すれ違いの夏休みデビュー
・あらすじ
学校のクラスに、ある地味な男子生徒と女子生徒がいた。
男子生徒は女子生徒が好きで、夏休み明けに告白するつもりだった。
ところが夏休み明け、女子生徒はすっかりファッションを変えていた。
好みから外れてしまった女子生徒に元に戻って欲しい。
謎解き好きで知られる女子生徒の真紀と、謎解き仲間の先生の細田が、
男子生徒の相談を受けて二人を一緒にする方法を考える。
九月になり、学生達は夏休みも終わって新学期。
夏休みの宿題がまだ終わっていない者にとって、
九月の初週の初授業前は、夏休みのアディショナルタイム。
夏休みの宿題提出期限のその瞬間まで、悪足掻きを続けていた。
謎解き好きの女子生徒、高山真紀。
同じく謎解き好きで懐いている先生の細田譲。
真紀はその細田のところへやってきて、今まさに泣きついている最中だった。
「お願いします、細田先生。
夏休みの宿題の提出期限、もう少し待ってくださいよ~。」
しかし細田は仏の表情のような微笑を浮かべて答えた。
「駄目駄目。期限は期限、夏休み前から決まっていただろう?」
「そうですけど、今回の読書感想文は難しすぎですよー。」
「そういえば今回の夏休みの宿題の読書感想文は、
いつもより提出率が低かったなぁ。なんでだろう。」
すると細田の無配慮な言葉に、真紀の怒りが小爆発した。
「細田先生、知らなかったんですか!?」
「な、何をだい?」
「今回の読書感想文に指定された図書、
その後すぐに本屋のベストセラーになったんです。
そのせいですぐ手に入らなくなって、注文も間に合わなくて、
あたしみたいに読みたくても読めなかった生徒が多いんですよ。」
「ほう、そうだったのか。それは悪いことをしたね。
仕方がない。今回は提出期限を少し伸ばそうか。」
「本当に?やった!」
細田の前でガッツポーズをして見せる真紀。
その不真面目な態度に細田が一言、物申そうとした時。
「失礼しまーす。」
ノックの音の後に、一人の男子生徒が部屋に入ってきた。
細田の部屋に現れた男子生徒。
その顔に真紀は心当たりがあった。同じクラスの生徒だ。
「あれ?守山君、どうしたの?」
守山と呼ばれた男子生徒は、名を守山健という。
真紀とは同じクラスという以外、あまり接点は無い。
守山は少しうつむき加減で言った。
「うん、ちょっと細田先生に相談があって。」
「あ、そうなんだ。じゃあ、細田先生、あたしはこれで・・」
真紀が気を使って席を外そうとすると、守山が袖を引いた。
「いや、高山さんにも聞いてもらいたい話なんだ。」
先生の細田のみならず、クラスメイトの真紀にまで相談とは何ぞやと、
真紀は細田と共に守山の話を聞くことにした。
守山はちょっと気弱なところがあるが、真面目で大人しい男子生徒だ。
その相談はもちろん、真紀のように夏休みの宿題についてではなかった。
「実は、僕、好きな人がいるんです。」
「ほう。」
「好きな人!?誰誰誰!?」
真紀が真っ先に相談主の守山に喰い付いた。
真紀のような女子生徒に恋の話など、ワニに生肉を見せるようなものだろう。
守山は真紀を呼び止めたことをちょっと後悔しそうになった。
しかし今更、無かったことにはできない。
それに同じクラスの高山にも聞いてもらったほうが良い。
だからこう言った。
「高山さん、この相談は、無関係な他の人には言わないでよ。」
「やだなー、わかってるよ。それからそれから?」
真紀は目を輝かせている。守山は小さくため息をついて話し始めた。
守山には好きな人がいた。
それは同じクラスの、新世麻美という女子生徒。
同じクラスの真紀も少し話をする程度の仲だ。
真紀に限らず、新世は誰に対しても口数が少なく大人しい女子生徒だった。
牛乳瓶の底のような黒縁メガネに三つ編みの黒い髪は、
そんな内面を現しているかのよう。
でも守山は、そんな新世が好きだった。
他人と話ができないつらさは自分自身もよくわかる。
守山自身も背格好に目立った特徴は無く、そこも共感するところだった。
守山の新世への理解は、いつしか恋心へと変わっていった。
付き合ってください!その言葉はしかし、中々口にできなかった。
そんな度胸があれば、あるいは新世のような子に、
恋心を持たなかったかもしれない。
伸び伸びになっていく愛の告白。
それをこの夏、終わらせるつもりだった。
夏休みが終わった九月の新学期、守山は新世に告白をするつもりだった。
そのはずだったのに、あることが原因で全ては台無しになってしまった。
原因とは、新世の変貌だった。
夏休みに入る前の新世は、黒縁メガネに三つ編みの黒い髪だった。
それが夏休み中に何があったのか、
夏休み明けの新学期になって、その風貌は急変していた。
三つ編みは解かれ、髪の毛は明るい色に染め上げられていた。
コンタクトレンズでもしているのか、黒縁メガネは消え、
カラーコンタクトレンズなのか、瞳の色も明るく変わっていた。
「やっほー!みんな元気してた?」
それが夏休み明けの新世の第一声だった。
すぐに女子生徒たちに囲まれ、キャッキャと騒ぎ始めた。
事情のわからない男子生徒達は、口をポカンと開けていた。
その中でも守山は混乱を極めていた。
自分の愛しの新世が、まるで別人のようになってしまったのだから。
当然、告白は中止。
何があったのか事情を聞こうにも、
あれから新世は女子生徒達と、
引っ切り無しにおしゃべりをするようになったので、
声をかける暇も無い。
誰かに事情を聞けないものか。
それを相談するために、守山は真紀と細田のところを訪ねたのだった。
守山の溜め息混じりの相談を聞いて、
真紀は手を頭の後ろに組んで天井を見上げた。
「そっか。守山君は、麻美ちゃんのことが好きだったんだ。
それじゃショックだろうね。あの変貌は。」
「そんなに変わったのかい?」
「それはもう。まるで別人、大和撫子がギャルになっちゃったみたい。
あたしもちょっと話したけど、細田先生も見たら驚くと思うな。」
「そんなに変わったのか。いずれ授業で見ることになるだろう。
で、守山君はどうしたいんだい?」
真紀と細田の目が守山を囲む。
守山は肩をすぼめて目線を下に落とした。
何度か口を開こうとしては閉じ、やがて言葉を発した。
「僕が好きなのは、前の新世さんなんです。
だから、新世さんには前の時のように戻って欲しいんです。
そうしたら、僕も告白する覚悟はできています。
高山さんと細田先生は、今までにもいくつも問題を解決したって聞いて、
それで今日は二人に相談に乗ってもらいに来たんです。」
「女子生徒が急にファッションを変えたとなると、
誰か男と付き合い始めたからってことはないのかい?」
「ちょっと、細田先生、その発言は無神経ですよ!
というのは置いといて、それは無いと思うな。
麻美ちゃんとはちょっと話したけど、
ファッションを変えたのは、お姉さんだったかの影響らしいよ。
そんな地味じゃモテないから、イメチェン、
つまりイメージチェンジしてみなさいって。そう言われたんだって。
だから、麻美ちゃんに彼氏はいないから、守山君は安心して。」
「ほっ・・。それが聞けただけでも、ここに来た甲斐があったよ。」
麻美の変貌は男の存在にあらず。
それがわかって、守山は目に涙すら浮かべているようだった。
その背中を真紀がパーンと叩く。
「何を安心してるの!告白したいんでしょ!勝負はこれからだよ。」
「でも、新世さんはどうしたら元に戻ってくれるかな?」
「うーん。」
真紀も細田も考え込んでしまった。
ファッションなど人の自由も良いところ。
それを元に戻してくれなど言うのは難しい。
言ったところで、それを受け入れてもらえるとも思えない。
細田は思う。
「守山君。君の好みはよく分かるが、新世さんにも自由がある。
ファッションは変わっても、中身は変わってないはずだ。
新しい新世さんを好きになることはできないのかい?」
細田の無難な言葉はしかし、人の心を動かすことはできないようだ。
「新世さんに自由があるように、僕にも自由があります。
僕は元の新世さんが好きなんです。
それに、ファッションは人格に影響を与えると思います。
現に新世さんは変わったと感じますから。」
「ふむ、高山君はどう感じたんだい?」
指名されて真紀は考え込んだ。
「うーん。人格も変わったと言えば変わったかな。
明るくなったし、言いたいことを言うようになった。」
「それは人格ではなくて、考え方や言動だ。
人の根源的なものとは無関係だと、私は思うけどね。」
しかし守山は納得しない。
新世に元に戻って欲しい守山。
今の新世を好きになれと言う細田。
そして真紀の意見は。
「あたしは、守山くんの意思も尊重してあげたいな。
今の新世さんに、ちょっとお願いしてみてあげる。
それで反応を見てみよう。
その代わり、守山くんにもちょっと準備してもらえる?」
何やら真紀は守山に話をし、ゴソゴソと準備を始めた。
次の日。
学校に生徒があらかた集まったところで、真紀は新世に話しかけた。
「麻美ちゃん、今ちょっといい?」
「いいよー。何?」
「ちょっと聞きたいことがあって。
実は、ある人から相談されたんだけど、
その人はイメチェン前の麻美ちゃんに興味があったんだって。」
「えー、ウッソー!誰それ?」
「誰かはちょっと言えないんだけど、どう?
麻美ちゃんは、イメチェン前に戻る気はある?」
すると新世は、マニキュアの塗られた指先を弄びながら考えた。
そして、リップクリームの塗られた唇を開いた。
「うん・・、場合によっては、戻っても良いかな。」
「それってどんな理由?」
「んー内緒!でも、その人には、今のままでいて欲しいんだ。」
「そっかぁ。じゃあ、いけるかも・・・」
最後の真紀の言葉は、新世に聞こえたかどうかの小声。
真紀は意を決して、廊下に声をかけた。
「守山くん、入って!大丈夫だから。」
教室のドアが静かに開けられ、おずおずと一人の男子生徒が入ってきた。
それは、金髪に指輪、数々のアクセサリーで彩られた守山だった。
守山が金髪にアクセサリーなど身につけたのは、真紀の指示だった。
「でも、どうして僕がそんな格好を?恥ずかしいよ。」
「それ以前に、先生である私の目の前で、
校則違反について相談しないでもらえないかな。」
「大丈夫。クラスにはもう前例がいるでしょ?
いきなり退学になったりはしないはず。
それで思ったんだけどね、
いっそ守山君が麻美ちゃんと同じような格好をしたら、
ちょっとは気付いてもらえるかもって。
どうかな?」
「うん・・・」
そんな話し合いの結果、翌日の今日。
守山はすっかり変わり果てた姿で学校に現れたのだった。
その風貌はうっすら化粧までして、まるで夜の街の男のようだ。
そんな守山の姿を見て、教室は騒然となった。
「守山君まで、どうしちゃったの?」
女子生徒も男子生徒も、地味だった守山の変貌に群がる。
「あら、この指輪、おしゃれ!」
「お前、金髪も似合うじゃん。」
誰もが守山の変貌を好意的に受け取っている中。
その輪には加わらず、密かに震えている者がいた。
その人物は、薄く化粧した頬にマニキュアを塗った手を当て、叫んだ。
「キャー!守山君、その姿は何!?」
声の主は新世、その人だった。
新世は、自分と同じように派手なファッションになった守山を見て、
悲鳴をあげて尻餅をついてしまった。
変貌した守山を見て、新世は悲鳴をあげて尻餅をついた。
その顔色は蒼白で、手先が震えている。
どう見ても、好意的に受け取っているようには見えない。
その後、真紀が新世に事情を聞くことになった。
その結果、わかったことは。
「じゃあ、何?
麻美ちゃんは、守山君の気を引きたくて、イメチェンしたの?」
ということだった。
これも真紀の想定していた反応の一つだったが、可能性は低いと思っていた。
それよりも、真紀は、守山が新世のファッションに合わせることで、
新世に守山のことをアピールするつもりでいた。
だが実際には、極めて薄い確率を引いてしまったようだ。
考えていた中で、最も可能性の低い場合だ。
「まさかの、こっちだったかー。」
真紀は頭を抱えていた。
守山は新世のことが好きだった。
新世も守山のことが好きだった。
もうすぐ守山が告白するはずだった。だが遅すぎた。
新世は守山に気に入ってもらおうとイメージチェンジしてしまい、
イメージチェンジした新世は守山の好みではなくなってしまった。
そして今度は新世の方から守山に告白するつもりだったのに、
守山の方がイメージチェンジしてしまった。
そしてそれは、新世の好みからは外れるものだった。
つまりは元々相思相愛だった二人が、
すれ違いのイメージチェンジをしてしまったのだった。
「せめてもう一日、待っていてくれていれば・・・」
守山と新世はがっくりと膝をついた。
落ち込む二人に代わり、今は真紀が手を差し伸べるのだった。
そんなことがあって。
守山と新世の二人は、仲良く一緒に生活指導室に呼び出されていった。
全身校則違反まみれなのだから、これは予想されたこと。
結果は、校則違反には比較的甘い学校なので、注意だけで済んだようだ。
つまり、イメージチェンジしたファッションを戻すも続けるも当人達次第。
だがそれから幾日も経たない内に、守山と新世の二人共が、元に戻った。
二人共、よくある地味な服装の男子生徒と女子生徒に戻った。
でもこれでいい。これがあるべき姿。
今頃、守山は新世と二人っきりになれる場所にいる。
守山と新世はお互いの気持ちに気がついたのだから、
きっと告白は成されることだろう。
答えは既にわかりきっている。
発起人の真紀は、今は細田の部屋で結果を待っているところだった。
「いーなー。あたしもイメチェンしてみようかなー。」
「高山くん、校則違反は程々にね。」
真紀の大きな独り言に、高山からは欲しい言葉は得られなかった。
真紀が溜め息をついていると、コンコンと扉をノックする音が聞こえる。
「どうぞー。」
細田の声に応えて、部屋の扉が開けられる。
そこには、仲良く手を繋いだ、地味な二人が顔を赤くして立っていた。
それは真紀と細田が予想していた、最もしあわせな結果だった。
終わり。
いわゆる夏休みデビューについての話を書こうと思いました。
夏休みデビューとは、夏休み前後でイメージが大幅に変わることで、
そのこと自体もですが、その理由も人を傷つける要因になりかねません。
この話では、好きな女の子が夏休みデビューしてショックを受けますが、
実際に男と何かがあったからイメチェンした、という話にはしませんでした。
そこまで生々しい話にすると、取り返しがつかないからです。
現実でもそんな出来事が起こらないことを祈っています。
あなたの身の回りの誰か、夏休みデビュー、してませんか?
お読み頂きありがとうございました。




