もう一度
カレン以外の二人、高ランクの渡し屋である紅すらも欺いてクレイはセレスの隣に立っていた。
「バレてしまいましたか。うまく隠していたつもりなのですが、腕が落ちましたね」
ひょいっと肩を竦め、微苦笑を浮かべている姿は普通だ。しかし先程までそこに居ることを気付かせずに立っていた事を考えるに相当な実力者と言えるだろう。
まあ、先程まで紅と一緒になって能力の無駄遣いをしていた辺りで色々な察しは付く、真面目そうに見えたのに・・・。
「一応、Cランクの紅に気付かれなかったのですからまだまだ現役だと思うのですけれど」
「そうでしょうか?昔は超一流をおちょくれるくらいには偽造が上手かったのですがねえ」
そうクレイは朗らかにのほほんと笑いながら言ってはいるが、中々スゴいことを言っている。超一流って話の流れ的に暗殺者じゃない?
一部聞き耳を立てていた周囲の者たちは肝を冷やした。が、
「途中から姿が見えないと思えば、いつからここに居たので?」
「あ、それ私も気になります。私たちの会話聞いてましたか?」
紅とカレンはその辺を華麗にスルーし、質問を投げ掛ける。他人の過去とか気にしてもしょうがないしね!
二人の質問にクレイだけでなくセレスもまた分かり難いが反応した。どうやら会話を知られたくないらしい。そんなセレスの心情を知ってか知らずかクレイは即座に答えた。
「ここに来たのはつい先程ですね。(ほっ)最も会話は聞こえましたが」
『!?』
そう答えたクレイにセレスは固まった。もし肉体があるのであれば目を見開き、場合によっては青ざめていたかもしれないが、生憎と白骨化しているためその辺は見咎められない。それでも体の動きが止まったのを見るによほど知られたくなかったらしい。
もっとも、直ぐに骸骨語が理解できないだろうと思い直したので緊張がほぐれ、
「おや、セレスどうかしたのかい?」
『カ、カラン?(え、なに?)』
「なに?じゃないよ顔も少し青いみたいだし疲れたのかい?」
『カ?カラ?(え?え?)』
「セレス?」
『カラン(クレイ?)』
「うん?なんだい?」
『・・・カラ?(え?)』
クレイがセレスに話しかけた辺りから何やら微妙だ。双方戸惑ったかのような雰囲気で首をかしげている。
そんな二人の様子を一、二歩離た所で様子見をしているのは空気を察して気配を消しつつ離れた紅とカレンだ。(紅に関しては覚えたての偽装を使っている)離れはしたものの、完全に離れないところは二人だから、としか言いようがない。しっかりと聞き耳を立てているところも、もう流石と言うしかない。
好奇心は猫をも殺すって言葉を知っているのだろうか?
そんな二人に気付きつつもクレイは敢えて二人を意識の外に追いやりセレスに話しかける。
「どうかしたのかい?そんなに惑って」
『カラン?カラカラカラン?(えっと?クレイは私の言葉が分かるの?)』
「勿論、他の死者の方々は何となくでしか分からないけどセレスの言葉は分かるよ。何年の付き合いだと思ってるの?」
にこにこと機嫌良さそうにクレイは答えるが、セレスはそれどころではない。理解出来るはずが無いからと安堵した気持ちなど一瞬で吹き飛んだ。だってあの会話は聞かれたくなかったのだ。だって、だって聞かれて、理解されてしまったら!!
「君が、そう思ってくれていて嬉しかったよ」
『カラ?(え?)』
「私はね。君に嫌われてしまったのではないかと、ずっと思っていたんだ」
『カラ(え)』
「だって殆ど会えないし、私との会話を嫌がるし」
『カラ(ちが)』
「避けられている気がして」
『カラン!!(違うわ!!)』
畳み掛けるような言い方に多少思うところはあれど、そこだけはハッキリと声を上げる。言葉が通じるなら解るだろう、それは違う、だって、
『カラカラ(私は今でも)あなたが好きよ!」
カラカラと骨同士がぶつかり合う音はいつのまにか止み、肉声が聞こえる。
「ずっとずっと、好きだった。今も昔もよ!じゃなきゃ人間とエルフの異種間でありながら結婚なんてしないわよ!!」
白骨化していた体は張りのある肌を持ち、バラ色に染まった頬が現れる。
「貴方からしたら直ぐに老いて死んでしまう私を選んでくれた!愛してくれた!!」
がらんどうな眼窩には美しい若木色が灯り、豊かな栗色の髪を緩やかに結い上げ、強い意思を顔に浮かべた彼女は、
「私の未練その物である貴方を嫌うなんてあり得ないわ!!」
まごうことなくセレス・カトリーナ本人である。
「ならどうして?」
「それは・・・」
「それは?」
「・・・」
「セレス?」
先程までの勢いを無くしセレスは黙り込むが、暫くの沈黙のあと彼女は口を開いた。
「・・・怖かったの」
「怖い?」
「最初はまた貴方に会えるから嬉しかった。でも、だんだん怖くなったの」
「何故?」
「何故って私は死者よ。今までとは存在が違うし、正体は骸骨だもの、それを見られたら」
「見られたら?」
繰り返すような質問に多少の苛立ちと大きな恐れと、大半の諦めを込めてセレスは答えた。
「嫌われると思った」
「そんな事、」
「そんな事じゃないわ!好きなヒトに自分の朽ちた体を見られるのが怖くて、意地でも生前の姿に擬態していたの!でも最近力が弱っていて、擬態を長時間使えなくて、それで、それで・・・」
セレスはクレイの言葉を遮って叫ぶ、不安と混乱を吐き出すような叫びは次第に弱々しくなり、そして立ち消えた。
そのまま俯いてしまったセレスにクレイは、内側から溢れる嬉しさを隠しきれない顔で項垂れるセレスのその手をとった。
「ありがとう」
「クレイ?」
「多分他にも色々と考えて考えて、そして私の為も思って距離を取っていたんじゃないかい?」
「それは・・・」
言葉に詰まるのはそれを否定出来ないからだ。セレス自身の都合やプライドが大半だとしてもクレイの事を考えて距離を取っていた事もまた、事実なのだろう。
それを察したクレイは殊更隠す気の無い笑顔で更に続ける。
「私を想ってくれてありがとう、セレス」
「どういたしまして、クレイ」
クレイの笑顔に釣られセレスにも笑顔が浮かぶ、見ている者に安堵感を与えるような穏やかな笑みだ。
その笑顔に何人かが射ぬかれかけるが思い出す。(推定)暗殺者をおちょくるような男の女であると。
そんな周囲の思惑など何のその、寧ろセレスに気付かれないように敢えて周辺の光を調整して辺りを見え辛くし、空気を圧縮して音を遮断している。しかも、周辺にその事を気づかせないように偽装すらしている。
・・・本当に能力の無駄遣いである。
「私も君が好きだよ。今も昔も」
「ありがとうクレイ、嬉しいわ」
「君と死別してから世界から色が消えたみたいでだった。とても味気なくて、生きる気力がなかった」
愛しい人がいなくなった世界は何もかもが一変した。色の無い灰色の世界、味の無い無味な食事、美しいと思った景色には何も感じなくなり、誰と会っても何が起こっても感情は動かなくなった。
いつか来る終わりを愛しい人と過ごした日々を思い返す事に費やしながらその時を待ち続けた。
それが、それが、
「だからもう一度結婚してください」
「え?」
もう一度会えた。色の無い無味な世界はもう一度色が着き、死んだ感情が息を吹き替えした。世界に美しさが戻ってきたのだ。
出会いは嘆かない。出会えたことは何にも勝る。別れは寂しく悲しいが覚悟はしていた。それでも、
「君のいない世界はもううんざりするほど経験したから、だから次はうんざりするほど一緒にいて欲しいんだ」
「クレイ・・・」
「うんざりする未来は思い描けないけどね」
覚悟以上に辛く悲しかった。
「そうね、私もよ。だって私が老衰死するまで一緒にいても好きだったんだもの」
「うん、君と死に別れてから数百年過ぎても好きだったんだからもう数百年ぐらいは軽いよ」
「ふふ、そうね。私もあなたが心配でずっと居残るくらいには好きなんだもの、もう数百年ぐらい軽いわね」
だから君が人間をやめ、死と言う概念から外れるならもう一度君と、
「うん、だからもう一度私と夫婦をしてくれませんか?」
「はい。喜んで」
にこり、と幸せそうな笑顔でセレス・カトリーナは否、セレス・ジーニは答える。
それは誰もが見惚れるほどに鮮やかな笑顔であった。




