成長、巣立ち。
・あらすじ
あるアパートで、すべての部屋の玄関の鍵穴にゴミを詰められ、
鍵が使えなくなるいたずらが相次いでいた。
謎解き好きの女子生徒、高山真紀、
そして謎解き仲間で懐いている先生の細田譲が、
そのアパートの住人の頼みで、調査に向かう。
するとそこには意外な犯人と、
犯行に至る複雑な理由が隠されていた。
いたずらを止めさせるため、真紀と細田は芝居を打つことにする。
芝居で演技をするものと、騙す相手は難しいものだった。
お盆も過ぎ、夏休みもいよいよ後半戦。
女子生徒である高山真紀は、
通っている学校が、生徒や周辺住民の活動を支援するため、
夏休み中も教室や設備を解放しているのを口実に、
お盆が終わった後も夏休みの学校へ足を運んでいた。
その目的は、謎解き仲間で懐いている先生の細田譲。
「細田先生、おはようございまーす!」
ノックも無しにガラッと扉を開け、今日も元気な真紀の声が響く。
するとそこには、真紀の想像だにしない光景が広がっていた。
細田は線が細く、一見ナヨっとしていて、女には縁が無いと思われていた。
ところが、今、細田の部屋の中には、若い女が一人いた。
細田と向かい合って座って、談笑までしているではないか。
真紀は俄然、対抗意識を燃やした。
「あ、あなた誰!?敵か!?」
真紀は顔の前で腕を十字に組んで技でも出すように、敵意をあらわにしている。
すると談笑していた細田が、真紀に向かって言った。
「おや、高山くん、今日も来たのか。」
「ほっ、細田先生、その女は何者ですか!?」
「その女って、失礼だなぁ。
こちら、田中美代子さん。
夏休み明けから、教育実習でうちの学校に来ることになってね。
その挨拶に来てくれてたんだよ。」
若い女は教育実習生だった。
しかし真紀はまだ警戒を解いていない。
「本当にそれだけですか?」
「と、言うと?」
「個人的なお付き合いがあるとか。」
「そんなわけないじゃないか。
教育実習生とは言え相手は他の学校の学生だよ?
僕とどんな接点があるっていうんだ。」
「元教え子で、夜な夜な逢引きしているとか。」
「無い無い。今日が初対面だよ。」
「だったらいいんですけど・・・。
あっ、あたし、この学校の生徒で、高山真紀と言います。」
ようやく、真紀は警戒を解いた。
しかしまだ完全に心を許したわけではないようだ。
椅子を持ってきて細田の側に座ると、
田中美代子と紹介された教育実習生を睨みつけていた。
今、細田の部屋には、細田、真紀、田中の三人がいる。
どれが異物かと言えば、生徒の真紀なのだが、
真紀はそれをあえて無視して、強引に話に加わってきた。
「それで、そちら田中先生でいいんですよね?」
「教育実習なので、先生と呼ばれるのは慣れないですけど。」
「とにかく田中先生。
今日は何の用があって、細田先生のところに来たんですか?」
言外に、用がなければ帰れ、邪魔をするなと、言っている。
その敵意にそこはかとなく気がついた田中は、
真紀を刺激しないように微笑んで話した。
「細田先生のところに伺ったのは、教育実習の挨拶のためです。
他の先生のところにも伺ったんですよ。
ただ・・・」
「ただ?」
「細田先生は謎解きが得意で、今までにいくつも事件を解決したって聞いて、
それで相談に乗ってもらおうって思ったんです。」
「事件を解決なんて、そんな仰々しいことはしてないけどね。」
細田は頭を掻いている。
謎解きと言われて、真紀は思わず興味を惹かれた。
「田中先生、その相談というのは?」
すると田中は、考えた末にゆっくりと語り始めた。
教育実習生の田中美代子の相談はこうだ。
「私、アパートで一人暮らししてるんです。
そのアパートは学生が多く入居してる建物で、
それはいいんですけど、最近、アパートでトラブルが起こってて。」
「トラブルというと?」
細田と真紀の目が少し輝いたように感じられて、田中は軽く引いていた。
驚きながらも、相談は続ける。
「アパートの玄関の鍵穴に細工をされる事件が、度々起こっているんです。
出かけて家に帰ってくると、
玄関の鍵穴にゴミが詰められていたりするんです。
ひどい時は鍵が入らくて、鍵屋さんを呼ばないといけなかったり・・・。」
「それは大変だね。管理会社には相談したのかい?」
「はい。
そうしたら、鍵穴に細工をされてるのは、
うちだけでなく、すべての部屋だそうで。
見回りもしてくれたそうなんですけど、原因がよくわからないって。
うちのアパートは監視カメラの類も無いので、どうしようもないって。
このままじゃ、家に帰る度に鍵屋さんを呼ぶことになっちゃうので。
それで、細田先生に相談に来たんです。」
田中の話を聞いて、細田と真紀は考え込んだ。
細田は顎に手を添えて、考えながら話した。
「鍵穴に細工をするというのは、いたずらとしてそれほど珍しくはない。
ただその場合、明確に相手が決まってるかどうかで場合が違う。
明確に相手が決まっているなら、二者間のトラブルが原因だ。
そうでなければ、アパートや管理会社自体への嫌がらせも考えられる。
そこはどうなってるのかな?」
「はい。管理会社にも不動産屋さんにも伺ったんですが、
特別にトラブルになってる相手には心当たりが無いって言われました。
アパートの住人にも、トラブルは見つかっていなくって。
もともと、普段は平和なアパートなんです。」
「鍵穴に細工をされる部屋は決まってるんですか?」
「いいえ、まちまちです。その日によって違ったりします。
一度に複数の部屋が被害に遭うのも珍しく無いそうで、
全部の部屋が被害に遭っているのは間違いないです。」
「とすると、細田先生の言う通り、
特定の相手へのいたずらではなさそうですね。」
「本命へのいたずらの目眩まし、という可能性はあるけどね。
ただ、考えていてもこれ以上のことはわかりそうもないね。」
そこで田中はもじもじと言い難そうにして口を開いた。
「それで恐縮なんですけど、一度アパートを見に来ていただけませんか?」
ところは変わって、あるアパートの前。
このアパートこそ、田中が住んでいる部屋があるアパートで、
鍵穴に頻繁に細工をされるという事件現場だった。
田中の願いで、細田と、それから真紀も調べるためにやってきた。
真紀を呼んだのは、細田だった。
「高山君はね、こう見えても事件解決の立役者になったりしたんだよ。
一緒に来てもらったら、きっと役に立つと思う。」
「はぁ、そうなんですか。
高山さんの都合がよければ、一緒にお願いします。」
そんなわけで、細田と真紀は、アパートを調べにきていた。
このアパートは学生が多いという前情報通り、
夏休みの今は留守の家が多いようだ。
時折、部屋の住人が出入りすることがあって、話を聞いてみる。
「あー、鍵穴のいたずらですか?うちもやられました。
鍵穴の中に、木の実みたいなのが入ってたんです。
取るのに鍵屋を呼ばなきゃいけなくて、大変でした。」
やはり、田中の話から伺える通り、どの部屋も被害に遭っているようだ。
「やっぱり、特定の相手へのいたずらじゃなさそうだねぇ。」
「そうみたいですね。それと、原因はやっぱり人、みたいですね。」
「高山君、それはどういう意味だい?」
「ほら、あそこ。子供達がこっちを覗いてるからですよ。
こら、待てー!」
言うが早いか、真紀は全力疾走で走っていった。
「やべっ!逃げろ!」
アパートから通りを挟んだ向こうで、逃げ始めた子供達がいた。
子供達が走り始める頃には、トップスピードに乗った真紀が迫っていた。
「こらっ!捕まえた!いたずらはあんた達のしわざか!」
「痛い痛い!違うって!話を聞いてよ!」
真紀が捕まえたのは、五人の男の子達。
年頃は小学生くらいだろうか。
真紀は両脇に二人ずつの子供を挟み、
一人の子供の首根っこを掴んで、器用に子供達を拘束していた。
子供達は口々に不平を言っていた。
「離せー!」
「痛い痛い!」
しかし真紀は動じない。子供達を尋問する。
「あんた達、あたし達のこと見てたでしょ?
あのアパートの鍵穴にいたずらしてたのは、あんた達?」
「違うよ!」
「でも、無関係でもないっていうか・・・」
すると田中が微笑みながらやさしく問いかけた。
「あなた達、あのアパートのこと、何か知ってるの?
私は、あのアパートの住人なの。
詳しいお話、聞かせてもらえないかな?」
田中の子供向けのやさしい問いかけに、
子供達は徐々に大人しくなっていった。
今から一月ほど前のこと。
近所の小さな公園で、小学生の子供達が五人集まって、
サッカーごっこをしていた。
するとある時、子供達が蹴り合っていたボールが、
他所へ逸れて飛んでいってしまった。
ボールが飛んでいったのは、公園に生えていた木の上。
そこには運悪く、鳥の巣があって、
偶然、ボールが当たって、鳥の巣は木から落ちてしまった。
鳥の巣にはいくつかの卵があったのだが・・・すべて割れてしまっていた。
子供達は慌てて無事だった巣だけを、木の上に戻したのだが、
しばらしくして親鳥らしい鳥が戻ってきて、さあ大変。
親鳥は巣から卵が失くなって、慌てふためいていた。
小学生たちは、自分達のせいで卵を割ったしまったことを深く後悔した。
そして、親鳥に謝ろうと、色々なことをした。
家からこっそり生卵を持ってきて、巣に戻した。
親鳥は疑りながらも生卵を調べて、やがて生卵を温めるようになった。
これで一安心かと思えば、問題はそれからだった。
親鳥の巣に戻したのは、所詮、鶏の無精卵。いくら温めても孵化しない。
子供達にはそんなことは理解もおよばないこと。
やがて親鳥は孵化しない卵を不審に思ったのか、
あるいはもう卵は孵化したと思い込んだのか、
餌を獲ってきては卵に与え始めた。
しかし相手はもちろんただの卵なので、餌など食べはしない。
すると親鳥は、餌を他所へ運ぶようになった。
それが、件のアパート。
アパートには部屋の鍵穴がたくさん開いている。
どうやら親鳥はそれを、
小鳥達が口を開けて餌をねだっているように見えたらしい。
親鳥は毎日餌を獲ってきては、
鍵穴に詰め込んで食べさせるようになってしまった。
その結果、鍵穴にゴミが詰まって開かなくなったと、騒ぎになってしまった。
それから子供達は、親鳥が鍵穴に食べさせた餌を、
できるだけ回収する毎日となった。
人に見られないよう、親鳥が詰めた餌を鍵穴から取り出す。
それでも鍵穴の奥に詰め込まれた餌は回収しきれず、残ってしまった。
それが、田中の住むアパートでの鍵穴のいたずらの正体だった。
子供達の話を聞いて、田中は軽い溜め息を漏らした。
「そう・・・、そういうことだったのね。」
「それじゃあ、単純な子供のいたずらとは言えないなぁ。」
「そうだね。この子達は、親鳥のいたずらの後始末をしていたんだから。」
親鳥のいたずらと言うには悲しい結末。
親鳥は卵を失い、小鳥を失い、育たない機械の鍵穴を自分の小鳥だと思いこみ、
毎日毎日、欠かさず餌をあげ続けているのだ。
それを除去する子供達の苦労も、小さなものではなかっただろう。
「あっ、来たよ!」
子供達の一人が言う。
ちょうどそこに、鳥が一匹、アパートに向かって飛んできた。
なんという鳥なのかは、ここにいる誰もよくわからなかった。
鳥は咥えていた木の実らしきものを、適当な鍵穴を選んで押し込んだ。
親鳥が小鳥に食べさせるように、口に放り込むように突っ込んだ。
すると鍵穴は木の実で埋まってしまった。
また次の餌を獲って来るべく、親鳥はどこかへ飛んでいってしまった。
子供達は言う。
「あの親鳥がこんなになっちゃったのは、僕達のせいなんだ。」
「どうにかして、止めさせてあげられないかな?」
真紀は、細田は、田中は考えた。そして。
「とにかく、巣のある場所を見てみようか。」
細田の提案で、一行は近所の公園へ移動することになった。
鳥の巣がある公園は、アパートから通りを渡ったすぐ先にあった。
確かに大きな公園ではなく、ここでサッカーごっこは無理があっただろう。
とはいえ、ボール遊びを禁止されているわけでもなく、子供達に罪はない。
不幸な偶然が重なった結果だろう。
巣は木の上にきれいに直されていた。
高さは大人でも手が届かない場所にある。
小学生達が元に戻すには大変だったことだろう。
真紀が尋ねる。
「ねえ、卵はどうしたの?」
「ああ、卵?無駄だからもう捨てちゃった。
腐っちゃってたしね。」
「じゃあ、今は巣は空っぽなんだね?
だったら、あたし達で小鳥を用意してあげようよ!
今度は卵じゃなくって、小鳥を。」
そんな真紀の一言で、大芝居が打たれることになった。
芝居は次の日から早速決行された。
用意したのは、おもちゃだがリアルな小鳥の模型、それと適度な長さの棒。
おもちゃの小鳥を棒にくっつけて、偽物の小鳥として、
親鳥の巣の中で餌をもらう、という、言うならば人形劇だった。
「ほらほら!もっと餌をねだって!」
通常、小鳥は複数同時に育てられる。
餌は争奪戦で、小鳥は親鳥から餌をもらうために必死で口を開ける。
それを、模型の小鳥を棒で動かすことでアピールして再現しよう、
というのが真紀の考えた作戦だった。
「そんな上手くいくかねぇ?」
「何もしないよりは・・・」
「きっと上手くいくよ!おねえちゃん!」
細田、田中、子供達の反応は三者三様だった。
それでも最終的にやってみようと決まったのは、皆、親鳥を助けたかったから。
親鳥を助けるために他に手段が思いつかないから、真紀の案に乗ったのだ。
真紀や子供達は、残暑に照らされ汗をかきかき、小鳥の演技をした。
細田と田中は、少し離れた場所から巣を覗いて、様子を確認する。
親鳥は順調に餌を与えては巣を飛び立っていく。
その隙に、おもちゃの小鳥が咥えた餌を回収する。その繰り返し。
親鳥の気が済んで餌やりを終えるまで、毎日続けた。
すると、その苦労のかいあってか、それからというもの、
親鳥はアパートの鍵穴に餌を詰めることはしなくなった。
問題はもう解決した。あとはその締め括りを待つのみとなった。
今日も真紀達は親鳥に小鳥の演技をしてみせている。
それを観察する細田は、汗を拭って言う。
「もう、そろそろだろうね。
通常の鳥の巣立ちは、孵化してから二週間ほど。
あの親鳥がおもちゃの小鳥に餌をやりだして、二週間が過ぎた。
もう、最後の演技に取り掛かってもいいだろう。」
「はい、わかりました!」
真紀は汗を流して、棒を必死に動かす。子供達もそれに続く。
これから親鳥に、小鳥達が巣立っていく姿を見せるのだ。
小鳥の模型は羽根を動かしたりはできない。
それでも、なんとか巣立ちを表現したい。親鳥に理解してもらうために。
「お願い、わかって・・・!」
「もうお前の役目は終わったんだよ!」
模型の小鳥が、一羽また一羽と空に飛び立っていく。
それを親鳥は人間の目からはわからない表情で見送っていた。
それから。
公園の巣にはもう親鳥は来なくなった。
小鳥に巣立ちがあれば、親鳥にも巣立ちはある。
子供達が割ってしまった卵はもう元には戻らない。
でもその後の演技で、親鳥は小鳥が巣立ったと思ってくれた。
しかし演技は演技。いるべき小鳥はいない。
だけれども、親鳥は巣立ったことで、また小鳥を産む機会を得ることだろう。
子供達の贖罪は果たされたのか否か。
それを判断できる人はいない。
でも少なくとも、真紀と細田と田中は、子供達を精一杯褒めてあげた。
何も知らない親鳥の巣立ちをさせてあげたことを。
傷ついた子供達もいずれ巣立っていけるように。
なぜなら真紀達自身も、いずれは巣立っていくのだから。
終わり。
子供はいつか巣立ちを迎えますが、大人も巣立ちを迎えるもの。
巣立ちに失敗した親鳥を巣立たせてあげる話にしました。
失われた卵は戻らなかったけれど、
巣立っていった鳥はまた卵を産むことでしょう。
そうすれば、失われた卵も浮かばれるのはと思います。
何かに失敗しても、それが次の卵に繋がることが大事だと思います。
お読み頂きありがとうございました。




