いってきます。
カレンが契約した部屋は広い。寝室として紅とカレンが其々使っている部屋と客人が来た時に通す応接室として利用している部屋、リビングダイニング、風呂、トイレ、南向きのバルコニー付き、何とも贅沢な部屋である。
玄関を入ってすぐが応接室となっている。もしもの時用に色々と結界類が張り巡らせてある応接室はBランク相当の実力者でも数日は幽閉できる仕様だ。
非常時には牢獄へと変貌するように術の掛けられたそこから廊下を経てダイニングへと続いており、ダイニングからそれぞれの部屋に繋がっている。
部屋そのものも玄関扉以外から入室できないようにありとあらゆる術で守られ、内部からの手引きがない限り玄関外からの侵入は不可能だ。死者セレス・ジーニはカレン本人の手引きによって窓から入ってきたが通常は入れない。
訪問者は最初に応接室に通される。人物性に信用が置ける友人や仲間の場合はそのままリビングに通されるが信用の置けない者はそのまま応接室での対応になる仕様だ。
実際は玄関入ってすぐに一部屋のみなどと都合のいい物件がある筈もなく、全てカレンの内部空間を弄る術のせいである。そもそも応接室に使っている部屋は存在していない。そういった空間を結界で作り出し部屋に見立て、玄関とリビングへ続く短い廊下の間の僅かな空間に設置し、いざというときは空間を切り離すことで牢獄にしているのである。
故に出し入れも自由自在でカレンと紅が生活する時には応接室は存在しない。ヒトが来るときは本人確認の意味も込めて応接室を通ってもらっているだけだ。ソレが疑似的な空間であると気付いている者も居るが、気付いていない者がほとんだ。
そんな異様に防犯設備が整っている部屋ではあるが、基本的にそんな防犯システムが作動する事は無い。基本的にはだが、普段は普通の二人暮らしと言えるだろう。
そんな部屋の住人である紅は制服に着替えてから部屋を出る。
部屋を出てすぐのダイニングにはみそ汁のいい匂いが漂っている。育ち盛りでもある紅に腹持ちのいい米を食べさせるため朝は基本的に和食が主である。ご飯とみそ汁、主菜と副菜が1、2品だ。一汁三菜を目指しているらしい。
鞄をいつも座る席の足元に置き、顔を洗いに洗面台へ行ってからもう一度ダイニングへ来ると丁度お盆を持ったカレンがキッチンから出てきたところだ。
緋色の矢絣の着物に臙脂の袴、白いフリルの付いたエプロンを付け、薄桃色のベールは髪ごとうなじの下で赤い組み紐で緩く縛り、袖はたすき上げにされている。着物に光沢が有る事から化繊と思われる。
エプロンは俺が買ってプレゼントした物で新婚風なのは俺の趣味だ。大変似合っている。さらには今日の衣装も相まって大正ロマン風で大変可愛らしい。うん、大変可愛らしい!!
「おはよう、カレン」
「おはよう紅、制服と鞄、問題なかった?」
「ああ、全部そろってた。ありがと」
「どういたしまして、さっさとご飯食べちゃって、あんまり時間ないんだから」
「おう」
お盆をテーブルに置いたカレンが指さす時計に目をやると確かにのんびりしてられる時間ではない。少し早足に席に着き、しっかりと手を合わせてから並べられた朝食に手を付け始める。
紅の実家がそうであったのに習う様に雑穀の混じったご飯とちゃんと出汁を取ったみそ汁、豚の生姜焼き、出汁たっぷりの卵焼き、作り置きの金平、小皿に盛られた梅干しは実家からの仕送りだ。
朝から中々に豪華で料理に凝っているように見えるが、手を抜けるところは抜いているそうなのでそこまで大変ではないらしい。
向かいではカレンも席に着き、手を合わせてから食事に手を付けている。
机にはお弁当の包も置いてあるので本日は昼に購買部に駆け込む必要はなさそうだ。大変ありがたい事である。
「お弁当忘れないでね」
「ありがと。今日は実技系は無いしそんな遅くならない。なんか帰りに買ってくるか?」
「んー、無い事は無いのだけれど、味噌とか醤油とか油とか重い物ばかりだから良いわ。今度一緒に買いに行きましょう?」
「おう、確か明後日は免除されてる授業だから空いてる。その日で良いか?」
「ええ、渡し屋の仕事も今の所ないし大丈夫」
「じゃあその日に、カレンは今日何かあるか?」
「特には無いわね。久しぶりに部屋のお掃除して、洗濯物をして、布団でも干して、残り少ない常備菜でも作り置きするわ。不定期な仕事だもの家事は出来るときにして置かないとすぐに汚部屋だわ」
そう言ってカレンは部屋を見まわして笑った。
確かに再逝際に掛かりっきりになっていた為部屋は少し乱雑としている。綺麗好きっと言うほどではないが気になるらしい。化繊の着物なのも掃除をするために汚れ辛いものにした為だろう。朝から気合旺盛な事だ。
良い天気で休日だから、というのもあるだろう。カレンはそういった気分で動く人物なのだ。そんなところも大変可愛らしい。
「悪い。俺も今度手伝う」
「良いよ。その代わり紅の部屋も掃除していい?」
「ん、頼む。危険物は置いてないはずだが、それっぽいの有ったら隔離しといてくれ」
時たま何処からか入り込んだ呪いの物品などが部屋に転がっている事もあるので確実に安全とは言えない。その辺の危険物は殆ど本能で意識外に押しやってしまうので定期的に部屋の掃除が必要だ。
カレンと紅が施した数多の術を掻い潜って入り込んでくる曰く付きの品とはこれ如何に・・・たまに高値で売れる。
「分かった。いかがわしい系は?」
「ないから無問題、ごちそうさま」
カレンのからかいをスッパリと否定して食器を流し台に運びながら冷や汗一つ、カレンが写っている写真ばかりが張ってあるアルバムはノーカンの筈・・・。
多少の冷や汗を搔きつつもお弁当をしっかりと鞄に詰め玄関へ、靴を履いている内に食事を終えたカレンが玄関まで見送りに来てくれる。
「いってらっしゃい」
「いってきます」
口元に笑みを湛えるカレンの頬に軽くキスをして玄関を出た。
「っ、紅!」
玄関が締まりきる前に聞こえた抗議の声は知らぬふりで、さて今日も一日普通に学生です。




