があればの話だ。即興でしかも道具も無しにそんな結界は張れない。今はまだ。
しかも今までの経験上、片手間で張ったのは目に見えている。
「はぁー、これだから天災は」
「んん?なんかニュアンスが違くないか?それ天の才能?」
「んにゃ、天の災害」
「なぜ!?」
「自分で考えろ。行くぞ狂」
「だわ」
「あ、おい!」
本気で驚いた様子の紅を尻目に、姫鬼は隣にいる狂の手を指を絡める様に握ってさっさと歩き出す。その姫鬼の様子に驚いた風もなく狂は頷くと、絡めた手をしっかりと握り返して隣を歩く、そんな二人の様子に首を傾げながらも紅は狂と姫鬼の後ろについて歩きだした。
首を傾げる紅に二人は揃って小さなため息をつく、自覚が無いのがだから恐ろしい。
もし自分の隣にこのヒトがいなかったら、もし紅と性格が合わなかったら、もし出会う時期がずれていたら、もし紅に心底惚れた女が居なかったら、自分たちは今の様な友人にはなれなかっただろう。
紅は圧倒的な才能と類いまれなるセンスを持っている。この天才は文字通り、天の災いになれる逸材なのだ。きっと気分一つで天災を引き起こせるSランクにだって到達できるだろう。
その才能をたった一人の為だけに使うと決めていなければただの危険人物だ。
姫鬼や狂と同じように。
二人もまた、そういった才能を持っていた。狂は言わずもながら、二対の立派な赤大角を持っているのだから当然だ。そして姫鬼も、鬼としての特徴的な身体能力は持っていないが、そのすべてを術を使うための力、『神通力』に全振りしているのだ。今はまだ時間操作を即興で出来る腕はないが10年後もそうだとは言えない。姫鬼もまた鬼才なのだから。
だから、だから三人は友人なのだ。幼い頃にたった一人を決めて、その為だけに努力し、力を磨き、研ぎ澄ませた。
自分たちが化け物であると周りの誰にも気付かせないために自身の力をセーブする。常に理性を保ち、人間味のある人柄を前面に押し出し、ヒトの中に溶け込み無害を装う。
そうでなければあっという間に奇異の目で見られ、疎まれ、妙なものに目を付けられる。それを回避する為の処世術だ。
自分の為でも世界為なんぞと言う大義名分もなく。たった一つの譲れない者の為に身に着けた術だ。
もっとも紅は本能でしている様なので自覚はない様だがな、そこが一番質が悪い。




